第7話 「どこまでも、どこまでも」お題・遠くまで

 地平線が見えない。

 一体、ここはどこなのだろう。

 辺りを見渡すが、誰もいない。

 もちろん、いつも隣にいた、私の妻も。


 ──ああ。君がいないと寂しいな。


 そう思った途端とたん、左手にぬくもりを感じた。見ると、妻が私の手を握っていた。

「もう。随分ずいぶん待ちましたよ」

 そう言って、彼女が微笑む。

 その笑顔は見慣れたものだったが、姿かたちは違っている。

 彼女は出会ったころの、五十年前の姿だった。


「……君は、変わらないな」

 そう呟くと、急に年老いた自分の姿を恥ずかしく感じた。いや、彼女と重ねてきた年月に、恥じることなど何もない。

 だが若い彼女の隣に、年老いた自分がいるのは申し訳ない気がした。

 そう思っていると、妻がくすくす笑う。


「いやね。あなたも、あのころのままじゃありませんか」

 その言葉に、自分の手を見る。しわがない。どうやら私も、若返ったらしい。

 こんな不思議なことが起こるとは、現世ではあるまい。まさか、ここは。


「……ここは、あの世か」

「ええ。私はあなたが来るのを、ずっと待ってましたのよ?」

 そうだ。彼女は五年前に、とっくに逝ってしまっていた。

「そう……か。すまない。待たせてしまったようだね」

「いいえ。ここの時間は、ほんの一瞬。あなたが来ると思えば、辛くはなかったです」

「ああ。私もいつか君に会えると思えばこそ、生きていけたよ」

「はい。これからは、ずっと一緒ですよ?」

「ああ。ずっと、一緒だ」

 では行きましょう、と彼女が言い、私はどこまで? と問う。 

「どこまでもですよ。あなたと一緒なら、どこまでも、遠くまで」

「──……ああ。そうだな。君と一緒なら、どこまでも行けるさ」

 

 握りしめた彼女の手に力を入れ、私たちは歩き出す。

 互いに命を終えても、君の手のぬくもりは変わらない。

 君が私の隣にいるのも、変わらない。


 ならば、共に行こう。

 君と一緒にどこまでも。

 どこまでも、どこまでも。

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もどかしい恋の物語・七編(2023年文披31題) 明日月なを @nao-asuzuki

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