俺の音楽ここにあります!

竹野きの

入れ替わりと文化祭

第1話 はじまり

「ロックの神様は俺の事なんて見ていなかった……」


 出演者が帰った後のライブハウスはどこか殺伐さつばつとした雰囲気が漂っている。そんな中俺、一ノ瀬太郎いちのせたろうは誰もいなくなったホールの掃除をライブの余韻よいんひたりながら行っていた。


「太郎さん、終わったらちょっと事務室に来てもらっていいすか?」


 彼はこのライブハウスの店長をしている風次ふうじ、年は6つ下の29歳で元々はそれなりに人気のあったインディーズバンドのギターをしていた奴だ。元々顔が広かった事もあり、人気のバンドのブッキングや主催のイベントをしたりする事で人の入る【ハコ】へと変えた……つまりは経営を立て直してきたやり手の男という訳だ。


 そんな彼が俺を呼ぶ時は何か言いたい事が有る時と決まっていた。


「おつかれっす」

「何かありました?」


 軽い口調とは裏腹に、お互い何かを探っている様な気まずい空気が流れる。バンドのステッカーがこれでもかと貼られている事務机の上に置いてあったハイネケンビールを手に取ると彼はそれを手渡した。


「とりあえず一本飲みましょ」

「はぁ……」


 プシュっと缶を開ける音が壁に吸い込まれていく。一本二本なら仕事中でも飲める所だが、あえて用意していたというのは腹を割って話そうという事の現れなのだろう。彼は半分ほどイッキに飲むとゆっくりと口を開いた。


「太郎さん、この仕事向いてないっすよ」

「いや、俺から音楽を取ったらそれこそ何もないんだけど?」

「太郎さんがギターが上手いのは俺も知ってます。ギターの機材にも詳しいし……」

「ならなんで?」

「ただそれ、ギタリストなんすよ。俺もギタリストなんでその辺り尊敬してますけど、俺たちがやっているのはライブハウスの運営なんすよ」


 彼の言っている意味がわからなかった。だが、最後に言った一言で彼が言いたい事を俺は全てを理解した。


「太郎さんとはもう一緒に出来ないっす」


 俺が邪魔じゃまだったのか? バンドをしていた時も似たような事があった……つまりはクビだ。今だって後任のギターより上手い自信はあるし、あのまま俺が弾いていたならもっといい音楽にしている自信だってある。


 だけど、俺が抜けてすぐに彼らは売れた。もう少し早く芽が出ていれば俺だってギターで飯が食えていたのだと思うと、ロックの神様に俺は見放されているのだと思う。


 とはいえバンドの時より切実なのは、無職むしょくになってしまうという事だ。風次も別に俺を殺したい訳では無い事もあり、転職するための猶予はくれた。しかし一カ月そこら……給料も生活をするのにギリギリな事を考えると失業保険がすぐに出たとしても長引かせるのは中々厳しい物がある。


 どうしろっていうんだよ……。


 色々な事が頭をよぎりながら真夜中の帰り道を歩く。通り過ぎて行く車や、マンションの灯りが見える度に普通に生活している奴らは一体どうやってこの世界に適応してきたのだろうと思う。


 交差点に差し掛かる。

 この際ロバート・ジョンソンの様に十字路の悪魔にでも交渉を持ちかけられたら、喜んで俺は契約するだろう。しかし、27歳なんてとうに過ぎているし悪魔の方も俺のくさった寿命なんてきっと欲しいとはおもわないだろう。


 自宅のアパートに付くとビールを片手に深夜番組を見る。自分よりはるかに若いアーティストが出ているのが見えその演奏がやけに上手い事に気づく。今はCDを買わずにいくらでめ聞けるしギターのテクニックを解説している動画もいくらでもある。そう、俺はいつのまにか新しい時代に、これから生まれてくる才能達について行けなくなっていた。


 まるで走馬灯の様に今まで練習してきた事を思い出し、胸が苦しくなり涙がこぼれてきた。俺は精一杯やってきたつもりだ、何がいけなかったんだよ……。


 ドクドクと少しづつ動悸どうきが高鳴ると共に胸に痛みが走るほどまで鼓動する。


 ちょ、ちょっとまて……。


 まるで心臓を抉られている様な痛みは、さらにギアを入れたかの様にドンドンと増していく。


 ぐっ……救急車……、いや間に合わない。目の前には微かに愛用のギターが見える。ようやく見つけて買ったギターだ、置いて行ってたまるかよ。


 手を伸ばし、ポールリードスミスに手が触れた瞬間俺の意識の糸はブチンと音を立てて途切れた。



★★★



「はぁっ……俺のギター!」


 目を覚ますと俺は布団の中にいた。それも洗いたてで清潔感があり、キレのあるシーツが肌に擦れる感じがする。


 生きている……しかし、どこだここは……?


 見覚えの無い天井。二日酔いが抜けていないのか身体がふわふわと浮いている様な感じがする。けれども頭痛が全く無く意識がスッキリとしているのが救いだった。


 窓から差し込んでいる光から、まだ昼では無いという事は分かるものの、残り短いとはいえ仕事がある以上起き上がり状況を確認するのが先決だ。


 起きあがろうとするとやはり身体に違和感がある。指先の感度も敏感になっており、まるで厚手の手袋を外した様な感覚に不安を覚える。


 その瞬間、きっと歳は同じくらいなのだろう。しかし聞き覚えのない女性の声が部屋の外から聞こえてくるのが分かった。


「まひる、そろそろ起きないと学校に遅れるわよ」


 まるで母親の様な言い方の声と共に階段を上がて来る音が響く。

 いやいや、壁が薄いとはいえ俺の部屋は一階だぞ、しかしどう見ても俺の部屋では無い。まさか酔って誰かの家にでも転がり込んでしまったのか?


 足音が徐々に近づいてくると部屋の前でピタリと止まる。俺はゴクリと息を飲み待っているとドアが開いたのが分かった。


「……もう、返事が無いと思ったら、やっぱり布団から出てないじゃ無い」


 そう言って彼女は近づいてくる。

 もし知り合いじゃなく不法侵入とかなら、俺がこの布団の中に居るのはマズくないか? 


 思い返してもテレビを見ていた所までしか思い出せない。なるべくバレない様に布団の中で身体を丸めて誤魔化そうと足掻いてみるも、問答無用とばかりに布団をめくられてしまった。


「あっ……」


 慌てて俺は頭を抱えて寝たふりをする。こんな事をして誤魔化せるなんて思ってなどはいない。ただ、少なくとも示談じだんで済ませられる位にはとぼけてしまうしかないと考えた。


「どうしたの?」

「ううっ……」

「ん、もう。体調が悪いならそう言えばいいのに……学校には連絡しておくから今日は休みなさい」


 どういう事だ?

 チラリと見えた女性は、すっぴんではあったものの目鼻立ちがはっきりとした美人で自分の母親では無い事位は分かる。知り合いにもいない様なタイプだったのだが、俺は助かったのか?


 それにしても学校とは面白い冗談だ。少し病み上がりの様にふわふわとはしているものの活動には支障が無い俺はほっとしたかの様にベッドから起き上がってみる。


「は? なんだよコレ……」


 理解が出来ず思わず口にする。

 どう考えても普段より高い声に細く小さな身体。可愛らしいパジャマはどうでもいいとして違和感いわかんしかない。


 思わず顔に触れる。肩までの柔らかい髪に髭がない肌……ちょっとまて。


 あわてて立ち上がり、部屋の隅に姿見がおいてあるのに気づくと、急いで自分の姿を確認した。


「……いやいや、マジかよ」


 鏡の中にはおっさんの姿は無く、パジャマ姿の若い女の子が映っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る