第五話「悪役令嬢と共同生活(1/2)」



「まぁ結局の所、影も魔物も変わらないって認識で良いのかな……」


 図書室で借りた本に一通り目を通して、そしてヒカリは結論を出す。

 影と魔物の細かい相違点は数多く存在するものの、結局の所人の生活を脅かす敵である点は変わらない。

 ダンジョン内に於いて、自分の知らない────そして、並の魔物よりちょっと強い敵が出没する事がある、ぐらいの認識で良いだろうとヒカリは考えていた。


 取り敢えずこれで、ヒカリの懸念のうち一つは消えた。

 そして残された、もう一つの懸念は────


「……この子の面倒をどうするか、よね……」


「…………」


 背後にずっと控えている少女────アイリス。

 カリスから託された彼女は、自らの意思で発言しようとしない。

 そしてヒカリもまた、自分から話しかける事を良しとしない。

 故に、会話が弾む弾まない以前に、そもそも会話が発生すらしていなかった。


 しかし、それでもずっとこの状況のままというのはよろしくない。

 カリスは彼女に、年相応の人間らしさを学んで欲しいと思って、ヒカリたちの元にアイリスを委ねたのだ。

 故にヒカリは、その期待に応える必要があると考える。

 ヒカリは覚悟を決め、そして────アイリスに話しかけた。


「……えっと、良い天気ですね……?」


「…………」


「…………」


 ────静寂。

 なんとも形容し難い静寂が、ヒカリの部屋に広がっていく。

 あまりにも耐え難い重い空気に、ヒカリは押し潰されそうな自責心に追い詰められる。

 そしてそんな無限とも思える時間が経過した後────アイリスが自分の意思で、言葉を紡いだ。


「…………今日、曇り空」


「…………」


「…………」


 あぁ、いっそ消えてしまいたい────ヒカリがそう考えている事は、誰が見ても明らかだった。

 ただでさえあんまりにもあんまりな話しかけ方だったというのに、その上良い天気ですらなかった。

 穴があったら入りたいとは、まさにこの事を言うのだなとヒカリは痛感する。

 やはり……こういうのはリリィに任せるしかないのだろうか?

 そもそも前提として、カリスはヒカリではなくリリィに期待している様子だった。

 やはり、自分には荷が重かったのだろうか────ヒカリがそう思いながら頭を抱えていると、アイリスの顔に、微笑みが生じた。


 彼女はクスッと笑い、そして────。


「カリスが褒め称えてる相手だから、どんな人なんだろうって思ってたけど……案外、面白い人」


「……そ、そう?っていうかカリス、私の話してたの?」


「うん、1時間に1回はしてる。やれあの人は貧民の希望の星だとか、王国を変える象徴となるとか、そういう話」


「あ、そうなんだ……嬉しいけど、それはなんていうか……恥ずかしいし期待が重い…………」


 どうやら思っていたよりも遥かにカリスは、ヒカリに国の未来を照らす事を期待していたらしい────一体何故、そこまで期待を抱かせてしまったのかは分からなかったものの、彼にどうやら嫌われてるわけではないらしいというのは、ヒカリにとっても喜ばしい事ではあった。

 だがそれはそれとして普通に期待が重いし、普通に恥ずかしくはあった。


「でも、私は嬉しい。カリスが騙されてたりしないか────もしそうだったら、なんとかしなきゃって思ってた」


「え」


「だから、思ったより普通の人で安心した。そんな感じ」


「な、なるほど……」


 実はさっき、対応を間違っていたら命の危機に陥っていたのではないだろうか?と思いつつも、まぁ取り敢えずは、アイリスにも嫌われてはいないらしい事にヒカリは安堵する。


「けど確かに、心配になる気持ちは分かるかも。あの人、放っておけないタイプだから……」


 ヒカリは『ラレンティーヌの花園』で何度カリスルートを攻略したか覚えていない。

 彼女は本人以上に、彼の事を知っている。

 故に彼女は、心配していたのだ────彼が不必要に。思い詰めていないか。

 けれど話を聞く限りでは、少なくともモチベーションを高く維持した上で仕事に専念出来ているようで何よりであった。

 まぁ仕事に専念する事で、自分の心を誤魔化している、というのが真相かもしれないが……。


「そう!そうなの。あの人、びっくりするほど休まない。ここ最近、彼が休んでる所を見た事がない……」


「あ、やっぱり?カリス、責任感が強い男だから……なんか私が知ってる時より吹っ切れてるみたいだけど、根本的な性格は変わらないよね」


 彼女の言う通り、カリスの在り方は良い方向に変質したものの────それでも、前の名残が無いわけではない。

 たとえ価値観が変わったとしても、それでも幼少期から育まれた在り方がすぐに変わるわけでもない。

 彼自身、もう個人に完璧を求める在り方────一人で背負い込む在り方はナンセンスだと思っていても、それでも習慣は抜けきれない。

 彼は未だに無意識に、自分一人でなんとかしようと試みてしまっているのだ。


「そう、そうなの!何があったのかは知らないけど、やたら責任感が強い。部下を信頼してないわけじゃないんだろうけど、やたら自分で動きたがるの!」


 寡黙だった少女は何処へやら。

 彼女は饒舌に、いかにカリスが働き過ぎているかを話し始める。

 一方でヒカリもまた、自分の中でのカリスの解釈を語る。

 生前もヒカリは、インターネット上の知り合いとキャラクターの魅力について語り合う事が多かった────その時の感覚を思い出している故か、会話する彼女にもはや緊張している様子はない。

 二人でカリスの事について語り合い、そしてそれが終わる頃には────


「それじゃあ、私が食事を作る。そろそろ小腹も空くでしょ?」


「え?いや、頼まれればアイリスちゃんの分も私が用意するけど……良いの?」


「良いの。私と、リアさんの仲だから────ここは私に任せて、先に行け」


 この様に、仲が一気に深まっていたのだった。

 意外にもヒカリは、緊張せずに話し合える相手────友達を、早々に確保する事に成功したのだった。


 因みにアイリスの用意した食事は、ヒカリが自分で用意するよりも遥かに美味しいものであった。

 日頃、どうすればカリスの為になるだろうかと考え、そして鍛錬を重ねてきたアイリスに────必要最低限の食事で済ませたがるヒカリが、料理の腕で勝てるわけが無かったのである。


 結局の所料理の腕という物は、愛の賜物なのであった。


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