隣の席のぼっちギャルが甘々なセリフで俺を餌付けしてくる
戯 一樹
第1話
「
高校の昼休み。購買でパンを買ってくると言って教室を出て言った友人を待ちながら、母親が作った弁当の包みを広げていると、隣の席の
金髪のツーサイドアップ。スタイルがよく、本人も自覚があってやっているのか、着崩ししたスクールブラウスから大きな胸の谷間が覗けてしまっている。
顔はそこらのアイドルよりかなり可愛い。正直クラスでも一番って言えるくらいには。
けれど、ギャルギャルしいメイクのせいで、俺みたいな陰キャ男子には近寄りがたい雰囲気がある。
このギャルメイクさえなければ、個人的に好みのタイプだったとも言えなくもないんだけどなあ。
そんなギャル子さんが、今までほとんど会話らしい会話もした事がないはずの俺に声を突然掛けてきたのである。このザ・凡人を絵に描いたような俺にだ。
「え? 卵焼き?」
「ぅん。卵焼きぃ」
と、独特のイントネーションで首肯する星宮さん。
「好き、ではあるかな……?」
「そっかぁ。じゃぁ、甘いのと辛いのと、どっちが好きぃ?」
「砂糖ベースか醤油ベースかって事?」
急な質問に内心戸惑いながらも、うーんと腕を組んで考えてみる。
「どっちかって言うと甘い方かなあ……」
「よかったぁ。ちょうどリコの卵焼きも甘いやつだったんだぁ」
よかったって、何が?
なんて首を傾げていた間に、星宮さんは机の上に弁当箱を広げて、その中に入っていた卵焼きを箸で摘んだ。
そして──
「はぃ。ぁーん♡」
…………………………んんん?
いや「あーん」って、それって恋人同士でやるやつだよね?
なんでそれを俺に???
思わず、右、左と周囲を見渡す。
クラスメート達もこっちの異常事態に気が付いたのか、ジロジロと露骨に見るまではしなくても、横目でチラチラと俺と星宮さんの様子をこっそり窺っているやつが多かった。
そりゃそうだ。
なぜなら星宮さんは、ギャルはギャルでもぼっちギャルなのだから。
いつからぼっちだったのかは、俺も知らない。星宮さんと初めて同じクラスになった時から、すでに彼女はぼっちだった。
風の噂を聞くに、男遊びが激しいとか、他の人の彼氏を何度も奪った事があるビッチだとか色々言われているけど、真偽は定かじゃない。
けどその噂のせいで、どうやら星宮さんは同学年の女子からハブられているようだった。
じゃあ男子には人気なのかというとそうでもなく、女子の目が気になるのか、俺も含めてクラスの男子から遠巻きに避けられていた。
いや俺の場合は、単純に苦手なタイプだからというのあるけれども。
当の星宮さんも、あまり友達と群れる事に興味がないのか、割と独りでも平気そうに高校生活を送っていた。
化学の授業中でも、グループ分けで実験の準備を進める中、誰もいないテーブルでひとり実験を進めようとした時は、さすがに驚かされたものだ(あとで先生に止められたけれど)。
そんな何かと目立つ星宮が、陰キャの地味男子に突然話しかけてきたのだ。
それも「あーん」付きで。
そりゃあ、周りの奴らも注目しないはずがない。
「え? え? な、なにこれ……?」
状況が呑み込めず困惑する俺に、星宮さんは「どしたの〜?」と可愛らしく小首を傾げて、
「食べないの? 卵焼きぃ?」
「いや、なんで俺にくれるのかなって……」
「柴田君に食べてほしぃからだけどぉ?」
「だから、なんで俺に……?」
「ぁ、そっかぁ。柴田君、もしかして昨日の事、覚えてなぃ?」
「昨日の事って?」
「昨日、自転車のチェーンが絡まって困ってたところを直してくれたでしょ?」
「星宮さんのを?」
言われて思い返してみると、書店に行く最中にママチャリのチェーンが絡まって困っていた女の子をたまたま見つけて助けはしたけれど、星宮さんではなかったはずだ。あの時はもっと地味な感じのジャージを着た黒髪の女の子だった。
「いや、確かにチェーンを直しはしたけど、星宮さんじゃなかったはずだよ。髪色だって黒だったし」
「ぁ〜。ぁれはウィッグだよぉ。幼稚園に通ってる弟を迎ぇに行くところだったからぁ〜。親が共働きで幼稚園に迎ぇに行けなぃから、リコが代わりに行ってるんだぁ」
「え、幼稚園に?」
「ぅん。この髪のまま行くとママさん達が変な目で見てくるから、地味な格好で迎ぇに行ってるのぉ」
言われてみると、確かに小さい子が乗る用の座席が付いていたような気がする。
「え、それじゃあ、本当にあの時の黒髪の女の子が星宮さん……?」
「そだよぉ。ちゃんとお礼言いたかったんだけど、柴田君、すぐにどっか行っちゃったからぁ」
「ご、ごめん。あの時は欲しい本の発売日で急いでいたから……。ていうか、よく俺だってわかったね。自分で言うのもなんだけど、クラスでも全然目立たない方なのに……」
「わかるよぉ。だって隣の席だもん」
「でも、今までほとんど話した事もないのに? それに名前だって……」
「名前は今日覚えたよぉ。助けてくれた人の名前を知らないままなのは困るしぃ」
それにぃ、と依然として「あーん」のポーズを取りながら、星宮さんは少し頬を赤らめながら微笑した。
「柴田君、よく見るとカッコぃぃしぃ〜♡」
「……っ」
思わず声を詰まらせた。
それくらい、反則級の笑顔だった。
くぅ……! 俺の苦手なギャルメイクとはいえ、やっぱ笑うと可愛いな! 可愛すぎて直視できないチクショウ!
いや、浮かれるな俺。
今のは社交辞令だ。でなきゃ俺みたいなフツメンが見た目で褒められるはずがない。
だからクールになれ。クールになるんだ……!
「こほん。えっと、話は戻すけど、それでなんで卵焼き?」
「もちろん、お礼だよぉ?」
「あ、そういう事……」
それで俺に卵焼きを食べさせようとしたのか。
「いやでも、さすがに『あーん』はちょっと……」
「ダメなのぉ?」
「ダメっていうか、ほら、周りの目もあるし」
「リコは気にしなぃよぉ?」
俺が気にするんだよなあ。
「ほ、本当にいいの? 星宮さん、彼氏がいるんじゃないの?」
「彼氏ってなにぃ?」
「なにって、よく噂されてるよ? なんていうか……星宮さんには付き合ってる男がいっぱいいるって」
言うべきかどうか少しの間逡巡しつつも正直に明かすと、星宮さんは初耳だと言わんばかりにキョトンとした顔で呆けた。
「リコに彼氏なんてぃなぃよぉ?」
「え? いやけど、この前とか三人ぐらいの背の高い男と腕を組んだりしながら歩いているところを見たって噂で……」
「背の高ぃ〜?」
んー、と星宮さんは記憶を探るように視線を天井にやったあと、ややあって「ぁ〜」と口を開いた。
「それ、たぶん弟ぉ。リコの弟、中学生で三つ子なんだけど、三人共背が大きぃんだぁ〜」
「そ、そうなんだ……」
「ぅん。なんかリコ、昔からビッチとか男遊びが激しぃって言われるけど、彼氏なんて一度も作った事なぃよぉ?」
「え? じゃあ、単なるデマだったって事?」
ぅん、と頷く星宮さん。
「そっか。デマだったんだ……。なんかごめん。本人にちゃんと訊いたわけでもないのに、勝手に変な噂なんて信じちゃって……」
「……リコの言った事、信じてくれるのぉ?」
「うん。だって小さい弟を迎えに行くような真面目な子が、男遊びなんてしているとは思えないし。だから改めてごめんなさい」
「ぃぃよぉ。誤解だってわかってくれたならぁ」
「でもそれ、みんなには話さないの? そしたらきっと、今みたいにハブられたりしないと思うんだけど」
「話した事はぁるけど、みんな信じてくれなかったから、もぅぃぃかなぁって。たぶん、リコがこんな格好してるせいもあるからだと思うけどぉ」
だったらその格好やめないの? と言いかけて、とっさに口を閉じた。
人がどんな格好をするかなんて当人の自由だ。まして好きでやっている事なら、他人がとやかく言う事じゃない。
「ぁと、なんか知らない男の人によくナンパされるのも原因だと思ぅ。リコは興味なぃからいつも断ってるけど、そぅぃぅのも面白くなぃんだと思ぅ」
「そっか……」
「ぅん。もぅ慣れっこだし、独りでいるのも嫌いじゃないから別にぃぃんだけどねぇ」
それに、と星宮さんはそこでいったん言葉を区切ったあと、まっすぐ俺を見つめながら破顔一笑した。
「それに今は、こぅして柴田君と友達になれたしぃ」
ぐおおおぉぉぉぉぉ! 可愛いぃぃぃぃぃ!
しかも屈託なく笑うから、余計可愛い〜!
その上、俺みたいな陰キャのフツメン男子に友達だなんて言ってくれるなんて! 天国かここは!?
「とぃぅわけで、はぃ。お礼のぁ〜ん♡」
「え、ほ、本当にいいの?」
「ぃぃよぉ〜」
「あ、それなら『あーん』じゃなくても俺の手のひらにのせてくれたら……」
「ぁーんがぃぃなぁ」
「いや、でも……」
「ぁーんがぃぃなぁ」
「あ、はい……」
ここまで言われては、もはや引き下がれない。据え膳食わぬは男の恥と言うやつだ!(使い方合ってるだろうか?)
「えっと、じゃあ失礼して……あ、あーん……」
「はぃ、ぁ〜ん♡」
といった感じで、星宮さん手ずから俺の口に運ばれる卵焼き。
瞬間、ふわっとした食感と共に、ほどよい甘さが口内に広がった。
「おいしい……」
素直な感想が口からこぼれた。咀嚼するたびに砂糖の甘味と卵本来の旨味が滲み出てくる。
卵焼きなんて母親の作ったものか、もしくはスーパーの惣菜くらいでしか食べた事がないけど、これは今まで食べた中でも一番おいしい!
「え、マジでおいしいんだけど……」
「ほんと? ぅれしぃ〜。朝早く作った甲斐がぁるよー」
「え、これ星宮さんの手作りなの?」
「ぅん。さっきも言ったけど、親が共働きで忙しいから、リコがいつも自分と弟達の分も作ってるんだぁ」
「そうなんだ。でも本当においしいよ、これ。甘さもちょうどよくて食感もふわふわだし。特別良い砂糖でも使ってるの?」
「ぅぅん。使ってるのは黒砂糖と白だしだよぉ」
「黒砂糖……」
あ、だから微妙に黒色の卵焼きだったのか。
「知らなかった。黒砂糖の卵焼きなんてあるんだね」
「ぅん。粉末状の黒砂糖を使うと、普通の砂糖よりも上品な味わいになるんだぁ。ママがおばぁちゃんから教えてもらった味なんだってぇ」
「へぇ……」
つまり、星宮家だけに伝わる卵焼きってわけだ。
などと感心していると、星宮さんは差し出したままでいた箸を一度引っ込めて、
「リコも知らなかったよぉ。柴田君って、そんな顔もするんだねぇ」
「え、そんな顔って?」
「ぁーんした時の、すごく可愛ぃ顔♡」
にこぉ、とイタズラっぽく笑う星宮さんを見て、俺は全身が熱くなった。
か、可愛いって! 男に言うセリフじゃないよ、それは!
いや、嬉しくないわけじゃないけどもさあ!
「そぅだ。ハンバーグも食べてみてぇ。これも自信作なんだぁ」
「え、いいの?」
「ぃぃよ。はぃ、ぁ〜ん♡」
「あ、あーん……」
有無を言わさず、なされるがままに差し出されたハンバーグを口に入れる。
「ん! これもめちゃくちゃおいしい!」
「ほんとぉ?」
「ほんとほんと! 毎日でも食べたいくらい!」
「ぇ〜? それってぇ」
言って、星宮さんは可愛らしく小首を傾げながら言葉を続けた。
「リコと結婚したぃって事ぉ?」
「!? げほげほっ!」
「わ。柴田君、大丈夫ぅ?」
「だ、大丈夫。ちょっとハンバーグが喉に詰まっただけ……」
応えつつ、慌てて持参していた水筒で一気にハンバーグを流し込む。
「はー。びっくりしたー。星宮さんが変な事を訊いてくるから……」
「? 変な事ってぇ?」
「そりゃ、星宮さんと結婚って話だよ。あ、一応言っておくけれど結婚したくないってわけじゃないから誤解しないでね! 俺なんかじゃ星宮さんとは吊り合わないって話だから! ほら、星宮さんってすごく可愛いから! 俺みたいな地味男子じゃ分不相応もいいところだし!」
「可愛ぃって言ってくれてありがとぅ。でも、そういう柴田君もすごく可愛ぃよぉ?」
「〜っ!」
思わず顔を覆って悶えてしまった。
ほら! こういうところだよ! ナチュラルに人を褒めてくれるというか、人を気持ちいい気分にさせるのが上手いんだよ星宮さんは!
んもう、天使か星宮さん! むしろ女神かよ星宮さん!
「──でも、リコは別に柴田君と結婚してもぃぃんだけどなぁ……」
「え、何か言った? 声が小さくてよく聞き取れなかったんだけど」
「なんでもなぃよぉ。ただ、柴田君ってすごく面白いなぁって」
「ま、またそんなお世辞を……」
「本当の事だよぉ? リコ、柴田君の事が大好きになっちゃったしぃ」
「うおおおおおぉぉぉぉ……!」
思わず床を転げ回りたくなる衝動に駆られたけど、さすがにやめておいた。未だ周りから注目を浴びている状態だし、これ以上目立つのは避けたい。
幸い、みんな遠巻きに眺めてくれているせいか、俺らの会話を聞かれていないのが救いだ。でなきゃ俺が恥ずか死ぬところだった。
いや、恥ずか死ぬというより萌え死ぬか? それくらい星宮さんの可愛さがヤバすぎる。
まさか、隣の席のぼっちギャルがこんなに可愛くて優しい人だったなんてなあ。
あの時、チェーンが絡まって困っていた星宮さんを助けていなかったから、ずっとわからないままでいただろう。
これからは、自分から星宮さんに話しかけるようにしてみよう。
ギャルが苦手な俺でも、こんなステキなところがいっぱいな星宮さんとなら、すごく仲良くなれるような気がしたから。
「今さらだけど、お隣同士、これからよろしくね星宮さん」
本当に今さらな挨拶に、星宮さんは一度キョトンとしてから、
「ぅん。よろしくぅ」
とはにかんだ。
「な、なんか照れるね。こういうのって……」
「ぅん、ちょっと照れるねぇ。あ、そうだ。お近づきの印に、明日からも柴田君にお弁当を分けてあげよぅかぁ?」
「え、いいの?」
「ぅん。それでぇ」
と。
またしても星宮さんは魅力的とも小悪魔的とも言える笑みを浮かべながら、こう続けた。
「これから毎日、リコが柴田君に『ぁ〜ん』してぁげるねぇ♡」
隣の席のぼっちギャルが甘々なセリフで俺を餌付けしてくる 戯 一樹 @1603
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