3.とにかく数が多すぎる!

「てーい!」

 カエデが輝く金属バットを振るうと、その軌跡の先に「浄化の光」が放たれた。

 狙い済ました訳ではない、適当なスイングだ。

 だが、シャドウたちは丁度、カエデたちを襲おうと密集していたところだった。

 お互いが邪魔になり身動きが取れず、何体かがまともに「浄化の光」を浴びて消え去った。

「よーし! 次々行くわよー!」

『カエデ。いくら変身中だとは言っても、体力には限界がある。あまり飛ばし過ぎないようにね』

「分かってるわよ! ったく、ガトーは過保護なんだか……ら!」


 ガトーに答えながら、バットをフルスイングする。

 カエデに襲い掛かってきていたシャドウが、また数体、姿を消した。非常に調子がいい。

 ――とはいえ、ガトーが言ったことも間違ってはいない。

 フルスイングを続けていては、カエデの体力はあっと言う間に尽きてしまうだろう。

 そこでカエデは、バットを短く持ち直した。

 これならばスイングがコンパクトになり、大振りよりも力を使わなくて済むはずだ。


 そのまま、カエデは廊下でシャドウの群れを迎え撃った。

 廊下の幅は、精々シャドウ四体分くらいしかない。

 つまり、廊下で戦う限り、カエデに一度に襲い掛かれるシャドウの数も四体ほどになる、という訳だ。

 もし開けた場所――例えば、校庭などでシャドウに襲われていたら、こうは行かなかっただろう。

 たちまちシャドウの群れに囲まれて、カエデはやられていたかもしれない。

 「地の利」に恵まれた、という訳だ。

 しかし――。


『カエデ! 後ろからもシャドウが!』

「クッソ! 回り込んでたやつがいたのか! それとも、外にいた四体が校舎の中まで入って来た?」

 どうやら、シャドウたちも数に任せた力押しばかりではないらしい。

 二手に分かれて、カエデを挟み撃ちにする程度の作戦は立てられるようだ。

「仕方ない。数が少ない方を強行突破して、ここを切り抜けるわよ!」

 見たところ、新手のシャドウの方が圧倒的に数が少ないようだ。今のところ、四体しかない。

 ならばと、カエデはバットを構え直して、新手側のシャドウをやっつけようとしたのだが――。


『待ったカエデ! 新手の後ろ側にも、沢山のシャドウの気配を感じる!』

「は、はい~? まだ、全然姿は見えないけど?」

『多分、どこかに隠れているんだ。カエデが少数の方を突破して、油断したところを襲うつもりなんだよ』

「くっそ~、シャドウのくせに頭がいいじゃないの! だったら、階段を上がって、上の階に逃げるわ!」

 挟み撃ちされるのを避ける為、カエデが階段に足をかける。だが――。

『カエデ! 階段の上からもシャドウが近付いてくる気配がある!』

「げげげっ!? いつの間に上の階にシャドウが……」

『もしかしたら、他の階の人たちはもう襲われた後なのかもしれない』

「ちょ、ちょっとやめてよ、縁起でもない。職員室の方から湧いた連中だけでも、手一杯なのに」


 挟み撃ちどころか、これで三方向から攻められていることになってしまった。

 最早、逃げ道は一つしかない。両側の廊下でもなく、階段でもなく……残るは、近くにある昇降口だけだ。

「あーヤバい。これ、絶対にシャドウに誘導されてるわね」

『まさか、こいつらにこんな知能があるとはね』

「案外、先生から発生したシャドウだから、頭が良かったりしてね。アハハハハ……って、全然面白くないわ!」

 セルフツッコミをしながら、カエデは仕方なく昇降口の方へと逃げ出した。

 シャドウたちが、それを追うように迫りくる。その数は、いつの間にか数えるのも嫌になるくらいに、増えていた。


「げげっ、なによあれ! 明らかに先生の数より多いわよ!」

『やっぱり、他の学年の子たちが、既に襲われた後だったみたいだね』

「もう! ガトーがのんびりしてるから!」

『僕ものんびりしてた訳じゃないよ。むしろ、なるべく早く駆けつけようとしたんだけど……』

「したんだけど? 何かあったの?」

『ああ。いつもなら、「跳躍」――テレポートみたいな能力で、この学校まで一瞬で飛んでこれるんだけど、それができなかったんだ。どうも、誰かに邪魔されている』

「誰かって、誰よ?」

『……多分、「悪魔」だよ。僕の能力は、神様からもらったものだ。それを妨害できるのなんて、「悪魔」くらいしか思い付かない』

「悪魔、ねぇ……」


 そのままカエデは、昇降口を抜けて校舎の外へと逃げ出した。

 靴に履き替えている余裕はないので、上履きのままだ。


『カエデ、どっちに逃げるんだい?』

「校門から街中へ逃げる、というのはどうかな」

『学校の中よりも死角が多い。あまりおススメはできない』

「ですよね~。となると、やっぱり校庭か。……でもこれ、やっぱり誘導されてるよね?」

『多分、ね。見てごらんカエデ。不自然なくらいに、校庭にはシャドウの姿がないよ』

 ガトーに言われて、カエデは校庭の方へと目を向けた。

 最初、シャドウは校庭に姿を現していた。だというのに、今は一体もいない。

 なんだか不自然な感じがした。


『校庭の方にはシャドウの気配はない。わざとらしいくらいにね。……どうする?』

「……気に食わないわね」

『えっ?』

「あれだけのシャドウがいるんなら、数に任せてアタシを一気に倒すこともできたはずよね? でも、それをしなかったのは、何故?」

『カエデを強敵だと考えてるんじゃないのかな? だから、策を練って、工夫して襲い掛かって来たんじゃ』

「まっ、アタシが強いのは事実だけどね! ……でも、本当にそれだけかしら」

『どういう意味だい?』

「最初にシャドウが現れたのが目立つ校庭だったり、あからさま過ぎる罠を仕掛けてきたり、全体的になんか、わざとらしいのよね」


 ――そう。そのことはカエデが最初から感じていたことだ。

 そもそも、カエデにはシャドウの気配を察知する能力はない。昨日だって、ガトーに気配を探ってもらっていた。

 それが今日は、校門を潜るなりシャドウの気配を感じたのだ。わざとらしいくらいに。

 あれは、「あえて」カエデにシャドウの気配を伝えていたのではないのか?


 シャドウが校庭に現れた時だって、そうだ。

 学校の中に現れて、カエデが気付かぬうちに動き出していれば、被害はもっと大きくなっていただろう。

 けれども、シャドウはそれをせず、わざわざ目立つ校庭に姿を現した。

 まるで、カエデに気付かれることが目的だったかのように思える。

 

 カエデは、それらの考えをガトーに伝えた。

『なるほどね……確かに一理ある』

「うん。だからね、シャドウの――悪魔の目的は、アタシたちを校庭におびき出すことだったんじゃないかって」

『おびき出すって、なんのためにさ?』

「そんなのアタシに分かる訳ないでしょ! ともかく! アタシをいいように誘導しようとしてるのが、気に食わないって話! ――だから、逆に行ってやろうじゃないの、校庭に!」

 言うや否や、カエデは勢いよく校庭へと駆け出した。ガトーが止める間もない。


『ちょ、カエデ! 君の予想通り、悪魔の目的が僕らを校庭におびき出すことだったら、どうするんだい?』

「それはその時考える! ほら、言うでしょ? 『虎穴に入らずんば虎子を得ず』って」

『そ、そんな行き当たりばったりな~!?』

 叫ぶガトーだったが、「変身」中の彼はカエデの衣服やバットになっているので、どうすることもできない。

 カエデはそのまま、ギリギリのランニングホームランを狙う走者の如く、全力疾走で校庭へと向かった――。

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