第3話 トマトと彼女
僕は、昔から料理をする。そして、今ではだいたいのものを作る事が出来るようになっていた。
それは、看護婦だった母が夜勤などでいないことが多く、否応なしに料理を作ることを覚えたということなのだけど。
「さて、今日は、何を食べようかな」
僕は、ユーズド商品を扱っているホームセンターで買った三千円のソファーに寝転がると夜の献立を考える。
「トマトを使ったパスタとか?」
僕は、小さなテーブルの上でつやつやと輝くトマトを見つめる…。
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鬱陶しい梅雨が明け季節は初夏に差しかかっていた。
流石に大学にも慣れて来たのだが、問題は…、そう、大学までの交通手段なんだよな。僕のアパートから大学への交通手段は、電車+徒歩の一択なのだが、いかんせん駅から大学までは何気に遠く、それに若干の登り坂ということで、雨の日や暑い日の通学はそれはそれはキツくて最悪なのだ。
そんなこともあり、高校時代に悪友と一緒に既に中型の免許を取っていた僕は、大学のお祝い金を元手にゴールデンウィーク明けから始めた喫茶店でのバイトの給料を全額つぎ込んで中古の単車を購入した。
真っ黒に輝く250CCの単車は、前オーナーさんが大事にしていたようで七年落ちとはいえとても綺麗だった。しかも、それでいて吹けのいいエンジン音が僕のハートをくすぐるのだ。まさに、男のロマンという感じだ。
こいつのおかげで最近、大学に行くことさえも楽しくなって来た。スピードを出さなくても十分風を感じることが出来るし、それよりも自分に大きな自由が与えられたような気がして、僕はいつにも増して気分が高揚していた。
なのに…、この日、僕は、朝からとても焦っていた。
明け方まで見たくもなかったドラマの再放送をついつい見てしまい、結局寝坊してしまったのだ。
急がないと一限目の授業に遅刻してしまう。確か、英語実習の講義は一回でも遅刻や欠席をするだけで単位が貰えないと噂されている魔の講義だ。
「あと二十分か…、何とかギリ間に合うか!?」
僕は、バイクのエンジンをかけると素早くヘルメットを付ける。
その時、一階の端の部屋のドアが激しく開いた。
「彼女だ…」
苗字を
僕は、単車に跨がると、エンジンを吹かし、滑るようにアパートを飛び出る。
一生懸命走っているようでなかなか前に進めていない彼女にあっという間に追いついた。チラッと彼女を見みるとすでに彼女の額から汗が落ちている。
「ごめん。笠原さんだっけ?もしかして、大学に行くんだよね?遅刻しそう!?」
僕は、余りにも慌てている彼女をそのままにして通り過ぎることは出来なかったのだ。
「あっ。おはよう。そう、英語実習なんだけど。もう無理かもね…」
「あのさ、僕もその講義にでるんだけど、緊急事態ということで、後ろに乗る?恐らく間に合うと思うよ」
彼女は、少し躊躇したように見えたが、意を決したように「お願い…」と言って頭を下げた。
なんだかとっても良い香りがする。
僕のシャツを控えめに握る手が僕の体を熱くする。
彼女は初めて単車に乗るらしくどこを持てばいいのかと聞いて来た。
シートの端の出っ張りを持つなんて技は彼女には無理だと思った僕は、「僭越ながら今日は僕の服でも持ってて」と応えたのだ。
「ふう。良かった。間に合った!」
二人でハイタッチでもしたい心境だったが、彼女はシートを降り、フルフェイスのヘルメットを脱ぐと深々と体を折って僕に礼を述べると、教室がある第二実習館に向かって歩き出した。
この日の英語実習の授業は散々だった。
僕は、比較的英語が好きでいつも真剣に授業に取り組み教授とのディスカッションなどもすすんでやってるのだが、今の僕の頭には彼女の事しか無かった。
同じアパートなのに、急に単車の後ろに乗るなんて聞いて良かっただろうか?もしかして、僕は警戒されたのではないだろうか?だとすれば、大学に着いてからの彼女の表情や行動にも納得がいく。
「あー、やらかしたかも…」と知らない間に声が出ていたようだ。教授に「やらかしたって何をだ?」と突っ込まれ、講義室にいる全員に笑われてしまった。
もしかして、彼女も僕を笑っていたのだろうか?
く〜!!余りにもいたたまれなくて悶絶しそうだ。
五時限目までを終え、這々の体でアパートまで戻ってきた僕は、ドアノブにかかったビニール袋に気が付いた。
そこには、真っ赤に熟れたとても美味しそうなトマトが三個入っていた。
「今朝はありがとう。おかげで助かりました。もらいものです。
少し丸っこい文字が彼女の素の性格を表しているような気がした。
トマトの上にそっと置かれていたメモを何度も見つめながら、僕は、今朝の彼女の香りを思い出していた。
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