第7話 スーパーと彼女
十二月三十一日。
本当に早かった。今日でもう一年が終わるんだ。
今年の正月は、福岡の実家に帰ってのんびりしようと思っていたのに、月初に母親から電話があり、「年末年始は、奈良と京都に旅行に行くけんね。ついでにそっちに寄るばい」と一方的に決められてしまったのだ。
折角の年末年始だったはずなのに、結局は年が明けた二日に両親とちょっと高級な焼き肉店で食事をするだけのイベントしかなくなった僕は、これからどうしようかと考えていた。
元旦は店も閉まるだろうから、今のうちに何か食べ物とか買っておいた方がいいのだろうか?コンビニ弁当も流石に飽きたし…、ということで、僕はセーターの上にダウンジャケットを羽織るとヘルメットを片手にアパートの階段を降り始めた。
「高井さん、こんにちは。いや、もう、こんばんは、ですかね」
丁度、階段を降りたところで声をかけられ僕は一瞬で気持ちが高鳴る。
彼女も何処かに出かけるのだろうか?フード付きのトレンチコートがとても似合っている。
笠原さんは、以前に比べると少しは僕に打ち解けてくれているような気がする。と言っても、会った際に挨拶をするくらいの関係のままだけど…。
思いを寄せている人…。
笠原さんには、僕なりにアプローチをしているつもりだが、いつも見事にスルーされている。もしかして彼女は、僕の気持ちに気づいてあえてそうしているのかもしれない。同じアパートだし、同じ大学だし、気まずい関係になったら面倒臭い…と思っているのかもしれない。
あー、もうっ、いつも考えるのはこんなネガティブなことばかりだ。もう少し明るい未来を描くことは出来ないのだろうか?
僕のこんな性格って、ほんと自分でも面倒臭い。
「笠原さんはどこへ?」
僕は思いきって話をする。
「あっ、私はちょっと駅前まで買い物に」
「そうか…、んっ、確か駅前の店は今日から三日まで休みだったけど」
「えっ。そうでしたっけ?あー、私、それ知りませんでした。じゃあ、ちょっと遠いけどスーパーまで行かないと駄目ですね」
「そうなんだよね。こんな時にあの駅前の店のありがたみがわかるよね」
「ふふっ。確かに…。では、私はここで…」
彼女はいつものように淡泊に話を打ち切ると、少し右足を引きずりながらスーパーへと歩き出した。
彼女が向かっているのは、スーパーマルショーといい、僕らの最寄り駅である平城駅と一つ向こうの西大寺の丁度中間くらいに位置する中堅スーパーで、歩けば男の僕でも十五分はかかる。
だが、彼女だったらいったいどれだけ時間がかかるんだろうか?
僕は、咄嗟に声のトーンを上げる。
「笠原さん。僕もスーパーに行くんだけど一緒に行かない?」
彼女は、ビクッとしたように体を硬くした。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「あのっ…、いいの?」
「うん。ほら、ヘルメット」
彼女は、ぎこちなくヘルメットを受け取る。
「手で持つ所はここ。シートの端をくい込むようにして持つんだよ。難しかったら僕のダウンを掴んで。前みたいに」
「うん。わかった。ありがとう」
彼女は、シートに座ると長い髪を一旦後ろに流し、ヘルメットをゆっくりと被った。
「じゃあ、行くよ」
「はい。お願いします」
彼女は、シートの端を持たずに僕のダウンを両手で掴んでいる。
手袋してたかな?マフラーしてたっけ?寒くないかな?
背中から伝わる彼女の熱を感じながら、僕は、スーパーに着くまでずっと彼女の事ばかりを考えていた。
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