第13話 パンと彼女
「ピンポーン」
僕は、今、笠原 空さんの部屋のドアの前に立っている。
乾いた音が部屋中に響いているのが、ドア越しにも聞こえる。
僕の心臓がドクドクと音を立てて動いている。
このまま倒れてしまいそうだ…。
暫く待つが彼女は出てこない。ただ、台所に付いている明かり窓からは、部屋の電気が付いているように見える…。なのに、彼女は留守なのだろうか?
もしかして僕は、居留守を使われているのかもしれない…。
ドアスコープを覗いて僕の顔を見つめている彼女を想像すると僕の顔は少し引きづってしまう。
勇気をもう一度振り絞り再度チャイムを押すが、結局彼女は現れなかった。
僕は仕方なく部屋に戻ると、風鈴をビニール袋に入れる。そして、『お祭りで見つけました。もし良かったら使ってください。高井』と記したポストイットを付け、彼女の部屋のドアノブにぶら下げた。
僕はベットの上でスマホの小さな画面をぼんやり眺めていた。数えきれない人が喜び、驚き、そして不満をぶつける世界。一体こんなことを呟いて何が楽しいのだろうか?と思うが、まあ、それを見ている僕も僕だな。
ちょっと自己嫌悪に陥りながら僕は天井を見上げる。
彼女は、どう思っただろうか?急に風鈴だなんて、変な人と思われなかっただろうか?
考えれば考えるほど頭の中でぐるぐると期待と後悔が交差している。結局、僕は目覚まし時計をセットせずに布団の中で眠りについていた。
「ピンポーン」
ん?なんだ?
「ピンポーン」
『誰か来た?もしかして…』僕は、飛び起きドアに向かって「ちょっと待って下さい」と叫ぶ。そして、鏡で自分の姿を見つめる。
顔はいつにもましてしゃきっとしていないし髪はぼさぼさだ。でも、今から何をしてもそうは変わらないだろうと観念した僕は、手櫛で髪を軽く整えるとドアを明けた。
そこには、僕の予想通り、一階下に住む僕がずっと思いを寄せている人、
「おはよう」
「おはようございます。ごめんなさい。もしかして、まだ寝てました?」
「いやいや、もう起きようとしていたので大丈夫」
「あのっ…」
彼女は、少し大きめな声で、「あのっ」と言ったまま、言葉を探している…ようだ。彼女だけでなく僕も、何を話していいのか頭が全く回っていない。
暫く、この沈黙をなんとかしないと…と僕が焦りだした時、彼女が言葉を繋いだ。
「昨日は、ちょっと夜、お腹が空いちゃって。コンビニまで行ってたので、帰りが遅くなったんだよね。そしたら、ドアに風鈴が…」
「う、うん。昨日の夜、奈良町のお祭りに行った時に見つけて、笠原さんのイメージに合うなって思って」
「うん。凄く気に入ったよ。ありがとう。早速使わせてもらうね」
「あー、良かった…」
「でね!」
彼女は、下を向いている。言葉を探している様だ。
「どうしてもお礼がしたいから来たんだけど、今から私の部屋に来れる?」
「えっ、大丈夫だけど」
「私、今朝はパンを焼いたんだ。だから、お礼に朝食はどうかなって思って」
「いいの?」
「うん。高井くんは信頼出来る人だし、そして、綺麗な風鈴をくれた人でもあるからね。ふふっ」
彼女は、珍しく満面の笑みで少し声を出して笑っている。
「ありがとう。じゃあ、着替えて降りて行くね」
「うん。実は準備は済んでるので、いつでも大丈夫だからね」
「そうなん?うれしかー!」
僕は、ついつい博多弁で話してしまい、口を手で塞ぐ。
「高井くんの博多弁は、いつも和むから私は好きだな。では、あとでね」
彼女は、ゆっくりと階段を降りていく。右足を引きずるようにして…。
階段を登るのも大変だっただろうに…。でも、僕の部屋へわざわざ来てくれたことに僕の気持ちは高鳴っていた。
彼女が焼いたパンはどんな味なんだろう?
僕は、彼女との初めての朝食、そして、彼女の手料理にワクワクとドキドキが重なって、子どものように興奮していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます