第5話 「祭りのあと」お題・賑わい

 祭りは嫌いだ。


 たくさんの人混み、喧噪けんそう、うるさいくらいの賑わい。

 そういったものはまだいい。僕が本当に嫌いなのは、祭りのあとだ。


 二日続いた神社の祭りが終わると、辺りはさっきまでの賑わいが嘘のように、静かになった。人もはけ、いるのは僕たち、祭りの関係者だけだ。

 父が的屋てきやなので、僕も幼い頃から屋台を手伝い、何度も祭りのあとを見てきた。

 本来なら僕だって、友だちと屋台を見て回るような年なのだけど、生まれてこの方、見て回る側になんてなったことがない。

 だからこそ、余計に嫌いなのかも知れなかった。

 普通の子と同じように楽しめない祭りも、そのあとに感じる、何とも言えない寂しさも。


「あの……」

 片づけをしていると、女の子が話しかけてきた。クラスの子だ。ちゃんと話をしたことはなかったが、控えめな、優しげな笑顔が印象的で、密かに気になってた。

 その彼女は、真新しい浴衣に身を包んでいた。

 そして僕は、汗まみれの法被はっぴ姿。途端とたんに恥ずかしくなり、消え入りたい心を押し殺しながら、口を開く。


「すみません、もう終わりなんですよ。商品も完売して──」

「違くて!」

 突然の大声に驚いていると、あわてたように言い訳を始める彼女。

「あ、ごめんなさい、大声を出して。商品じゃなく、その、あなたが売り子をやってるってクラスの子に聞いたからその、……会いたくて」

 え? 今なんて? 僕に会いに? ……なんで?


 話が飲みこめないでいると、トラックに荷物を積み込みに行っていた父が帰ってきた。 

 そして僕らの様子を見ると、ははーん、とうなずく。

「あー、そういうことか。悪かったな姉ちゃん。こいつを待ってたんだろ。お前もホラ、あとはやっておくから、少し散歩でもしながら、その子を送ってやれ。女の子ひとりで帰すわけにいかねえだろ」

 それに、と父が続ける。

「祭りのあとも、悪くねえもんだぞ」

 父に送り出され、何とはなしに辺りを見回しながら、彼女と歩き出した。


 法被は脱いできたが、僕は汗まみれのTシャツ姿。

 対して横を歩く彼女は、可愛らしい浴衣姿にまとめ髪。

 何だか気おくれするし、それ以上にどきどきする。

 ちらちらと横目で彼女をうかがうが、何だか浮かない顔つきだ。……ただ何か話があっただけで、僕と帰りたいわけじゃないのでは。

 そう思ってると、痛っ! と小さな声が上がった。

 見ると彼女はしゃがみ、鼻緒に手を当てている。

 あ。ひょっとして。


「皮がむけたの?」

 うつむいたまま、彼女が頷く。僕は彼女を神社の石段まで連れて行き、腰を下ろさせた。

 そしてズボンのポケットに手を入れると、小さなケースを取り出し、中から絆創膏を出した。

 ちょっとごめん、と言って下駄を脱がし、傷口に絆創膏ばんそうこうを貼っていく。彼女は、されるがままになっていた。

 仕事中は怪我が多いから、持ってて良かった。

「これでよし、と。……立てる?」

 手を差し出すと彼女は僕の手を握り、立ち上がった。


「……ありがと。下駄なんて、慣れてなくて。張り切って浴衣を着てきたんだけど、すぐ皮むけして。我慢してたんだけど、顔に出ちゃってたかも。ごめんね」

 それで浮かない顔をしていたのか。でも張り切ったって、何のために。

 

 ……まさか。僕のため──……?


 考えてると、彼女が僕の手に力を込めてきた。

「あ、あのね。まだちょっと痛いから……こうして、手を引いてくれる?」

「……う、うん」

 そう答え、二人で石段を下りてゆく。つないだ手から伝わる、彼女の熱。

 辺りはもう、人混みも喧噪も消え、賑やかさの欠片かけらもない。

 寂しいはずの、祭りのあと。

 けれど僕にとっては、もう──……。


「ね。祭りのあとって、ちょっと寂しいよね」

 さっき考えていたことを、彼女が口にした。

「そうだね。けど」

 僕は続ける。握った手に、力を込めながら。

「今は、……そうでもないかな」

「そう……だね。今は、寂しくないよね」

 そう言って彼女は、照れたように笑った。それに応え、僕も笑う。 


 祭りは嫌いだった。賑わいの消えた、祭りのあとも嫌いだった。

 けれど、隣に君がいれば。


「──祭りのあとも、悪くないよ」

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