魚類

@that-52912

第1話

海だ。


身体中の骨を抜き取られたように体は、水の中でゆうら、ゆうら、と漂う。水面から顔を出してみた。月の光が顔を照らしてぼくの思索的な感情にエンジンがかかる。いまだ、解放されない魚類。精神も体も腐乱してゆく、魚類たちの涙と叫び声が聴こえてきそうだ。


数日前、友人に手伝ってもらい、鰹の頭の形をした、ビニール製の仮面を作ってもらった。ぼくは現代社会から、置き去りにされた人間だから。もはや、魚になるしか生きる術がない、と思ったから。仮面を被ったぼくを見て、微笑む友人。


「どっからどうみても、鰹だぜ」

ガムを噛みながら、笑いをこらえる友人。ぼくは不機嫌になったが。まあ、もう人間じゃあ、ないからね。鰹だもの。金も、おんなも、住む家も必要がない。ある意味、友人よりもおれは、自由を手にしている。

向かい合った友人とぼく。怪しげな暗い空がひたひた、と歩いてきて、雨の祝福をぼくたちに浴びせる。家のなかのラジオから、流れるニュース。ある国が、日本に向けて出兵したらしい。日本は、征服の標的にされた。


「おまえは、まあ、鰹だからさ、兵隊さんに捕まっても、殺されることないだろうな」

ガムを、ぺっ、と音を立て吐き出した友人。

「悔しかったらさ、おまえも鰹になれよ」と

ぼくは挑発的に、彼に唾でもぶっかけるような勢いで言った。


「ばっきゃろ、鰹なんかなれるかよ」

「国の為に、死ぬ。それがさ、国民の、非常時における振る舞いってもんだろう」

唾を飛ばして、友人が答えた。

ぼくは、阿呆の顔を見るような冷たさで友人を見た。


数日後。日本列島は、某国に占領された。男声は、皆殺し。ボカボカにみんなぶん殴られ、肛門に胡瓜を突っ込まれて、みんなみんな殺された。イケメンも、ブサメンも、ビンボー人も、資本家も。日本男児は、みな死んだ。


1人、夜の海に漂っていたぼく。何しろ鰹の仮面を被ってるから、兵隊さんたちも許すだろう。阿呆だとおもって。本当の鰹と思うかな?狂人だとおもうだろうか?ははは。どっちでも、いいや。


そんな事を考えるぼくの背後から、サメが大きな口を開けて近づく。ぼくは、頭から齧られたらしい。鮮血が海を汚してゆく。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魚類 @that-52912

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る