第2話 「敵わないくらい」お題・蛍

「知ってる? 蛍ってね、死んでからも光るらしいのよ」


 いつだったか、動物モノのドキュメンタリーを見ながら、ママが言ったことを思い出した。でも、ただ死ぬだけじゃダメで、蛍を乾燥させ、酸素と反応させたり何だりが必要だとか。

 面倒そうだけど、そうすれば死んでからも、一年間くらい光っているらしい。

 まあ、一説らしいけど。


 ……何か、むかつく。死んでからも綺麗なんて、反則じゃない。

 私は辺りに乱舞している、蛍どもをにらみつけた。ついでに足元の、川辺の砂をつかんで投げつける。

 ざまあみろ。いや全然、光は弱くなってないけどね!!


「はーあ。死ぬつもりで来たのになぁ」

 そのため、真夜中にこの渓谷に来たんだけど……先客がいた。

 もちろん、このぴかぴかしてる奴らだ。

 蛍の発光時間は、日没から二時間くらい。それを過ぎれば蛍は光らないし、見物客もいなくなる。これだけ下調べしてから来たというのに。

 何なんだ、この蛍どもは。全く、……本当に綺麗。

 こんな綺麗なものを見たら、心が洗われて、入水自殺する気なんか……。


「なくなると思うか、こんちくしょう!!」

 今度は足元の、大き目の石を投げつけようとして……やめた。

 どうせ当たんないし、腕が疲れるだけだ。

 それに何だか、馬鹿馬鹿しくなってきた。

 蛍は死んでも綺麗だけど、私は死んでも綺麗にはなれない。

 入水自殺ならなおさら、体がふくれ上がって、すごい臭いになるとか言うし。

 彼と別れたから、当てつけに死んでやろうと思ったけど……確か遺体の確認って、家族がやるんじゃ。ドラマとかだと、そうだよね。じゃあ、私の死体はあいつの目に触れない? 

 ……だったら私、すっごい馬鹿じゃない!?


「あー、もう。帰ろ、帰ろ! 高いガソリン代かけて来て、馬鹿みたい」

 車を止めた場所に向かって、歩き出す。すると、暗がりから声がした。

「お帰り。蛍は見れた?」

 顔が見えなくてもわかる。彼氏だ。元、だけど。

「……ええ、何でかね」

 そう言うと彼は、嬉しそうな声になった。

「それは良かった。君の日頃の行いがいいからだよ、きっと」

 自分のことじゃなく、私のことで喜んでる。そんなお人よしのとこがしゃくさわって、別れた……んだけど。

 私は彼の顔が見える位置まで近づき、手を差し出した。

「……まだ見えるはずよ。だから、一緒に」

 行こう、と呟くと、彼は顔をぱっと明るくさせ、私の手を取った。

 

 ──ほんと、ばっかみたい。


 心の中で呟く。本当はね、来てくれるって信じてたんだ。

 そして、そっと彼の顔を盗み見る。

 彼は笑っている。少年のように、楽しそうに、嬉しそうに。

 ……前言撤回。確かに蛍は綺麗だけど、それよりも綺麗なものがある。

 私はきゅっ、と握った手に力を入れた。


 そうだ。私にとって、蛍よりも何よりも、綺麗なもの。

 それはあなただ。

 そうね、自慢してやろうかな。

 自分が一番美しいと思っている蛍に、彼のことを。

 彼はね。あんた達が束になっても敵わないくらい、綺麗な心の持ち主だってことを、ね!!

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