地の底から、宙へ

(Ⅳ)

第1話 オルカメ族自治区闘争

 ナーガ王国と、サシュバタル連邦は、長い間冷戦と戦争を繰り返していた。大陸のほとんどを支配する連邦と、大陸の南にある亜大陸もしくは半島と呼ばれるほどの領土しかない王国の戦いだった。


 純粋な国力は連邦が遥かに上回っていたが、王国と連邦の間には巨大なオルカメ山脈があり、山脈が途切れた先の西の半島には、魔物の跋扈する古代遺跡があった。


 さらにナーガ王国の地理的特性も原因となり、二つの国の戦局は何も変わっていなかった。


 オルカメ山脈に住む、褐色の肌と白い髪をもつ亜人の種族。オルカメ族。坑道と住処という二面性を併せ持つ山の中の村で、一人の少女が生まれた。


 オルカメ族は、生まれて10年ほどで成人と同じ姿になる。正確にはそこから外見が成長しない。怪力や、毒への耐性も含めて、地下で生活することに適応した種族だ。


 彼らの住処は主に、山中に張り巡らされた坑道であり、魔法の明かりで照らされ、いくつかの鉱物の放つ匂いが混じり合うそこで、ほとんどを外に出ることなく過ごしていた。


 過去に、彼らが地上で暮らした時代での、奴隷化や虐殺といったような迫害が再び起こることを恐れていたのだ。


 少女は齢16の時に初めて山から出て、鉱石を隣の国、サシュバタル連邦に売りに行く手伝いをした。


 連邦の用意した馬車の荷台に鉱石を乗せ、同じ荷台に自分も乗って、鉱石が入った樽に異常がないか近くの町まで見守る。それだけだ。


 その道中、彼女らが馬車に乗って進んでいた森の上空で南のマドスナッザ帝国の輸送機が、連邦の飛竜に衝突して、輸送機の積み荷の本と、元の形が分からない何かしらの残骸が森に降り注いだ。


 馬は驚いて逃げようと暴れ、幌が横倒しになった。火を纏った破片が落ちてきて、馬車に延焼を起こす。


 少女は、泣きながら幌から逃げ出す。そこで、輸送機の操縦をしていた女性に遭遇した。耐Gスーツを着用して、ヘルメットもしており、少女の目には得体のしれない怪物に映った。


「この辺りに、本が落ちていなかった?」


 女性の言葉に、少女は首を横に振ることしか出来なかった。


「ありがとう。じゃあね」


 少女は、女性の言葉もよく聞かず、その場から一目散に逃げだした。その最中に、土がめくれて隠れ、見えにくくなった一冊の厚い本につまずき転んだ。


「気をつけなよ~」

 

 少女は、そう言って手を振る女性の方は振り返らずに、逃げ出した。


 数週間後に再び少女は馬車に乗ってその道を通り、車輪がそれに引っかかったことで本を拾いあげることになった。タイトルは『WW』。遥か遠くの世界大戦の情報が事細かく記されていた。


 その本はカール・マヤというオルカメ族の少女を、優秀な政治家に変えた。


 魔力が地底で固まった魔鉱石を掘り出すことで金を稼ぎ生活するオルカメ族は、地下深くで活動できる人間が彼らしかいないという理由でこの仕事を独占していた。


 さらに、現状科学よりも遥かに便利な魔法を扱うには魔鉱石を加工したもの、基本的に杖の形をとるから杖と呼ばれているそれが必要だったこともオルカメ族の安定に拍車をかけていた。


 カールは、オルカメ族が世界の覇権を握ることを願った。


 オルカメ族は年に一度の選挙によって族長を選ぶ。北のサシュバタル連邦にそれを求められたのだ。それは、カールにとって好都合だった。


 彼女は18歳で被選挙権を手に入れ、立候補をした。立候補の前に、肺病の原因だった岩「ボーキサイト」の危険性を伝え、広めることで、人気と信頼を得た。


 選挙は洞窟の中に張り巡らされた魔法放送による演説の後、投票が行われる。

 

 強要された選挙にオルカメ族は消極的で、立候補者は、現在の族長のアカス・バランとカールのみだった。


 五年前に起こった戦争で、大陸の外から来た帝国に南のナーガ王国が敗北してから、オルカメ族の中では北の連邦に賛同する者が多くなっていった。


 前族長が北の連邦と南のナーガ王国の関係の中立を保つことや、鉱山内を快適にして魔鉱石の生産量を上げることを宣言して、簡素な金属のマイクから離れた。


 カールは、マイクに口を近づけて、開く。


「私の名前は、カール・マヤ。よろしく。本題に入ろう。私は、この集落の繁栄を約束する。いいか? 我々は、地中でも活動出来て、老いず、他の人間とは違う姿を持っている。だがただの人間にとって地中に潜ることは水中に潜ることと同じで、命を奪われる。なぜ我々がこの狭い山の中に押し込められなければならない! 私は、あの北の連邦を打ち倒す方法を持っている。疑いもするだろう。だが、一年の間私を信じてほしい、そして気に入らなけらば私を族長から引きずり降ろして構わない。私への投票を頼む」


 彼女は、当選した。好奇心をくすぐられたか、判官贔屓かは不明だが、権力を得たのだ。


 彼女は連邦への挨拶に出るときに二人の少年に手を振られ、笑顔になって出発した。


「そう、この扇状地を買いたい。相場の倍だと思うが?」

「了承しよう」


 青い髪をした連邦の若い官僚リベッチオは何も気にせずに答えた。


 そのついでに山の近くの土地を買い、小さな製鉄所を幾つも立てた。


「売るべきは、技術! 買うべきも、技術!」


 魔法を使わずに空を飛ぶ帝国の技術が分かったと言い出し、その情報を高値で売りつける。勿論、揚力の存在を無駄に長く語っただけの書簡を送っただけだが。


 そして、ナーガ王国を通じてマドスナッザ帝国に使節団を送る。火薬や金属の情報を学ばせるために。

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