第14話 みんなどうぞ

「ようこそ、狭いところですが」


 ペコリと頭を下げた人はユニコーン族ではなかった。

 部屋の中は雑然としていて、壁に沿うように棚板が取り付けられていたのだけど、びっしりと道具や素材? で埋まっている。

 今にも落ちてきそうな物も多数あったので、壁際を避けたところ何かにぶつかって倒れそうになった……。

 頭を下げた人は真っ白の長い髭と長い眉が特徴的で、背丈が俺の腰ほどである。

 

「おっと、驚かせてしまいましたかな。私はノーム族のベルールです。ソージローさん、でよろしかったですよね」

「ご丁寧にどうも。宗次郎です」


 手を伸ばし、ノーム族のベルールと握手する。


「長年馬具を作り続けていますが、あなたのような依頼は初めてです」

「そうだったんですね」


 ストーンクラスのレースが終わった後に革職人がいないかメロディに聞いていた。

 村に馬具を作っている革職人がいるというので彼女を通してとある馬具の作成を依頼したんだ。

 さっそく出してきてくれたのは、ピンク色と薄い青色の帽子のようなものだった。

 

「サイズは一般的なユニコーンのものになってます」

「じゃあさっそく、オケアに。どっちがいいかな? もう一つは予備で」


 おっと、オケアは部屋が狭すぎて外で待っていたんだな……。

 外に出てそれらを彼女に見せるとピンク色の方を選ぶ。


「んじゃ、つけるから頭を少し下げてもらえるかな?」


 よっこいせっと、うん、サイズ感はバッチリに見える。

 ピンク色の帽子のようなものは馬で言うところのメンコと呼ばれるものだ。

 耳を覆った馬版の帽子ぽいもので、音に驚いたり砂をかぶるのを嫌がる馬に使う。

 これでオケアの臆病さが少しでも解消すればいいのだが……。メンコだけじゃダメな場合は視界を狭めるブリンガーというオプションを使うこともできる。

 今回はお礼を言いたいってこともあったけど、ブリンガーというものについて直接職人に説明しようという意図もあった。


「ピッタリです、と言っているぞ」

「そいつは良かった。布で覆うから、音が小さく聞こえるはずだ。他の騎乗生物に対しても鈍感になれる」

「確かに、と言っている」

「実戦で試す前に、できれば他のユニコーンにも協力してもらいたいところだなあ」

「そのことなのだが……」


 オケアの言葉を伝えていてくれたメロディの顔がきゅっと引き締まる。

 表情の変化からメンコのことできゃっきゃしていた気持ちを切り替え彼女の次の言葉を待つ。

 

「セリスとクローディアのことも君にお願いできないか?」

「トレーニングをオケアと一緒にってこと?」

「いや、乗り手も君に任せたい。乗り手の二人に少し事情があってな、私にも話が来たのだが……君にお願いしたい」

「構わないけど、人間の俺に期待のユニコーンを任せてもいいのか?」


 特にセリスの方は混合戦でも五着に入っているし、二戦目のユニコーン限定戦で一着になってアイアンクラスにあがったと聞いている。

 メロディも期待のユニコーンだと言っていた。クローディアもセリスほどの結果を残していないが、村のトレーニングセンターでは中々の時計を出している。

 二人とも期待されており、乗りたいユニコーン族はいくらでもいそうだけど……。

 俺がオケアに乗れたのは彼女がレースにも出ることができない、と匙を投げられており誰も乗り手になりたがらなかった。

 そういう事情なので人間の俺が乗っても特に問題ないと思っていた。

 俺の想いをよそにメロディが酷く驚いた顔をして呆れたように首を振る。

 

「君は自分の評価というものを分かっていない。セリスとクローディアだけでなく元の乗り手だった二人も内心君にお願いしたいと考えていたのだぞ」

「え? 人間の俺に?」

「種族など関係はない。君ならば説明する必要も無いと思っていたが……。君は言っていただろう。ユニコーンだろうが風竜だろうが関係ない、と」

「それはレースのことで……」

「その様子ならオケア以外に乗ることが出来ない、というわけではなさそうだな。四人は君が一人のユニコーンにしか乗ることをしないと考えていた」

「あ、それ」


 そんなことはない。騎乗機会が増えることはジョッキーとして喜ばしいことだ。

 風竜と土竜にはユニコーン族への恩義的な問題から、あと俺の気持ち的にも今は乗りたくない。

 しかし、フェンリルやナイトメアの騎乗依頼があれば乗る。

 と言っても、ロイヤルレースでは騎乗だけするってことが無さそうなんだよな。

 騎乗生物に乗るだけじゃなくて訓練も騎手がやる。競馬で言うところの調教師の仕事も騎手が兼ねているのだ。

 なので、それほど多くの騎乗生物に乗ることはできない。

 トレーニング場所も同じにしなきゃならないし、乗るだけと違ってすぐ手が足りなくなるんだよね。

 ただ、俺は騎手がトレーナーも兼ねるやり方は嫌いじゃない。

 ここまで考えてようやく俺はメロディらが懸念していたことに気が付いた。


「ユニコーン四人くらいまでなら大丈夫だよ。ただトレーニングはみんな集まってになるよ」

「おお、あと一人いけるのか。なるほど……二人のことは任せても良いか?」

「分かった。悪いのだけど、二人についてもレースの登録とかその辺りを任せてもいいかな?」

「むろんだ。神の手によってどこまで二人が伸びるのか楽しみでならない」


 は、はは……。

 そこまで期待されても困る。

 セリスとクローディアを預かることにだけじゃなく、人間である俺のことも含めて嬉しい話を聞くことができた。

 変に人間だからと拘っていたのは俺の方だったんだな。

 実際に自分で彼らの声を聞いたじゃないか。あの歓声に俺が人間だからと含んだものは一切なかった。

 よそ者でも人間でも成果を出し、レースに勝つ助けとなったのだから、賞賛してくれる。

 なんと心の広い人たちなんだ。ユニコーン族って。

 よくわからない世界に来てしまったことは不運だと思っていた。だけど、彼らと出会えたのだから……。

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