第23話 スライムボス

やがて頂上にたどりついた僕ら。

僕は「ふ~」と息を吐く。

そんな僕にハンスが一言。


「へばってきたか、深呼吸して息を整えろ」

そう言われて、青く開けた空に向かってもう一度大きく息を吸った。

呼吸を整えて周りを見てみる。

「わぁ…」思わず呟く。


…綺麗な景色だった。呼吸は整えたけど、思わず再びため息をついてしまった。

空と雲。緑の草。それに、頂上には結構な大きさの池ができていた。

ローナも景色を楽しんでいた。

池を見ながらハンスに「澄んだ水だね」と言う。

「おう、見晴らしもいい、気分は爽快だな」

ハンスは池を見ながらそう返事した。

どこからか湧いているのか、透明度の高い水が池を作っており、麓の方へ流れる出口もあった。

あの流れが小川になって下っていき、山の下の池に注いでいるのだろう。


「空気もすごく気持ちいいけど、クイーンスライムはどこに居るんだろうね?」

「ああ、気を付けろ、どこに潜んでるか分からないぞ」

周りを見渡す僕だったけど、モンスターらしき影は見当たらなかった。

でも少し歩いて回っていると、突如、目の前の池の水がゴボゴボと盛り上がり始めた。

そして聞きなれない声が響く。


「おやおや、なんだか珍しい冒険者たちだねえ」

僕たちはすぐさま身構える。

水はやがて収縮し、ひとつのモンスターの形を作った。

人間の形をして、人間と同じような表情を見せる。でもその体は透き通っており、

髪も体も液体で出来ている…

そう…液体でできた女性のスライムだ。

そのモンスターがニヤっと笑いながら言った。

「こんな所に何の用だい?冒険者君?」

妖艶というよりはなんだかサバサバした感じも漂わせつつ言う。

身構えながらも僕が聞く。


「君が…クイーンスライム?」

ニヤーと笑いながらモンスターは答える。

「そうさ、私がクイーンだよ。よく知ってるねえ」

「えっと…ちょっと聞きたいことがあって来たんだ」

「おやおや、山の下のスライムたちはどーしちゃったんだろ…」

なんだか意地悪な笑顔を浮かべながらクイーンスライムは続けた。

「まあいいか…人間が私に何を聞きたいのかな?」

「町の方で噂になってるスライムたちの事なんだけど…」

「へへぇ…さあ、知ってるか知らないか…どっちかねぇ」

はぐらかすように言うクイーンスライムにハンスが言う。

「おい、もったいぶってもいい事ないぞ、知ってるなら情報を出せ」

「教えてもいいけど…」

クイーンスライムは笑いながら、やおら襲い掛かってきた。

「少し遊んでからだねえ!」


クイーンスライムは拳を握りしめたかと思うと、その拳が突然大きくなる。そして腕を上げたかと思うと、反動を付けて振り下ろすようにする。その最中腕がびよ~んと伸びて、その拳が僕に向かってきた。

「避けろ!」叫ぶハンス。

僕は咄嗟に飛びすさりその場を離れる。

ドカーン!

大きな音を立てて僕の居たトコの地面が揺れた。すごい威力だ。

ハンスが「スライムとは思えない強さだな!」と言う。

「褒めて貰えて光栄だねえ、さあ、行くよ」

クイーンスライムは池から出てきて腕をユラユラさせた。

そして再び伸びるパンチを出してくる。今度は隊長に向かってだ。

「…」

でも隊長はさすがだった。無言で剣ではじき返す。はじかれたクイーンスライムの手はびよんびよんと揺れながら再びパンチする、それを隊長がまたはじく、このやりとりのスピードがどんどん上がってきた。

クイーンスライムは笑いながら言う。


「これはすごいねえ…じゃ、こっちの腕はそこの男を狙うかねえ」

そう言うと、もう片方の手でハンスを襲った。

「クソ、こっちもかよ」

そう言いながらも、身軽にパンチを避けるハンス。

そんな中、ローナが魔法を放った。

「ファイア!」

燃えさかる火がクイーンスライムに向かっていく。

でもクイーンスライムは腰から頭までをぐにゃんと体を真横に曲げて魔法を避けた。

ローナが「嘘!ずるい!そんな避け方!」と声を上げる。

クイーンスライムは「あはははは~」と笑いながら悠々と体を元に戻した。

そのまま笑いながら言う。


「スライムの体だからね~、色々できるよ~」

僕はスライムの体に切りかかる。

「やあっ!」

僕の斬撃がクイーンスライムの腕を切り落とした。

相手はたまらず「うああああっ」と叫び声を上げる。そのまま体を震わせながら動きを止める。

僕はそのまま二の太刀を浴びせる為に走り出す。そんな僕にハンスが叫ぶ。


「馬鹿!突っ込むな!」

次の瞬間、苦しんでいたように見えたクイーンスライムがニヤッ…と笑った。

そして言う。

「…なんてね」


なんと、クイーンスライムの切り落とされた腕がくっつき始めた。そしてみるみる内に元通りになる。

そしてその拳が大きくなり僕に迫る。

たちまち僕はクイーンスライムに捕らえられてしまった。

「は、離せ!」

もがく僕だけど弾力のある手に握りしめられて手が出なかった。そんな僕にクイーンスライムが笑いながら言う。


「スライムの体だから色々出来るって言ったじゃないか~」

ぎゅうぎゅうと握りしめるクイーンスライム。

僕はなんとか力を込めてみるけどどうにも抜け出せない。

するとローナがまた「ファイア!」と魔法を放った。

ファイアは肩の腕の付け根あたりに命中しどか~んと音を立てる。

僕は抜け出すことができすぐに距離を取る。

そんな僕にローナが言う。

「ラルス、平気?」

「ローナ、ありがとう」

体勢を立て直して相手を見るけどクイーンスライムの腕はすぐに元通りになってしまった。そして言う。

「おやおや、少しはやるのかな?でもまだまだかな…次は避けられるかねぇ」

再び腕を振り回し始めるクイーン。

そんな風に僕らを翻弄するクイーンスライムにハンスがランチャー銃を構える。

「動くな!」

ハンスの声に制止して答えるクイーンスライム。

「物騒な物を向けるねえ。でも、銃じゃ液体には効果ないよ?」

「ただの銃じゃない。装填されてるのは特製冷凍弾だ。カチカチは嫌だろう?そろそろ大人しくしろ」

するとクイーンは言う。

「冷凍弾か…見た感じ普通の大型の銃に見えるけど…弾の方が特性って事かな…そいつは参ったねえ」

そんな風に言うクイーンスライム。

でもゆっくりと、腕を降ろし始めた。

ローナは隊長に「ヴァリー、今のうちにやっつけちゃいましょ!何か強い技か何か、お願い!」なんて言った。

でも隊長は予想外の行動を取る。

剣を降ろし静かに、少しだけメンドくさそうに言う。

「もういいだろう、遊ぶなら他の相手を探せ」

何を言ってるのか分からなかったけどクイーンスライムはそれに答えるように手を下げた。


「やれやれ、せっかく偶にできるいい運動だったのに。つれないねぇ」

ハンスは銃の構えを崩さないまま「なんだなんだ、どういう事だ?」なんて言ってる。

クイーンスライムは笑いながら答える。

「言ったじゃないか。遊んでいって、って」

隊長がクイーンスライムとやりとりする。

「こいつは元々敵意が無い」

「おや、やっぱり隊長と呼ばれる人は違うねぇ」

「スライムは構成する水分の影響を多く受ける。これだけ綺麗な池だ。クイーンとして魔族の本質は持っているが、邪念に憑りつかれた性格では無い」

僕は「じゃあ…」と声を出す。隊長が答える。

「今までのは、いわば動物で言う狩りごっこだ」

クイーンスライムも「ま、そういう訳だよ。バレちゃ仕方ないねぇ。で、話があるんだったかな、要件を聞こうじゃないか」と手をプラプラさせ敵意がない事を示した。


ハンスはようやく銃を降ろし隊長に「分かってるなら先に言ってくださいよ」と不満を漏らした。

そんなハンスに隊長は「言ったら訓練にならん」と切り捨てる。

僕はなんだか訓練ですら勝てなかったばつの悪さを感じていたがクイーンスライムに声を掛けられてしまった。

「しょげる事ないだろう?まだまだだけどスジは良さそうだ、十分見込みあるよ、頑張りなぁ」

僕は悔しがるのをやめ、気を吐く。

「う、つ…次は負けないぞ」と言うけど「おやおや、頼もしいねえ、いつでもおいで、楽しみにしてるよ」と軽く返されてしまった。

改めて僕らに向き直り、言うクイーンスライム。

「で、何を聞きに来たんだったっけ?」

隊長は改めて事情を話してやりとりする。

「町で新種のスライムが目撃されてる」

「新種?」

「毒持ちと体力回復の能力持ちだ。心当たりはあるか」

「いや~…毒持ちは場合によるけど体力回復の方は知らないねぇ」

「毒持ちはここらでも居るのか」

「スライムは色んなものを吸収するからねぇ。水が汚れてたり、毒がある物を川に捨てられたりすると吸収しちゃうんだ。それで毒性を持つこともあるけど…癒しの方は聞かないねぇ」

その言葉にハンスが言う。

「町で少し騒ぎになってるんだ。スライムたちが進化して襲ってくる準備だと」

「そんな事言われても…そいつは困ったね。身に覚えがない話だよ」

ローナは意見を考えて口にしてみる。

「魔族の魔導士とかがスライムに新たな力を与えてるとかはないの?」

「ここらでそんな事やれば私の耳に入る筈なんだけどねぇ」

隊長は言う。

「心当たりも関係もない、と」

「私たちはイタズラ好きではあるかもしれないけど静かに暮らしてるよ」

隊長は考えながら続ける。

「分かった。他の原因を探ってみる。今は静かにしててくれ。町の近くで接触すると無用な衝突の発端になる可能性がある」

そう釘を刺されたクイーンスライムは残念そうにしながらも言う。

「分かった、言うとおりにするよ。アンタは怒るとおっかなそうだし、ホントはメチャ強そうだしねぇ?そうだろ?」

「想像に任せる」

隊長がそう言い、歩き出し僕らもそれに続く。

こうして山をあとにすることになった。

下山の最中、ハンスが声を掛けてくれる。

「情報も聞けたし、戦いの事は気にするなよ。クイーンだからな、上級魔族だ。お前はよくやった。真剣勝負だったら…とか余計な事考えるなよ」

「うん…とにかく今は情報を辿って手掛かりを探す事だよね」

「そうだ、切り替えていくぞ」

「じゃあ、先を急ごう!」

気を取り直して、町へと戻った。

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