第19話 サクラ
「んー。素晴らしい」
ベッドに寝ころび天井を見上げる。真新しい漆喰の白が部屋の中にいるって気持ちにさせてくれるよな。
ベッド自体はこれまでと同じだけど、別物のように感じる。
「いやあ、素晴らしい。良いねえ」
ゴロンと寝返りを打ってこれまた真っ白な壁に手を当てた。すべすべしているものの、ぼこぼこっと所々膨らんでいたりへこんでいたりする。
手作りだもの、仕方ない。これもまた味ってものさ。
「ふう……ずっと休憩しているわけにもいかないか。でも、もう少し」
『おイ』
「ひゃああ。ごめん、タニア。いや、タニアは畑に行ったはず……気のせいだな」
寝ころんだら寝なきゃ新居の良さがわからないよな。
よし、少しだけ寝よう。新居完成祝いってことで。
『おイ』
「ひゃあああ」
横向きに寝ていたのだが背中がチクチクする。
何事?
休みたかった気持ちはどこへやら、慌ててそのまま立ち上がる。
すると、オレンジ色の小さな爬虫類が「よお」と前脚をあげた。
「ロッソじゃないか。いつの間に入ったんだ?」
『ニンゲンの雌がいタだろ。あれが出て行っタ、後ダ』
「結構前からいたのね」
『三回呼んダ』
「マジかよ……全く気が付かなかった」
『ここは冷えるナ』
「布団に潜っとく?」
ロッソはもぞもぞと布団の中に潜り込み、くるんと巻いた尻尾だけを外に出す。
ん?
いや、普通に相手をしていたけど、トカゲじゃなくてカメレオンだったか? カメレオンがこの場にいるのは何でなんだ。
とここまで考えて、別に詮索することもないかと思い直す。
「今はまだ太陽が出てるから、もっとあったまりたいなら外だぞ」
『おウ』
のそのそと布団からロッソが出てきて長い舌を伸ばし、両前脚を少しだけ上にあげる。
運べってことかな?
むんずと掴むと彼は満足気にぎょろりとした目を閉じ、くたっとなった。
「無駄な体力を使わないってか。徹底しているなあ」
彼は片手で軽々と持つことができるくらいなので、全く負担にはならない。
唯のお人よしだと思っただろ?
そんなことはない。ロッソよ。俺を善良過ぎるお人よしだとでも思ったか?
空いた方のもう一方の手で彼の背中や伸びた髭を撫でくりまわし、満足したところで外に向かう。
カメレオンの鱗、しかと堪能させていただきました。ご馳走さまです。
と心の中で礼を述べながら、彼を砂の上に置く。
そこまでは良かったが、ギラギラと照り付ける太陽にあっという間に汗が噴き出してきた。
「またサウナ?」
「いや、ロッソがあったまりたいって」
思い出した。そうだよ、ロッソが単独で俺の部屋にまで来るわけないよなと。
俺に声をかけてきたローブを目深に被った女の子が彼の飼い主だった。名前はサクラ。
ひょっとしたら声変わりする前の少年かもしれないけどね。彼女はローブで全身が隠れているので声から女の子と判断している。
珍しい名前だから名前から男女の判断ができないんだよな。
性別を間違えていたら気を悪くするかもしれないから、その点気を付けて会話していた……と思う。
「そうだったんだ。ロッソのこと、ありがとう」
「サクラはずっとここに?」
「うん。ロッソがここで日向ぼっこしたいって。ボクも地下に行こうかと思ったんだけど、他の人の気配がしたから」
「あれ、タニアのことは紹介してなかったっけ」
「この前来た時に、キミ以外の気配は一人だったよ。今は違うから」
彼女の言葉からタニアのことを紹介してなかったと判断できた。
タニアのことを紹介していたら彼女も灼熱の中待ちぼうけなどせず、違った行動をとったかもしれないよね。
「タニアのことも紹介してなかったか。『自由に入っていいよ』と言っときながらすまん」
「あはは。別にボクはここでも平気だよー」
「焼けるような暑さだろ、ここ」
「へへ、水の精霊にお願いしたら大丈夫なんだ」
「おお。そいつはすごい」
「でしょー」
ついでとばかりに彼女が手を振ると長いローブの袖から霧が吹き出す。
この霧を浴びれば涼めそうだけど、残念ながら全て俺のローブが受け止めただけですぐに蒸発してしまった。
「今回は時間がまだあるかな? 地下を案内するよ」
「ありがとー。ロッソはどうする?」
『もう少シ、あったまル』
砂に埋まったロッソがけだるそうに頭だけ出して、また潜って行く。
◇◇◇
「涼しいー」
「だろだろ」
「地下でももう少し深くならなきゃ涼しくならないと思ったけど、すごいねー」
「夜もこれくらいの気温なんだぜ」
「へえ、こんな浅くても地熱で一日中気温が変わらないのかなー?」
「ん、地?」
「てへへ、こっちの話ー。クーラーが効いてるみたいだねー」
「クーラー?」
「これもこっちの話ー」
こっちの話が多いな!
出身地が違うと使う単語が違うことがままある。王国北の方出身と南の方出身と王都出身だったら単語が通じないことなんて普通だから特に気にすることでもないんだけどね。
気にするな、わざわざ言うのも今更な気がするし、ここは生暖かくスルーしようじゃないか。
そんなことより地下に入ったらまずやることをせねばな。それは……ローブを脱ぐことである。
動いている時にローブを被ったままだと暑いんだよね。灼熱の外はローブを着ていないと余計に暑いのだから不思議だよなー。
仕組みは分からんが、ローブを着ていた方が涼しいのだからローブを着る。あと、太陽の光が強すぎて皮膚が爛れるしでローブを脱ぐと碌なことが無いのだ。
今回はサウナではないのでちゃんと下に服を着ているから安心めされよ。
って誰に言ってんだよ、俺。
「ボクもー」
「あ」
「ん? どうしたの?」
「あ、いや」
俺がローブを脱ぐに合わせてサクラも同じようにローブを脱いだ。
ここなら陽射しもきつくないし、特に驚くことではない。
驚いたのは彼女の素顔が見えたから。あ、いや、余りの美しさに見とれたとか、予想外にゴツイ男の子だったとかではないのであしからず。
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