第29話 白いキトの秘密

 時間的に約三十分くらい歩いたとこでロビンが止まった。そして、ロビンが声を発したのだ。

「ここだ。この木の上にある小瓶を壊さないようにとってくれないかい」

 誰にとは言わなかった。ザックとエリアス副団長はキョロキョロと当たりを見回している。

 最初に動いたのはテオだ。風魔法で木に括りつけられていた麻紐を切り、また別の風魔法で小瓶を手元に移動させた。風に運ばれてくるその小瓶には赤い液体が揺れていた。

「ロビン、どうぞ」

 手にした小瓶をテオは何の迷いもなく、ロビンに差し出す。

 ロビンもそれに答えた。

「ありがとう、テオバルト」

 ザックとエリアス副団長がロビンを凝視している。そして、私たち三人を見る。

 ザックとエリアス副団長は視線を合わせ、多分、二人は目で会話していた。最初に口を開けたのはザックだ。

「これはどういうことだ?そのキトは人語を解するのか?いや、人語を解する生き物は他にもいるが、アレは、話すことができるのか?」

 私は頷いた。

「アレは、魔物では無いのか?魔力が高いことは知っているが……」

 ザックの矢継ぎ早の質問よりも、エリアス副団長の剣の方が早かった。自分の膝よりも小さなキトに向かってエリアス副団長は風魔法を交えた素早い剣で切りつける。

 ロビンはヒラリとその剣を躱す。無駄な動きが一切なかった。

「エリアスは本当にいい剣を繰り出すね。君が初めてだよ。剣と魔法を組み合わせた人間は。皆、剣は剣、魔法は魔法っていう固定観念の中にいたからね。この世界を発展させてくれてありがとう」

 ロビンはエリアスに礼を述べる。魔王としてこの世界を見守るものとしての礼だった。けど、そんな礼がエリアス副団長にすんなり受け入れられるはずもなく、「は?」と言いながら物凄い早い剣捌きで重い一撃を繰り出し続ける。

 ロビンは小瓶を避けながら、エリアス副団長を誘導しているようだ。エリアス副団長も自分が誘導されていることに気づいているようだったけれど、うまく躱され次の一手が出しやすいところに移動されるため、その手を止めることができなくなっているようだった。剣を繰り出し、躱されるたびに顔つきが険しくなっていく。

 最終的にエリアス副団長の剣がさっき小瓶が括りつけられていた木を切り倒し止まった。

 私たちは見ているだけだった。勇者三人とも、ロビンの心配はつゆほどしていなかった。こういうところを見ると「あぁやっぱりこの白いキトは魔王なんだ」と実感させられる。

 根元で切られた木は、倒れては来なかった。隣の木と木の間にすっぽりとハマっている。

「エリアス、ありがとう。みんなちょっと待ってて欲しい」

 そう言い残してその木に登っていく。エリアス副団長はキトのしなやかな尻尾と愛らしいお尻を見て、大きなため息をついた。

「アレはなんだ?」

 怒っている様子はない。ただただ深いため息を吐く。

「説明が難しいんです」

 私が真っ先に声を出した。何となくテオに話をさせちゃいけない気がする。

 エリアス副団長はチラッとテオを見たけれど何も言わなかった。ただ、私の答えに強い目で反応している。

ータレ目の睨みは怖くない、なんてことはないんだよ。副団長の目は人を殺せそうに鋭いんだから。

 私は萎縮しながらもその目を見返す。

「この世界を見守ってきた存在って言ったら納得してくれますか?」

 魔王とは決して言えない。だから、私が感じた魔王の役割を少しだけ話す。

「それを神というのではないのか?」

 副団長はその答えにゆっくりと慎重に問いで返事をした。

 私もエリアス副団長も同時にチラッとテオを見る。テオは真剣そのものの空色の目を私たちに向けていた。私は瞳を動かしザックを確認する。ザックの表情は読み取れなかった。本当に無表情で感情を殺しているようだ。

ーザックは何を考えてるんだろう。

 私の中に疑問が大きく湧き起こる。チラッと見るだけのつもりのザックに心を囚われる。

「おい!勇者ギプソフィラ、どうなんだ?アレは神なのか?」

 私はエリアス副団長の声に現実に引き戻される。私は手をギュッと握りしめて、ザックから目を離す。

 瞳を正面に向けるとこちらを見ていた紺色の瞳とぶつかった。

 私はゆっくりと首を横に振った。

「ロビンは神ではないですよ。神と言われる存在は別にいます。彼はその神の使いになるのかな?神は死なないけど、彼は死ぬ。そういうことです」

 私は紺色の瞳に語りかけるように声を発した。この人は気持ちをこめて真実を話すとちゃんと分かってくれる人だ。いつだって、真摯に真剣に伝えたことは受け入れてくれた。私が勇者塔で剣の稽古をしたいとお願いした時も私にぴったりの師匠を選んでくれた。最初は「魔法がそれだけ使えるなら、魔法一本で行けばいい」と言っていたのに、だ。ザックはこと私のことになると過保護になって、私自身が望むような稽古ができる師匠はつけてくれなかった。エリアス副団長ならと意を決して声をかけた。真剣に真摯に、話をすれば納得してくれる筈だ。

 エリアス副団長は予想に反して首を傾げた。

「神ではなく、神の使い?それはもう神なんじゃないか?いや、死ぬから神じゃない。じゃあ、魔物と何が違うんだ」

 エリアス副団長のタレ目がますます垂れる。納得出来てない時の顔だ。

「神じゃないけど、神の使いで、永遠の存在じゃないってことだろ?それだけ分かればいいだろう。それで、この世界を見守ってる存在。だから王城にも易々と入ってこれたワケだし、王もこのこととをご存じだったんじゃないか?」

 ザックが私とエリアス副団長の間に割って入る。

ーザック、助けてくれてありがとう。でも、ちょっと間違ってるよ。

 私は心の中で思っただけだけど、テオとリックが同時に声を発した。

「王が知ってるわけがないよ」

「団長、王は知らないと思う」

 テオが吐き捨てるように言い、リックが苦しそうに言った。

 二人の反応はまるで違っていた。リックは飲み込んだと思ったけれどやはり辛いらしい。帰還後、一度父親と会ったとここにくる途中で少しだけ話してくれた。それが、また、苦しみを増強したらしい。

 ザックも副団長も二人の対照的な態度には触れず、目を合わせて頷いた。ザックが代表して確認してくる。

「じゃあ、あのキトがこの世界を見守っている存在っていうことは今この場にいる人間だけが知っているということか?」

 私たち三人はその問いに軽く頷く。

 ザックが頭に両手を持って言った。鎧兜を被っていて、髪を掻き混ぜることができないけど、もし兜をつけていなかったら髪をぐるぐると掻き回していただろうという仕草をした。エリアス副団長がそんなザックの肩を叩く。

「まぁ、とりあえずあのキトが帰ってきて詳しく話をしよう」

 ため息を吐きながらニッと笑った。

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