俺の音楽ここにあります!
竹野きの
入れ替わりと文化祭
第1話 はじまり
「ロックの神様は俺の事なんて見ていなかった……」
出演者が帰った後のライブハウスはどこか
「太郎さん、終わったらちょっと事務室に来てもらっていいすか?」
彼はこのライブハウスの店長をしている
そんな彼が俺を呼ぶ時は何か言いたい事が有る時と決まっていた。
「おつかれっす」
「何かありました?」
軽い口調とは裏腹に、お互い何かを探っている様な気まずい空気が流れる。バンドのステッカーがこれでもかと貼られている事務机の上に置いてあった
「とりあえず一本飲みましょ」
「はぁ……」
プシュっと缶を開ける音が壁に吸い込まれていく。一本二本なら仕事中でも飲める所だが、あえて用意していたというのは腹を割って話そうという事の現れなのだろう。彼は半分ほどイッキに飲むとゆっくりと口を開いた。
「太郎さん、この仕事向いてないっすよ」
「いや、俺から音楽を取ったらそれこそ何もないんだけど?」
「太郎さんがギターが上手いのは俺も知ってます。ギターの機材にも詳しいし……」
「ならなんで?」
「ただそれ、ギタリストなんすよ。俺もギタリストなんでその辺り尊敬してますけど、俺たちがやっているのはライブハウスの運営なんすよ」
彼の言っている意味がわからなかった。だが、最後に言った一言で彼が言いたい事を俺は全てを理解した。
「太郎さんとはもう一緒に出来ないっす」
俺が
だけど、俺が抜けてすぐに彼らは売れた。もう少し早く芽が出ていれば俺だってギターで飯が食えていたのだと思うと、ロックの神様に俺は見放されているのだと思う。
とはいえバンドの時より切実なのは、
どうしろっていうんだよ……。
色々な事が頭をよぎりながら真夜中の帰り道を歩く。通り過ぎて行く車や、マンションの灯りが見える度に普通に生活している奴らは一体どうやってこの世界に適応してきたのだろうと思う。
交差点に差し掛かる。
この際ロバート・ジョンソンの様に十字路の悪魔にでも交渉を持ちかけられたら、喜んで俺は契約するだろう。しかし、27歳なんてとうに過ぎているし悪魔の方も俺の
自宅のアパートに付くとビールを片手に深夜番組を見る。自分より
まるで走馬灯の様に今まで練習してきた事を思い出し、胸が苦しくなり涙が
ドクドクと少しづつ
ちょ、ちょっとまて……。
まるで心臓を抉られている様な痛みは、さらにギアを入れたかの様にドンドンと増していく。
ぐっ……救急車……、いや間に合わない。目の前には微かに愛用のギターが見える。ようやく見つけて買ったギターだ、置いて行ってたまるかよ。
手を伸ばし、ポールリードスミスに手が触れた瞬間俺の意識の糸はブチンと音を立てて途切れた。
★★★
「はぁっ……俺のギター!」
目を覚ますと俺は布団の中にいた。それも洗いたてで清潔感があり、キレのあるシーツが肌に擦れる感じがする。
生きている……しかし、どこだここは……?
見覚えの無い天井。二日酔いが抜けていないのか身体がふわふわと浮いている様な感じがする。けれども頭痛が全く無く意識がスッキリとしているのが救いだった。
窓から差し込んでいる光から、まだ昼では無いという事は分かるものの、残り短いとはいえ仕事がある以上起き上がり状況を確認するのが先決だ。
起きあがろうとするとやはり身体に違和感がある。指先の感度も敏感になっており、まるで厚手の手袋を外した様な感覚に不安を覚える。
その瞬間、きっと歳は同じくらいなのだろう。しかし聞き覚えのない女性の声が部屋の外から聞こえてくるのが分かった。
「まひる、そろそろ起きないと学校に遅れるわよ」
まるで母親の様な言い方の声と共に階段を上がて来る音が響く。
いやいや、壁が薄いとはいえ俺の部屋は一階だぞ、しかしどう見ても俺の部屋では無い。まさか酔って誰かの家にでも転がり込んでしまったのか?
足音が徐々に近づいてくると部屋の前でピタリと止まる。俺はゴクリと息を飲み待っているとドアが開いたのが分かった。
「……もう、返事が無いと思ったら、やっぱり布団から出てないじゃ無い」
そう言って彼女は近づいてくる。
もし知り合いじゃなく不法侵入とかなら、俺がこの布団の中に居るのはマズくないか?
思い返してもテレビを見ていた所までしか思い出せない。なるべくバレない様に布団の中で身体を丸めて誤魔化そうと足掻いてみるも、問答無用とばかりに布団を
「あっ……」
慌てて俺は頭を抱えて寝たふりをする。こんな事をして誤魔化せるなんて思ってなどはいない。ただ、少なくとも
「どうしたの?」
「ううっ……」
「ん、もう。体調が悪いならそう言えばいいのに……学校には連絡しておくから今日は休みなさい」
どういう事だ?
チラリと見えた女性は、すっぴんではあったものの目鼻立ちがはっきりとした美人で自分の母親では無い事位は分かる。知り合いにもいない様なタイプだったのだが、俺は助かったのか?
それにしても学校とは面白い冗談だ。少し病み上がりの様にふわふわとはしているものの活動には支障が無い俺はほっとしたかの様にベッドから起き上がってみる。
「は? なんだよコレ……」
理解が出来ず思わず口にする。
どう考えても普段より高い声に細く小さな身体。可愛らしいパジャマはどうでもいいとして
思わず顔に触れる。肩までの柔らかい髪に髭がない肌……ちょっとまて。
「……いやいや、マジかよ」
鏡の中にはおっさんの姿は無く、パジャマ姿の若い女の子が映っていた。
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