16輪目【ふたりはライバル】

 恋焦がれている。意中の相手はわたしより二つ上。

 才色兼備なその先輩は、学校でも大人気で、憧れている女子は数知れない。

 わたしはその中のちっぽけな一人である。

 先輩は取り巻きを引き連れ、わたしの前をゆっくりと通って行く。

(……はあ。今日も先輩きれいだなぁ)

 ほうと大きく息をつく。

 すると、横でわたしと同じように大きく息をつく者がいた。

 わたしの恋のライバル、いろはだ。

「……何よ?」

 いろははムスッとした顔で、わたしを睨みつける。

 それに対し、わたしは大きく鼻を鳴らし、『別に』と答えた。

「……わたし、負けないから」

「上等よ。あたしだって負けないから……!」

 わたしたちは先輩のことが大好きだ。

 出来れば取り巻きの輪の中に加わりたい。

 そして、いつも先輩と一緒にいたい。

 わたしたちは四六時中、そんなことばかりを思っている。

(……先輩)

 夢を見る。先輩ともし付き合えたら。仲良く手を繋げたら。

 そんな思いを膨らませながら、いろはとわたしは、事ある毎にいがみ合っていた。

(いろはには絶対に負けたくない!)

 先輩はわたしのものだ、と決意を新たにする。


          *


 放課後。先輩の追っ掛けをしようと思い、先輩を探していると、人知れず廊下の隅で泣いているいろはを見付けた。

 わたしは最初、無視をして通り過ぎようかと思ったが、仮にも恋のライバルを放っておくことは出来ず、目の前まで行くとハンカチを差し出した。

「……のの、か」

 いろははハンカチを手に取ると、少し荒っぽく涙を拭った。

「……聞かないの? 何があったか」

「そんなこといちいち聞かないわよ。わたしとあなたは恋のライバルでしょ? 相手に隙なんて見せたら、その時点で負けになるわよ」

「ふふっ……、ののらしいわね」

「じゃあ、わたし先輩を探すから。またね」

「のの……!」

「な、何よ……?」

「……何でもないわ」

 いろはは力ない声で笑った。

 何があったかは分からないが、相当に堪えることがあったらしい。

 早く先輩を見付けて、追っ掛けをしたい。

 が、泣き続けるいろはを見て、わたしはどうしても放っておくことが出来なくなってしまった。

「先輩のことはもういいわ……。いろはに何があったか聞かせなさい」

 わたしはいろはの横に座ると、そっと手を添える。

「大したことじゃないわよ……」

「大したことあるでしょ。遠慮せずに言いなさいよ」

「……ブス」

「何?」

「ブスって言われたの、先輩に……」

「は?」

「あたし、さっき先輩に告白したんだ。そしたら、先輩が『あなたみたいなブサイクはお断りよ』って……。取り巻きの人たちにも大笑いされて……」

 いろはは声を押し殺しながら、ぐすぐすと泣く。

 いつもの強気だったいろはの面影はまったくない。

 涙でぐちゃぐちゃの顔は、わたしの心をひどく痛ませた。

「……先輩が本当にそんなことを言ったの?」

 いろはは声に出さず、首を縦に振る。

「……さない」

 ぽつりと呟く。

「え?」

 わたしの声が聞き取れなかったようで、いろはが聞き返してくる。

「行ってくる!」

「え? え?」

 わたしはいても立ってもいられず、その場を勢いよく離れた。

(……許せない! いろははわたしの大切な恋のライバル! いろはを泣かせていいのはわたしだけ! 他の誰だって、いろはを傷付けることは、わたしが絶対に許さない!)

 学校中をくまなく探して、やがて先輩を見付けることに成功した。

わたしは先輩の前に躍り出る。

 そして、

「お高くとまってんじゃないわよ、このブス! あんたなんかもう大嫌いよ!」

と言った。

 先輩も取り巻きも何が起きているのかまるで分からないと言った顔でぽかんとしている。

 わたしはその隙をついて、『ばーか!!』と捨て台詞を吐いてその場を走り去った。


          *


「……ねぇ、あたしたち本当に恋のライバルだったのよね」

 いろはが怪訝な顔でわたしに訊ねる。

「そうよ。でも、考えが変わったわ。わたしの真のパートナーは、いろはしかいないって気付いたの」

 いろはとは今回のことがきっかけで付き合うことになった。

 もちろん告白はわたしからだ。

 惚れた女が一緒だった。

 その時点で気付くべきだったが、わたしたちは本当の意味での犬猿の仲じゃなかった。

 ただ単にお互いがお互いのことをよく見えていなかっただけだ。

 あの時、いろはの泣き顔を見て、わたしの頭はいろはのことでいっぱいになった。

 それってつまり……。

「わたしの好きはいろはってこと」

「何が何やら……」

「細かいことは気にしない! わたしたち、これから仲良くやって行けそうじゃない?」

「それはそうだけど……」

「じゃあ、それでいいんだってば。末永くよろしくね、いろは」

 わたしたちは仲良く手を繋ぐ。

 そして、二人して照れくさそうに笑い合うのだった。


 ――好きという気持ちは、割りと身近にあるのかもしれない。

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