第8話 除夜の鐘と彼女

 スーパーから戻ってきた僕らは、短い会話をして別れた。

 僕はアパートの階段を重い足取りで登る。


「また、彼女としっかりと話すことができなかった…」


 折角、勇気を振り絞って声をかけ、単車にタンデムまでしたのに…。

 後悔ばかりが頭の中で湧き上がる。


 こんな時は黙々と料理でもして頭を無にしよう。

 僕は熱したフライパンにオリーブオイルを入れると無造作に玉ねぎとベーコンを入れ、トングでかき混ぜる。玉ねぎがいい色になってきたところで、今度は茄子のざくぎりを入れる。そこに、シラスとペペロンチーノのソースを入れ軽く炒めて大皿に乗せた。

 市販のソースを使っても、とても美味しいこの料理は疲れた時によく作る僕の定番だ。


 今まで一度も感じたことはなかったのに…。

 大晦日の晩に一人はやっぱり寂しいや…。


 僕はテレビをつけ音量を大きくする。そして、ただぼんやりと彼女の事を考えていた。


「ピンポーン」


 宅配だろうか?

 

 僕は、玄関の鍵を回してドアを開ける。

 そこにはさっきまで一緒にいた彼女が立っていた。


「こんばんは。ごめんなさい。急に」

「あっ、全然構わないけど」


 そう言えば彼女を初めて見たのもこんなシュチュエーションだったな。


「実は、ちょっとお願いしたい事があって。高井くん、年末年始は部屋で過ごすってさっき言ってたから…。ごめんなさい」

「そんなに改まることないって。で、どうした?」


 彼女はスマホの画面を僕の方へ向ける。画面一杯に仏像や苔の庭が出ていて、その中央部分に、「除夜の鐘は、どなたでも参加していただけます。秋篠寺」と記されていた。


「あー、秋篠寺か。いいところだよね。単車だとここからだとすぐだし。これまでにもう何回か行ったよ」

「そうなの?実は、今日、駅からバスで行くつもりだったんだけど夜は十時過ぎが最終らしく、で、歩こうと思ったんだけど…」


 彼女は自分の足のことを言おうかどうか迷っているように見えた。


「笠原さん。一緒に行こうよ。そして、除夜の鐘を突いてみる?」


 彼女の笑顔が僕の瞳に溢れていく…。


「じゃあ十一時半に下に集合ね」


 照れるのを隠しながら、できるだけ元気に明るく振る舞う。決して彼女が気を使わないように…。


「本当に!嬉しい!ありがとう!高井くん!」


 これまでの中で一番大きな声が僕に降り注ぐ。

 しかも、とびっきりの笑顔だ。


「はい。これ、どうぞ」


 僕の右手には美味しそうなみかんが二つ乗っていた。


「なんだか、前と同じだね。ふふっ」


 彼女の些細な言葉が僕の心の臓を突き抜いた。

 彼女もあの日のことを覚えてくれていた…。


 今年最後の日は、僕にとって今年一番幸せな日になった。

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