第一章 魔王

出会い

 人間が治めるカルド王国、魔族が治めるヘラトス魔族国家、二つの国の中心に位置するグラフィス大森林。



 鬱蒼とした木々が光を遮り、一寸先は闇。葉のざわめきは人の悲鳴のように聞え、枝の一本一本が鋭利な刃物を思わせるほど尖っている。深くなればなるほど構造は複雑になっており、一度入ってしまえば二度と出られなくなってしまう。



 その事から誰一人として足を踏み入れる者はいない。そして、生きとし生ける者達は子供が決して近づかないように恐怖の戒めとしてこう呼んでいる。“迷いの森”と……。



 そんな迷いの森で一人の少女が無我夢中で走っていた。



 銀髪でショート、目はサファイアのような輝きを持ち、鼻、口と非常に整った顔立ちで将来は老若男女を問わず、多くの者を魅了するであろう。



 しかし、その少女には似つかわしくない角が生えていた。頭の左右それぞれにあり、取って付けた不自然さはなく、確実に作り物では無いことが見てとれる。


 

 少女は魔族と呼ばれる種族だ。魔族は多くの種族の中でも異質の存在であり、知性は乏しいが、魔法、力と共に屈指の実力を持ち合わせている。

 


 さらに、一握りではあるが知性に長けている上級魔族がおり、この少女はそれに分類される。



 だが、怪我を負っていた。肩から血を流し、傷口を手で押さえ、痛みを必死になって耐え、迷いの森で無我夢中で走っていた。



「はぁ、はぁ」


 

 時々、後ろを気にしながら走るその姿から何かに追われていることは明白であった。



「おいおい、まてよ。逃げても無駄だぜ、諦めな」



 少女の後ろから歩くように追いかける男は、鈍く光る銀色の鎧を身につけ、左手に円形の盾、右手には血の付いた剣が握られていた。


 

 少女が走って逃げるのに対して、男は歩いて追いかける。どんどん距離が離れてもよいはずだがその様子は見られない。


 

 それは、大人と子供の基本的な身体能力の差である。いくら上位魔族とはいえまだ子供、限界はある。


 

 しかし、男が歩いて追いかける理由はそれだけではない。


 

「おっと、逃亡劇はここまでだぜ」


「!!」


 

 仲間がいた。少女が逃げる方向の木の影に先回りして潜んでいた。


 

「へへ、追い詰めたぜ~」


「おとなしく、俺らに殺されるんだな」

 


 後ろから追ってきた男、前で立ち塞がる男、挟み撃ちの形になった。


 

 二人の男を用心しながら後退りをした。しかし、二人に意識を集中させすぎて後ろの木の存在に気づかなかった。背中に木が当たり逃げ道がなくなってしまった。


 

「あっ……」


 

 男達は不適な笑みを浮かべながら少女を取り囲むように立っている。


 

「どうして……」


「「あ?」」


「どうして殺そうとするんですか!!」


「「どうしてって……」」



 二人の男は互いに目をあわせる。


 

「そんなのお前が魔族だからに決まってんだろうが」


「えっ?」


「その頭から生えている角は間違いなく魔族である証拠、昔から魔族は殺されるべき害悪なんだよ」


「そんな、そんなのって」


 

 あたりまえの事のように言われ、少女は言い知れぬ絶望と無力感を感じて涙を流す。涙はその下に生えていた茸に落ち、衝撃で身を“プルン”と震わせて弾いた。



「それじゃあな、恨むんなら自分の一族を恨むんだな」


「悪は必ず滅びる運命なんだよ」


「(運命………そう、なのかもしれない。どんなに叫んでも、誰も助けには来てくれなかった。きっと僕は死ぬべき運命なんだ。)」



 男の一人が剣を振り上げる。少女はこれから来るであろう痛みに抵抗するかのように肩を強張らせ、瞼を強く閉じた。



「ヘーッドスライディーング!!!」

 

「「「!?」」」


 

 真横から突如三人に突っ込んでくる人影。



「ぐえ!」「おぼっ!!」


 

 人影は男の一人に直撃し、もう一人の男を巻き込みながら約二メートル近く吹っ飛ばされた。



 少女は突然の出来事に驚きを隠せず、目が点になった。


 

「ようやく見つけました~♪」


 

 謎の人物はゆっくりと立ち上がり此方に近づいてくる。結局何も変わらない、二人の男から謎の人物になっただけだ。傍まで来ると手を伸ばしてきた。再び強く瞼を閉じる。



 そして謎の人物は、下に生えている茸を引き抜いた。



「ついに手に入れましたよ。幻の茸、たらふく茸!!!!」


「…………へ?」


 


***


 


「~~♪~~~~♪~~♪~~~~♪」


 

 男の陽気な鼻唄が森の奥深くから木霊していた。



「いや~、やはり焼きたての茸は絶品ですね」



 男は焚き火をし、手を加えて丁度いい長さにした枝の先に肉汁茸という、焼けば肉汁が溢れ出てくる茸を刺して焼いていた。



 普通なら、こんな迷いの森の奥深くで焚き火をしている時点で異常だが、男の姿はそれを通り越すほどの異様さだった。



 オーバーオールに腕と足の部分に綿を詰めたような膨らみのある服、頭には二本の触角のような物の先端に丸い飾りのついた帽子。そして顔は仮面で覆われており、それはいやらしく細みがかった目に甲殻を限界まで伸ばしたにやけた口、一言で表すとしたら“笑顔”だった。



 この異様な姿はまるで滑稽な動きをして人々を笑わせるピエロもとい、“道化師”を思わせる。


 

「う~ん、デリシャス♪」



 男は仮面を持ち上げ、誰にも見せないように顔を隠しながら焼いた茸を食べた。


 

「しかし……」



 男は食べ終わると静かに仮面を戻し、ため息をついた。



「最近茸ばかりで飽きてきましたね」


 

 迷いの森は基本、誰も足を踏み入れない場所のため食料は豊富だが、あるのは茸、よくて木の実ぐらいだ。そんなことは男の方もわかっている、わかっているが限界はある。



ガサッ



「んっ?」


 

 突如、草木が揺れ咄嗟に音のする方向へ視線をやると……。


 

「グルルルルルル」


「おお~これはこれは」



 そこにいたのは熊だった。全身黒い体毛で覆われ、四足歩行にも関わらず体長は約3メートルと普通の熊とは明らかに違っていた。


 

 つぶらな瞳でとても愛らしいが、仮面の男を認識したとたん眉間にシワを寄せ、愛らしいとはほど遠くなった。牙を剥き出しにし、威嚇し始める。動物の生存本能が告げたのだ、この男を殺して食え!!と。


 

「運がいいですね~今夜は熊鍋で決まりです」



 男はゆっくり腰をあげ、自信の愛用の武器を構えた。しかし、それは武器としては信じがたい代物だった。細い柄に小さな刃、全身が銀色に輝くそれは紛れもなくナイフだった。しかも、戦闘用ではなく、さっき使っていたであろう食事用のナイフだ。


 

「グルル」


 

 威嚇しながら距離を調整し始める。


 

「~~~~♪~~♪~~~~~~♪」


 

 男は鼻唄混じりにナイフを持った右手を上下に揺らしている。



 少しずつ右から回り込むように移動する熊。気にせずじっと前を見つめる男。



そしてついに男の後ろをとった瞬間……



「ガァァァ!!!」


 

 熊は勢いよく跳び掛かる。まずは突進で怯ませて、混乱してる男の片足を踏み潰し、利き手である右腕を爪で切り裂き、首もとを食いちぎり息の根を止めた。



 そう思っていたが、そんなことは決して起こり得ない。なぜなら、熊の眉間にナイフが突き刺さっているからだ。さっきのは雄叫びではなく悲鳴。瞳孔が開き、意識が遠退いていく……。最後に目にしたのはいやらしく笑う仮面だった。


 

 

***


 


「ふぅー、熊鍋は最高でしたね」


 

 空になった鍋に積み重なった骨を前にしながらお腹を擦る。



「やはり、茸より肉ですね肉」


 

 そう言うと男は立ち上がり、さらに森の奥へと足を運ぶ。途中拾ったであろう木の枝を振り回しながら叫ぶ。



「お肉はねえが~お肉はねえが~」



 その時、木々の間で何かが揺れるのを男は見逃さなかった。



「おや~あれは……」


 

 男は目を凝らしながら揺れた対象物を確認する。それは茸。黄色とピンクに彩られ、何かの雫が当たったのか少し輝いていた。


 

「おお~あ、あれは!?」


 

 枝を放り投げ、脇目も振らず走り出した。茸より肉と言っていたのは何処へやら……。しかし、男が走るのは当然である。あの茸は、たらふく茸という食せばお腹の中から福で満たされる。まさに、幻の茸なのだ。三人の人影に気づかず走るが、そこは下り坂で急に走り出したため足が絡み合い、転がりながら茸に向かった。



「あら、あらら、あららら~!?」


 

 転がる……。


 

「あ~あ~あ~あ~」


 

 転がる……。


 

「目が回る~」



 転がり続ける。


 

「それならこのまま……」


 

 坂道が終わると同時に地面を強く蹴り、前に飛び出す。そしてそのまま茸、もとい三人の人影に……。



「ヘーッドスライディーング!!!」

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