絵筆の魔法
鳴代由
絵筆の魔法
眩しいほどの星が空を覆い尽くす夜、観覧車の上には一人の少女が座っていた。彼女は手に持った絵筆をくるくると回し、明かりの消えた遊園地を見下ろす。
「次は何を作りましょう」
楽しそうに、だが少しだけ物憂げに目を伏せた。そして絵筆をひとふり、少女は空中に何かを描き始める。たまに鼻歌を歌いながら。頼りない星の明かりだけを頼りにしながら、少女はひたすら筆を走らせた。
……だがそれは長くは続かない。
「つまんない!」
少女は描いていた絵を途中で投げ出し、その場に寝転ぶ。
「もっと楽しいことがあればいいのに」
そう呟いて、少女は絵筆をぼんやりと眺めた。
その絵筆は、描いたものが現実になる絵筆なのだ。アイスが食べたいとアイスを描けば、その絵が実物のアイスになるし、ペンが欲しいとペンを描けば、そのペンが実物のペンになる。だがそう簡単なものではない。実物にはなるのだが、そのアイスを食べてもお腹は膨れないし、ペンだってインクは出ない。つまりは、所詮まやかしのものなのだ。
この遊園地も、彼女が一人で描いたものだ。観覧車も、メリーゴーラウンドも、風船を持っているピエロも、全部。だが全てはまやかしである。だから明かりはつかないし、動きもしない。ピエロも力が尽きたかのように、ぐったりと横たわっている。
少女はぷっくりと頬を膨らませたまま、また遊園地を見下ろした。そして観覧車から降り、動かないピエロから風船をとる。それから今度は、メリーゴーラウンドの馬にまたがってみる。
そうしてみても、少女の心は満たされなかった。余計にむなしくなっていくだけ。少女はまた、頬を膨らませた。
「……なんで私をここに置いていっちゃったの、パパ……」
今にも泣きそうな声で"パパ"を呼んでも、その人は来ない。
少女は馬から降りて、もう一度、絵筆を手に取った。そしてまた、絵を描き始める。闇に包まれた遊園地でたった一人。もう誰も少女の元へは来ないというのに、ただ一人、少女は絵を描く。一人で作り始めたこの遊園地を、ただひたすら、広げ続けることしかできない。
絵筆の魔法 鳴代由 @nari_shiro26
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