第17話 帰還
アリステラたちが呆気に取られていると、一人の老人が進み出た。
「我が国の混乱に、兄上を巻き込んでしまって申し訳ない。この首一つで償えるとは思っておりませぬが、どうかお怒りを収めていただきたく伏してお願い申し上げる」
そう言って、骨と皮ばかりの足を折り曲げ、石畳にひれ伏す。アリステラは驚いて老人を抱えて立たせると、彼の話を聞いた。彼は前大公の盟友であり、長く公国の繁栄を支えた宰相であった。
そこへ、エフシアに連れられたベアトリスが現れた。宰相と公女は涙を流してお互いの無事を喜び合う。
「ベアトリス公女、よくご無事で。三年もの間、さぞやお辛かったでしょう。我々が不甲斐ないばかりに」
「辛かったのは皆も同じこと。生きていてくれただけで私は嬉しい。それよりもこれから、この国を建て直さなければ」
「はい、まだエドワードの手の者も隠れ潜んでおるでしょう。必ずや一掃して、かつての平和を取り戻してみせます。その時にはどうか公女、再びお父上が築き上げたこの国を受け継いでいただきたい」
「ええ、必ずそうしましょう。私はエフシア殿下とともにダーウェントへ参ります。このようなことになったにもかかわらず、殿下は私を妻にと仰ってくださいました。殿下のお力を借りて、必ずこの国を取り戻しましょう」
古くからの忠臣らと、一時の別れを惜しむ。再会を誓って、ベアトリス公女はエフシアとともにダーウェントへの船が待つ港へ急いだ。
港までの道は、追手と戦いながらの逃避行を覚悟していたエフシア一行だが、まるで英雄の凱旋のように市民や公国の騎士たちに見送られてのものになった。
港には公国の商人が用意した船が停泊していた。事情を知る船長と船員に案内されて、船に乗り込む。整列した騎士たちの敬礼に応えながら、船はゆっくり港を後にした。
*****
ここから次の港までは二日あまり。それから上陸して山を越えなければならない。それでも離れ離れの三年を思えばともに過ごす旅はむしろ喜ばしくさえあった。
船長の厚意で、夕食には海の上とは思えない豪華な食事が用意された。エフシアとベアトリス、アリステラとヘイデンにパーシヴァル。久しぶりに親しいものだけで囲む食卓。祖国への帰還も間近に控え、会話も弾む。
「それで? どうなったの?」
ワイングラスを片手に、ベアトリスは頬杖をついてアリステラに尋ねる。
「ど、どうって……?」
「ブライトン卿に全部話したんでしょう?」
目を輝かせてベアトリスはアリステラとヘイデンの二人を交互に見る。アリステラは彼女の隣のエフシアを睨む。兄は船窓の外を指して、やあ、あれは北極星かな、などと適当なことを呟く。
「私がデクシアとして動いていたことなら、話しました」
「そう、それで?」
矛先が自分に向けられたヘイデンは、慌ててグラスをテーブルに置く。
「数々のご無礼を働きましたことをお詫び申し上げました」
「うーん、ちょっと違うのよね……」
「ち、違いますか」
「全然違うわ!……きっとダーウェントが寒すぎるせいね。だから心臓まで凍ってるんだわ! 第一、彼女を見て男だと思う? そんなのどうかしてるわ!」
次期王妃のご機嫌を損ねて、ヘイデンは冷や汗をかく。
「こんなに! こんなに可憐な男が! いるわけないじゃない!」
「は、も、申し訳……」
ヘイデンが気の毒ではあっても、エフシアもパーシヴァルも、飛び火を恐れて、黙ったまま静かにワイングラスを口に運ぶのだった。
「全然? この数ヶ月そばで過ごして、ぜんっぜん気付かなかったの?」
「あ……いえ……その。あの、いや、でも……」
可哀想なヘイデンは、食べ終わった皿のエビの尻尾を、フォークで右に寄せたり左に寄せたり、意味のないことを繰り返しながら言葉に詰まる。ベアトリスはワイングラスをカツンとテーブルに置くと、ヘイデンに向かって鋭く言い放つ。
「なんですって? はっきりおっしゃい!」
「ええ、と……あの、とても……美しくて細くて、壊れてしまいそうだな、とヒヤヒヤしておりました。あとはその、王子殿下ともなるととても良い香りがするものなのだな……と」
「そう! それよ! そういうことよ」
ようやくベアトリスの意に適う答えを絞り出すことができたヘイデンは、内心ホッと胸を撫で下ろす。だが今度はアリステラが顔を真っ赤にしてうつむいたきり、一言も喋らなくなった。
「で、これからブライトン卿はどうなさるのかしら?」
(女性と気付かずみすみす敵地に連れていったこと、怪我をさせたこと)
「すべての責任を取る覚悟です」
ヘイデンは真っ直ぐ公女を見つめ、断言した。パーシヴァルはワインを吹き出し、エフシアはおお、と呟く。ベアトリス公女は椅子を蹴って立ち上がり、両手を合わせてキャアアと悲鳴を上げる。
驚いたヘイデンが咄嗟にアリステラを見ると、彼女は両手で真っ赤な顔を覆ってテーブルに突っ伏した。
「エフシア! ああ、あなた聞きまして? 素敵だわ! 私たちきっと一緒に式を挙げましょうね!」
「そうだね。なあパーシヴァル、僕たちもこれで家族になるぞ」
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