【SEASON2.】
11輪目【二人の為の言葉】
小学校での一日の授業が終わったその日の放課後。
急な雨に降られたわたしたちは、通学路にある公園の
「……雨、やまないねぇ」
隣にいるえまちゃんが、雨空を見ながら、気怠げにぼんやりと呟く。
「あおいちゃん、そこのベンチに座ろうよ」
「……うん」
わたしはえまちゃんに促され、すぐ近くに置いてある木製ベンチへと腰掛ける。
続いて、えまちゃんもゆっくりとベンチに腰掛けた。
「はい、詰めて詰めて」
笑いながらそう言うと、えまちゃんは、ピッタリとわたしの身体に密着する。
「え、えまちゃん……、ちょっと暑苦しくない……?」
「そう? あたしはあおいちゃんとくっ付けて嬉しいけど」
えまちゃんはわたしに対して、いつも距離感がおかしい。
そして、そんなえまちゃんに、わたしはいつもドキドキしている。
「……あたし、あおいちゃんと一緒にいると、なんか胸の奥がきゅ~っと熱くなるんだよね」
ほんのりと頬を赤らめながら、えまちゃんがぽつりと呟いた。
わたしはえまちゃんの顔をまじまじと見てしまう。
「何なんだろうね、この気持ち」
小首を傾げながら、えまちゃんは小さく笑った。
「……わたしも」
「えっ?」
「わたしもえまちゃんと一緒にいると、胸がドキドキして変な感じがする……」
目線を下に向けながら、自分の胸に手を当てると、心臓の鼓動がとくんとくんと大きく高鳴っていた。
わたしはえまちゃんと見つめ合う。
「――ねぇ」
しばらくのあいだ、黙って見つめ合っていると、えまちゃんが口を開いた。
「手を繋いでみようか」
わたしは『えっ』と驚きの声を上げた。
えまちゃんと手を繋いだことは、今までに一度もなかった。
だから、正直に言うと、ちょっと恥ずかしい。
――でも、このドキドキが何なのか分かるのなら。
わたしはえまちゃんと手を繋いだ。
「……あおいちゃんの手、温かくて気持ちいいね」
「えまちゃんの手もだよ……」
「あたしたち」
「ん?」
「もしかしたら、お互いに『好き』、なのかもね」
ぽつぽつと心地良い雨音が聞こえる。
えまちゃんの不意な発言に、わたしの顔は真っ赤になった。
だとしたら、わたしにとって、えまちゃんが初恋の人だ。
「えまちゃん」
「どうしたの?」
「わたしたち、将来結婚しようね」
唐突にプロポーズしたわたしに対して、えまちゃんは、困ったように苦笑いを浮かべた。
「未来のことは誰にも分からないよ」
「じゃあ、約束をしよう」
わたしはえまちゃんに小指を差し出す。
それに倣い、えまちゃんも小指を差し出してきた。
「――大人になってもずっと一緒にいようね。約束だよ」
ふと気付くと、雨音は勢いを増していた。
*
ゆっくりと目を開ける。
「……ここは」
寝ぼけ眼を擦りながら、わたしは周囲を見回す。
きれいに整理整頓された六畳ほどのその部屋は、住み始めてからまだ間もないわたしの部屋だ。
「喉が渇いたな……」
わたしは冷たいお茶を飲みに、冷蔵庫があるキッチンへと向かう。
――あれから、十年以上の時が経った。
えまちゃんはわたしを置いて遠くに行ってしまった。
今、この家に居るのはわたし一人だけである。
冷蔵庫の前に立つと、中から一本のペットボトルを取り出す。
ペットボトルの中身は、先ほども触れたように、よく冷えた只のお茶だ。
わたしはそのお茶を一口だけ飲むと、それから、ほうと大きく息をついた。
「……嘘つき」
遠くのえまちゃんに向けて、ぼそりと悪態をつく。
その日の夜、わたしは大量のやけ酒をあおった。
*
『――あおいちゃん』
どこかでえまちゃんの声が聞こえる。
『あおいちゃん――』
なんかえまちゃんがすぐ目の前に居るような……。
「あおいちゃん!!」
突如、耳の奥がキーンとして、重たいまぶたをやっとこさっとこ開けると、目の前にはえまちゃんがいた。
「あぁ~、えまちゃんだぁ~。もう帰って来たの~? おかえり~」
〝あれから〟、大人になったわたしたちは、長年住み慣れた地元を離れ、二人で上京していた。
今は少し都心から離れた町で、2LDKのアパートを借りて、二人仲良く同棲を始めている。
「もう酒くさいなぁ! いったいどれだけ呑んでるのよ!」
えまちゃんは今日、友達の結婚式に出席していて、今の今まで家を留守にしていた。
わたしはそれで家に一人ぼっちになり、その寂しさのあまり、大量のやけ酒をあおることになったわけだ。
「えへへへ……」
「……まったく! ちょっと目を離すとすぐ吞んだくれるんだから!」
「……だって、寂しかったんだもん……」
「そんなのあおいちゃんだけじゃないわよ! あたしだって……!」
わたしたちは抱き締め合う。
「……えへへ、えまちゃん温かい」
「ねぇ、お土産をたくさん買ってきたから、今から一緒に食べない?」
「食べる食べる~!」
わたしとえまちゃんは、大人になってもずっと一緒。多分、死ぬまでずっと一緒。
――永遠。
それはきっと、わたしたちの為にある言葉なのだ――。
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