暴走サタニア

 「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 アルシアという大切な人を失ったサタニアは、奇声を発しながら殺した張本人であるエジタス目掛けて、ティルスレイブを振り回す。



 「どうした、さっきより動きが鈍くなっているぞ?」


 「死ね!!死ね!!死ねぇえええええ!!!」



 しかし、サタニアの攻撃は全てエジタスの両拳で弾かれてしまっていた。また、休まずに大振りで振り回している為、かなりの疲労が溜まり動きにキレが無くなって来ていた。



 「力は立派だ。だが、その力を使いこなす為の頭が足りていないぞ!!」


 「!!!」



 サタニアの攻撃を弾き返したエジタスは、無防備になったサタニア目掛けて蹴りを放った。



 「がはっ!!」



 腹部に重たい蹴りを食らったサタニア。地面を滑る様に、倒れるのを踏み留まった。



 「……“ダーク・イリュージョン”!!」



 踏み留まると同時に、五体の分身を作り出したサタニア。



 「ほぅ、四体までが限界と思っていたが……五体まで作り出せる様になったか。やはり、怒りと憎しみは己を強くしてくれるな」


 「エジタス……君だけは……君だけは許さない!!」



 五体の分身を作り出したサタニアは、怒りに身を任せて皮肉を効かせるエジタス目掛けて、一斉に斬り掛かった。



 「許さない……それはこちらも同じ気持ちだ」



 するとエジタスは、両腕を鞭の様に変形させて、迫り来る六人のサタニアに向けて薙ぎ払った。



 「うぐっ!!」


 「……二千年掛けた計画を台無しにしてくれたんだ。許せない気持ちは、俺の方が高いんだよ」



 エジタスの鋭い鞭を食らって、五体の分身は消えてしまった。更に本体までもが、鞭のダメージを負ってしまった。



 「……それと前言撤回しよう。怒りと憎しみは己を強くすると言ったが、お前の場合は劣化……寧ろ弱くなっている」


 「!!?」



 サタニアは、エジタスの言葉が理解出来ず、酷く混乱した表情を浮かべる。



 「さっきの攻撃、お前だったら容易く避けられただろう。分身の一体を盾にするなど、様々な手があったのにも関わらず、お前は攻撃を食らった。これは明らかな劣化だ」


 「そ、そんなの……そんなの関係無い!!僕は……僕は君を殺してやるんだ!!」


 「なら、最低限の強さは見せて欲しいな……悪いが、その程度の実力ではゴブリン一匹も殺せないぞ」


 「!!!…………うっ……うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 罵倒を浴びせられたサタニアは、奇声を発しながらエジタス目掛けて、勢い良く斬り掛かった。



 「…………ふん」


 「ああ!!」



 迫り来るサタニアに対して、エジタスは少し体を横にずらした。そんなエジタスの横を通り過ぎるサタニアは、エジタスに足を引っ掛けられ、そのまま前のめりになって倒れた。



 「はぁ……はぁ……はぁ……」



 息が上がる。対して動いていない筈なのに、体力を酷く消耗していた。体全体が重い。片腕を上げるだけで、疲労を感じてしまう。



 「弱い……弱過ぎる……まだ怒りと憎しみを上手くコントロール出来ていないのか……それとも本当は怒ってもいない、憎んでいないのか……まぁ、どっちにしても死ぬ運命には変わり無い」



 そう言うとエジタスは、自身の右腕を鋭く尖らせて、一本の槍へと変形させた。



 「さようならだ。アルシアの仇を取れなくて残念だな」


 「…………アルシア」


 「スキル“ロストブレイク”!!」


 「!!!」



 エジタスが、倒れているサタニア目掛けて自身の右腕を突き刺そうとしたその瞬間、それを邪魔するかの様に真緒が横槍を入れて来た。



 「くっ、外した!!」



 しかし、そこは持ち前の反射神経が物を言い、エジタスは真緒の攻撃から逃げる様に、跳んでその場を離れた。



 「二人の時間を邪魔するとは、礼儀がなっていないな」


 「師匠!!これ以上、サタニアを焚き付ける事は止めて下さい!!」


 「焚き付ける?それは違うな、俺はあくまで事実を語っているだけだ。それをどう解釈するかは、そちらの自由だ」


 「そうだとしても、事実を語って相手の不快感を煽る行為は、無理矢理戦う様に仕向けているとしか見えないぞ」



 真緒に続いてシーラ、フォルス、リーマ、ハナコ、そして戻って来たゴルガがサタニアの元へと駆け付けて来た。



 「サタニア!!大丈夫!?」



 真緒は、倒れているサタニアを抱き起こして肩を揺さぶる。



 「殺してやる……殺してやる……」


 「サタニア……」



 しかし、サタニアの目は虚ろで真緒達の事に気が付いていなかった。只一点、エジタスの姿だけを見つめていた。



 「アルシアの仇を……僕が……僕が取ってやるんだ!!」


 「行っちゃ駄目だ!!落ち着いて!!師匠の思う壺だよ!!」



 何かに取り憑かれた様に、一心不乱にエジタスの元へと行こうとするサタニア。そんなサタニアを行かせまいと、真緒が抱き締めて食い止める。



 「アルシアの仇を……仇を取るんだ!!」


 「ぐっ……す、凄い力だ……押し負ける……」



 真緒は必死に食い止めるが、サタニアの進む力が上回り、ズルズルと引き摺られてしまう。



 「諦めるな!!私達も手伝う!!」


 「マオウサマノタメダ。オレモテツダウゾ」


 「マオぢゃん!!オラも手伝うだよぉ!!」


 「マオさんだけに、働かせる訳には行きませんからね」


 「これは、守れなかった俺達の問題でもあるんだ。一緒に手伝うぞ」


 「皆…………ありがとう」



 真緒、シーラ、ゴルガ、ハナコ、リーマ、フォルスの計六人が力を合わせて、サタニアを上から押さえ付ける。すると漸く、サタニアの歩みが止まった。



 「離して!!離して!!僕が、僕がアルシアの仇を取るんだ!!」


 「サタニア、落ち着いて!!私達の本来の目的を思い出して!!そんな事をしても、誰も喜ばないよ!!」



 押さえ付けられて、必死に抵抗するサタニアを宥めようと、真緒が説得を試みる。



 「……臭い……臭い臭い……臭いねぇ……“そんな事をしても、誰も喜ばないよ”……果たして本当にそう言い切れるのか?」


 「エジタス、お前は黙ってろ!!」



 口を挟んで来るエジタスに、シーラが怒鳴り声を上げる。しかし、怯む事無くエジタスは口を挟んで来る。



 「少なくとも、殺された“アルシア”は喜んでくれるんじゃないか……『ありがとう魔王ちゃん。これであたしの魂も未練無く、成仏出来そうだわ』……ってな」


 「「「「「「「!!!」」」」」」」



 それはアルシアの声だった。エジタスは骨肉魔法を操り、声紋の箇所を弄って、アルシアと同じ性質の声を発した。



 「アルシア!!そうだ……アルシアの為にも……エジタスを必ず殺してやるんだ!!」


 「「「「「「うわぁあああああ!!!」」」」」」



 エジタスの声真似に触発されて、サタニアは六人による拘束を自力で解いた。



 「そんな魔王様!!止まって下さい!!」


 「オキヲタシカニ!!」


 「不味いだよぉ!!ご、ごのままじゃあ……!!?」


 「何とかして、正気を取り戻す事は出来ないんでしょうか!?」


 「何か強いショックを与えられる事が出来れば、正気を取り戻せるかもしれない……」


 「強いショック……で、でもそれって…………」

 


 大切な人が死ぬ事よりも、強いショックなど存在するのだろうか。六人の脳裏に、不安と絶望の色が浮かび上がる。



 「エジタス……殺してやる……仇を取るんだ……」


 「仇を取る……か……残念だが、その程度の実力では、仇を取る事は不可能だ……ティルスレイブの力を使えば、話は別だけどな」


 「……うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 奇声を発しながら、サタニアはエジタス目掛けてティルスレイブを振り回す。



 「…………ふぅ」


 「!!!」



 しかしエジタスは、溜め息を吐きながら意図も容易く避けていく。



 「はぁ……はぁ……はぁ……」



 またしても息が上がる。少し振り回しただけで、酷い疲労が感じられた。そのあまりに酷い疲労感から、サタニアは思わず膝を付いてしまう。



 「おやおや、この程度の事でバテてしまっている様では、仇討ちなど夢のまた夢だな」


 「…………」



 サタニアは考える。どうすればアルシアの仇を討てるのか。しかし考えれば考える程、最終的にある考えに辿り着く。それは、心が怒りと憎しみに支配されても踏み留まる考えであった。



 「(……もう一押しか……)何だ、所詮はその程度か。結局お前は仲間の無念よりも、自分の命の方が大切なんだな……この“偽善者”」


 「!!!」



 それは決定的な一言だった。“偽善者”という言葉が、サタニアの唯一の理性を破壊した。



 「…………殺す」



 サタニアは独り言を呟くと、持っていたティルスレイブを強く握り締め、天高く掲げた。



 「(……来た!!)」


 「……僕は……僕は……」



 エジタスが望んだ展開。ティルスレイブの三度目の使用。それによってサタニアは死に、エジタスの勝利は確実の物となる。



 「(さぁ、言え!!言うんだ!!)」


 「……三つ目を……のぞっ……」



 サタニアが三つ目を望もうとしたその時、真緒がサタニアの頬を思い切りひっぱたいた。



 「「!!?」」



 そのあまりに突然の展開に、エジタスとサタニアは驚きの表情を浮かべる。ひっぱたかれたサタニアの頬は、ほんのり赤く染まっていた。そんなサタニアの頬をひっぱたいた真緒の表情は、真顔そのものであった。



 「……いい加減にしろよ!!」



 耳を塞ぎたくなる様な、真緒の怒鳴り声が辺り一面に響き渡る。

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