第一章 悪役令嬢、配信者になる

第一話「悪役令嬢と入学式(1/2)」



 あの後、ヒカリは家に戻り様々な事を試した。

 自分の体が、自由に動かせる事────そのありがたさを、強く実感していた。


 生前の彼女、天之川ヒカリは生まれながらにして病に侵されていた。

 そこに苦しみは無かったものの、ただ単に体が動かない、起き上がらない。

 手を動かす事自体はできるものの、常人のそれとは比べ物にならない程速度が劣っている。

 別にそこに、悲しさとか憤りとかは無かった。


 彼女にとっては、生まれてからずっとそれが当たり前だったからである。

 姉が入院代をずっと稼いでくれたり、ゲームを買ってきたり……そのお陰で、まぁまぁ充実した日常は過ごせていた気がした。


 けれども、自由への渇望が決して無いわけではなかった。

 動画配信サイトで見る、何気ない日常────様々な世界。

 それを見るたびに、羨ましいなぁと思う気持ちはあった。

 もう十分満たされているし、その自覚はある。

 けれど、もう少し欲張っても良いのなら────鳥の様に、自由な世界を堪能したい。

 彼女はいつしか、そう望むようになった。


 しかし、その望みが叶うことは無かった。

 およそ前例の無い病に侵されていた彼女は、次第に衰弱し────そして、呼吸を失った。

 大人になる前に、彼女は命を落としたのだ。

 そこそこ満たされていた人生ではあったものの、結局夢が叶う事は無かったなぁと、そう思いながらの死だった。


 そして今、彼女は────自由を手に入れた。


 無論、グロウリアとして生きる以上、生きていく上での何かしらの枷や制限はあるだろうけれど────それでも、ゲームの中の世界の様に、自由に歩き回る事ができる。

 それだけでも今の彼女は夢心地である────とても、とても満たされている様な感覚があった。


 そして次に確認したのは、己が扱える力である。

『ラレンティーヌの花園』は、乙女ゲームではあるもののゲーム要素が非常に充実しており、中には配信なんて項目まであるぐらいである。

 しかし特に拘り抜かれている点として挙げられるのは、やはり戦闘システムだろう。


『ラレンティーヌの花園』はオーソドックスなコマンド選択式RPGのシステムを用いている。

 しかし、これが中々完成度が高いのである。

 シンプルであるが故に、奥が深い。

 様々な要素を組み換え、自分なりの戦い方を見出せる────何を隠そう、天之川ヒカリも、その魅力に魅入られた内の一人だった。


 そしてそれ故に、喜ばしい事があった。

 それは、グロウリアとしての力が扱える事である。


 これは……彼女にとって、とても喜ばしい事だった。

 ゲームを遊んだ中で、一度はこう思った事はないだろうか?

 戦ってる相手────即ち、敵を操作してみたいと思う事は。

 基本的にプレイヤーが使えないキャラクター────特に敵のステータスは、プレイヤーよりも高めに設定されてある。

 中に人という万能の頭脳が入っていない都合上、プレイヤーと渡り合う為には本来あり得ない規格でその力を作り上げるしか無い。


 けれども、ゲームを遊んでいてそれを理不尽に思う声も少なくは無い。

『ラレンティーヌの花園』に於いては、特にそれが顕著だった。

 戦闘力に直結するやり込み要素が多い分、敵のステータスがかなり高い。

 その為、シナリオの出来は素晴らしかったものの、戦闘が自分には合わなかったという理由で、本来乙女ゲームを楽しむべき客層の者に作品を届けられなかったという、苦い過去を持つゲームでもあった。


 それ故に、続編や番外編が出た際は難易度選択が出来るようになり、より多くの客層からの支持を得られる様にと開発者側の創意工夫が見られる様になったのだが……取り敢えず、話を戻そう。


『ラレンティーヌの花園』の敵キャラを、そのまま操作してみたい。

 天之川ヒカリは、遊んでる間にそう思う事も少なくなかった。

 というのも、このゲームは一人のキャラクターしか操作できない。

 この学園に訪れた貧民の女子生徒────リリエル•ラレンティーヌ。

 その名前から察せる通り、『ラレンティーヌの花園』に於ける主人公である。


 このゲームは彼女しか操作する事ができず、そして彼女の力は支援系に偏っている。

 基本的にこのゲームは、攻略対象となる男性キャラとペアを組んでダンジョン攻略に勤しむ事になるのだが、主人公は必然と、アタッカーである男性キャラの支援に回る形となる事が多い。


 その為、自分の力でバッサバッサと敵を切り捌いて行きたかったプレイヤーにとっては、不満を感じる要素でもあった。

 続編以降では主人公以外のキャラも操作できたり、味方になった敵キャラが操作できる様になっているものの、案の定弱体化されている。


 敵として立ち塞がった時の、圧倒的な力は何処へやら────あまりにも露骨に弱体化されたその姿には、涙を禁じ得ない。

 どうせなら、敵として出てきた時のステータスのまま動かしたかった……ヒカリもまた、そう思うユーザーの一人だったのである。


 そして今、その願いは叶った。

 彼女は早速杖を振るい、それを召喚する。


「いでよ────アイシクル•レイン」


 ────瞬間、彼女の背後に無数の氷柱が出現する。

 翼の様に展開されたそれは、彼女の周囲を漂い続ける。

 彼女は展開に成功した事を感じ取り、そして────


「────射出」


 そして────それを、宙に向けて放つ。

 氷柱は彼女の照準通りの方向を向き、そして射出された。


 ゴウ、と風を切る音と共に、氷柱は空高くへと突き進む。

 空間を貫く一撃は、遥か彼方へと放たれ────そして、視界外へと姿を消した。


「……ふふ、凄い……強い、カッコいい!」


 自分の手で、かつて使えなかった氷魔法を使えた喜び────それによって彼女は語彙力を捨て去ったまま、無邪気に喜ぶ。

 これがあれば、色んな事ができる。

 今までは主人公で率先してアタッカーとして振る舞うのは無理があった為、やむおえず支援型のスキルを割り振ったりしていたけれども────今は違う。


 自分の手で、直接攻撃を行う事ができる。

 その事実が、ただひたすらに嬉しい。


 ────そして、そんな事をしている内に時間は過ぎていく。

 早朝の涼しさはいつの間にやら消え去っており、日はその姿を露わにしている。

 もう間も無く、支度をしなければ行けない。


「そうだった……入学式の準備をしなくちゃ!」


 彼女は嬉しそうにそう言って、家に戻る。

 入学式────『ラレンティーヌの花園』に於ける始まりの時。

 そしてヒカリにとっても、学園生活という世界はゲームの中の話だった。

 

 故に初めての学園生活に、彼女はとても心躍らせていたのであった。


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