シーラ

 部屋の中は素晴らしいの一言だった。中央の壁には暖炉があり、その前に大きなソファー。左端には整えられた豪華なダブルベッドとその横に見事なドレッサー。小窓も付いておりそこに小さなテーブルと椅子が置かれていた。



 「ほほ~これはまた素晴らしいお部屋ですね~あとでサタニアさんとクロウトさんにお礼を言わなければ」


 

 ある程度見て回ると豪華なダブルベッドへとダイブした。


 

 「うわぁ~お、ベッドですよベッド。ここ最近野宿ばかりだったので嬉しいですね~しかもフカフカで最高です………………ん?」


 

 しばらくベッドで横になっていたが、何処からか何か聞こえてきた。正体を探すべく音の発生源に近づく。


 

 「………う……ま」



 先程より音が聞こえてくる。さらに近づく……。



 「ま……う………さ……ま……」


 

 さっきよりハッキリと聞こえ始めた。さらに近づく……。



 「まおうさま…………」



 どうやら女性の声のようだ。この声には聞き覚えがある。玉座の間で会ったシーラという白い鱗の龍だ。そのシーラの独り言が聞こえてくる。

 


 「魔王様、魔王様~ああ早く会いたい。でも、さっきあんな形で出ていっちゃったからな~」



 聞いてはいけないものを聞いてしまったエジタスだが、気になって壁に聞き耳を立てる。


 

 「というか、元はと言えばあのエジタスってやつのせいじゃないか!」


 「(私の話に移り変わりましたね……)」


 「だいたいアイツが魔王城まで来なければよかったんだ!そりゃあ……まぁ、魔王様を助けてくれたことには感謝してるけどさ………………!」


 

 突然声が聞こえなくなり、ドタドタという音が響いてきた。


 

           バン!



 「何奴!!」


 「おわぁ!?」



 勢いよく扉が開き、鎧に身を包んだシーラが乗り込んできた。あまりの大きな音に驚きの声をあげるエジタス。



 「なんだ貴様だったのか。一瞬気配がしたから敵かと思ったぞ、こんなところで何をしている?」


 「あ、いや~この度四天王に就任しまして、どうやらここが私のお部屋のようなのです」


 「そういうことか……って!私の隣ではないか!クロウトめ、後で文句言ってやる。ところで貴様、何か聞こえたか?」


 「いえ、何にも?」


 「……そうか。まあ、どっちでもいい。私はまだ貴様を認めた訳じゃないからな」


 「そんな~どうしたら認めてくださるんですか~」



 その言葉を待ってましたと言わんばかりに目を見開く。



 「私についてこい」


 「?」



 シーラとエジタスは部屋を出て、歩き始める。


 


***




 「あの~何処まで行くんですか?」


 「こっちだ」


 

 しばらく歩いたが目的地も知らされてないため疲労が溜まる。



 「ここだ」


 

 それは大きな扉だった。門よりは少し小さいがそれでも城内にあるどの扉よりも大きかった。



 その扉を開けるとそこはだだっ広い部屋だった。いや、部屋というよりホールに近い。家具などは一切置かれておらず、あるのは多種多様の武器の数々が壁に飾られていた。



 「おお~ここは……」


 「ここは魔王軍の特別鍛練場だ。普通の鍛練場とは違い魔王様と四天王だけが使うのを許されている」


 「は~、とても頑丈そうですね」


 「当然だ。魔王様、四天王全員が暴れても傷一つ付かない様に設計されている」


 「すごいですね~……それでここでいったい何をするんですか?」



 その言葉にニヤリと不適な笑みを浮かべるシーラ。



 「貴様が本当に魔王様の側近、四天王に相応しいかどうか確かめてやる」



 そう言うとエジタスに背を向けて歩きだす。



 「?、相応しいかどうかならクロウトさんにしていただきましたよ」



 「ああ……アイツのは心。私が確かめるのは……」



 持っていたであろう槍を片手で回し、柄の部分を床に落とし、カァン!っと鳴らす。



 「力だ!!」


 

 発せられた一声は鍛練場全体に響き渡った。



 「力……ですか?」


 「ああ、四天王ってのは言わば魔王様の手足だ。その手足が弱かったら魔王様に示しがつかない。だから私と模擬戦をして実力を確かめてやる」


 「そんな~私、戦うのはあまり得意ではありませんよ~」


 「つべこべ言わず、さっさと武器を選べ」


 「わかりましたよ~」



 そう言うとエジタスは壁にある武器を取らずに自身のポケットに手を入れ、あるものを取り出す。



 「貴様……ふざけているのか……」



 それはナイフだった。しかも、ただのナイフではない。エジタス御用達の食事用のナイフだ。



 「ふざけてなんかいませんよ~私は常に真剣です」


 「……そうか……後悔するなよ!」


 

 消えた。いや、実際に消えた訳ではない。シーラは床を強く蹴り、一瞬で間合いを詰める。そして持っていた槍を突き出す。しかし、そこにエジタスの姿はなかった。



 「(いない!?…………上か!)」


 

 上を見上げるとそこにエジタスはいた。エジタスは咄嗟の判断でジャンプしていた。もし、左右に避けていたのならば凪ぎ払いで殺られていたであろう。もし、後ろへ避けていればそのまま突き殺されていたであろう。



 「(へぇー、判断能力はあるようだな。だけど、上に避けるのは悪手だ!)」



 すぐさま槍を突き上げる。上空にいるため逃げ場がない。


 

 「これで終いだ!」



 今度こそ当たるそう思っていたが突き刺さる前にエジタスの姿が消える。


 

 「(な!?消えただと!いったい何処に……)」



 辺りを見回すがいない。すると……



 「お~いシーラさ~ん。こっちですよ~」



 数十メートル離れた場所に立って手を振っていた。あの状況から一瞬であそこまで行ったことに疑問を抱くシーラ。


 

 「……少しはやるようだな。それならこちらも少しばかり力を使わせてもらう!」


 

 再び床を蹴り、間合いを詰める。しかし先程と違い、槍が紫色の光に包まれていた。



 「スキル“ヒュドラ”」



 シーラが唱えたそれは“スキル”と呼ばれるこの世界特有の、就いた職業のレベルに応じて取得できる技のことである。またレベルを上げていくごとにより強いスキルを取得できる。



 余談ではあるがシーラの職業は“ドラゴンスレイヤー”という龍を滅ぼすための職業である。種族が龍の者に対して二倍のダメージを与えられる。



 自身が龍であるがためその攻撃は常に倍加され他の職業よりずば抜けて強力だ。しかしその反面、同じドラゴンスレイヤーの攻撃を受ければダメージはさらにその倍、四倍になる。そのためシーラの職業は自身をも傷つける諸刃の剣なのだ。



 その中でシーラが唱えた“ヒュドラ”は九回もの突きを連続で放つことができる。さらにその攻撃には猛毒が付与され、少しでも傷つこうものなら即座にあの世行きだろう。



 そんな九連撃の攻撃がエジタスを襲う。


 

 「(今度こそ終わりにしてやる!)」



 シーラのスキルが当たる直前、またもエジタスの姿が消える。



 「な、なんだと……また消えた……」


 「お~いシーラさ~ん。こっちこっち~」



 声のする方を向くと同じように数十メートル離れた場所にエジタスは立っていた。



 「……そうかい、わかったよ。今日は特別大サービスだ。私の本気を少しだけ拝ませてやるよ」



 そう言うとシーラは背中のそれように開けた隙間から翼を広げ、空高く飛び上がった。そして手のひらを掲げる。すると無数の槍がシーラの足下に出現し天井を覆い尽くした。



 「これなら何処に避けようと無傷では済まない。今度こそ本当に終いだ!」


 「…………」



 無言でじっと見つめるエジタス。何も反応を示さないのにイラついたのか舌打ちをするシーラ。



 「死んじまいな! スキル“スコールスピア”」



 掲げていた手を振り下ろした。天井を覆い尽くしていた無数の槍が一斉に降り注ぐ。しかし三度、当たる直前でエジタスの姿が消える。



 「(消えた!だが、スコールスピアを避けるのは不可能だ)」


 「シーラさ~ん。ここですよ、ここ」


 「!」


 

 真後ろにいた。肩に手を置いて落ちないように覆い被さっていた。手に持っていたナイフが首元に添えられていた。


 

 「いくら食事用のナイフだろうとこうして密着させてれば十分凶器になりますよ」


 「…………そうかようやく分かった。こんな上空にピンポイントでさらに無傷で来る方法……貴様、空間魔法を使っているな」


 「ピンポンピンポン大正解~私他の魔法は全く使えないのですが唯一空間魔法だけが使えるんですよ~」



 魔法。それはスキルと同じようにこの世界特有のものである。ただし、スキルとは違い魔法には適正が存在する。それは生まれながらにして与えられる恩恵であり、努力ではどうすることもできない。子供の頃から使える者もいれば大人になっても使えない者もいる。また魔法には多くの種類があり、どれに適正があるかは運次第なのである。


 

 「しかし納得いかない点がある。空間魔法は本来、大きすぎたり重すぎる荷物等を運ぶための魔法の筈だ。生き物を運ぶだなんて聞いたことがない」



 魔法は大きく分けて二つ。攻撃系の魔法と非攻撃系の魔法だ。空間魔法は非攻撃系の魔法に分類される。


 

 「それは簡単ですよ。空間魔法を使用する前に転送する自分を道具だと思えばよいのです」



 「自分を道具だと!?確かに理屈ではそうだがいくら頭で考えたとしても心はそう簡単には変えることはできない……貴様いったい何者なんだ?」


 「最初に申し上げたはずですよ」


 「?」


 「私は“道楽の道化師”エジタスと申しま~す」


 

 シーラは深い溜め息をついた。



 「まったく大した男だ貴様は。だが……」


 

 シーラの尻尾がエジタスの体を弾く。


 

 「へ?」



 振り落とされたエジタスの足を掴み、宙吊りの状態にする。



 「まだまだだな。最後まで油断してはいけないぞ」


 「うわぁぁぁ!?」


 「自分が優位に立てたからといって注意力を散漫にしないことだな」


 「わ、分かりましたから、降ろしてください」


 「いーや、駄目だ。貴様は私に少しとはいえ本気を出させた、しばらくはこのままだ」


 「そんな~……あ~頭に血が昇る」


 「ぷっ、ははははははは」


 

 シーラの笑い声が鍛練場内に響き渡る。こうしてシーラとエジタスの模擬戦はシーラの勝利で幕を閉じた。

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