第26話 無意識の緊張
キーリオに着くとそこには先に騎士団が来ていた。ザックが指揮をとっている。
「勇者様方、こちらにお願いします」
騎士団の一番下っ端と思われる私と同じくらいの年の少年が私たちをザックのところに案内してくれる。
「あなた騎士団に入りたてなの?」
私の問いにその彼は大きな声で答えた。
「はい!つい十日ほど前に入団しました。剣の腕を見込まれ、本日はこの魔物災害の危機に同行させて頂いています」
騎士団に入りたてのその若い騎士は緊張した面持ちだ。グレーの瞳が揺れている。
ー何歳なんだろう。今回はキリキ山麓、大きな災害になるかもしれない。それなのに、こんなに若い子を連れて来るなんて、ザックは何を考えているのだろう。
「君、何歳になるの?」
テオがのんびりした声を出す。
「十七歳になりました」
本当に十代だった。私よりは年上だけど、やはり若い。
「平民の出なのか?」
珍しくリックも声を掛ける。
「いえ、ナリス男爵家四男です」
私たち三人は少しばかり驚いた。勇者とはいえ、テオは平民出身。その平民出身の勇者に貴族出身の騎士は横柄な態度を取ることが多い。入りたての若い貴族出身の騎士はテオの実力を目にすることが少なく、バカにするのだ。そんな貴族出身の騎士であっても戦場で共に戦えばいつしかテオを尊敬の眼差しで見るようになる。それほど、テオの魔法の実力はすごいのだけど、今回のこのナリス男爵家四男坊さんは初めからテオにも敬意を払っている。
「へー、貴族なんだね。僕は平民出身だけど、敬語使ってくれるんだね」
テオが珍しく弄り始めた。初めから敬意を示されて嬉しかったのかもしれない。
彼は足を止めた。私たちも立ち止まる。
「当たり前です。テオバルト様は稀代の大魔法使い様です。敬意を示さない不届者がいるのですか?私が成敗しにいきます!!」
私たちは顔を見合わせナリス男爵家四男を凝視した。そして、一拍置いて、テオが爆笑した。
久しぶりに見るテオの大爆笑。
ロビンに会ってからいつも気を張っていたのだと思う。テオの体の力が抜けていくのが分かる。
私とリックはテオの爆笑が収まるのを笑顔で待つ。ナリス男爵家四男坊は目をパチクリして何が起こっているのかわからない顔をしてボーと立ち尽くしていた。
なかなか収まらないテオの爆笑に、自分が笑われているのだと感じたナリス男爵家四男坊は顔を真っ赤にして、「僕、変なこと言ったのかな」と慌てている。
テオが笑いの合間から声を出す。
「ねえ、君、ナリス男爵家の四男坊くん、君の名前はなんて言うんだい?」
「ぼ、あ、私はスタッド・ナリスと申します」
「スタッドと呼んでもいいかい?」
「はい」
「ありがとう、スタッド。最初から敬意を示してくれる貴族出身の騎士は少ないんだ。僕は年もそれほどとっていないしね。嬉しかったよ。ちょっと嬉し過ぎて大爆笑しちゃったけど、君をバカにしてるわけでもなんでもなくて、本当に嬉しかっただけだから」
テオが彼の背中を押した。先を促しているのだ。
ステッドの足が進み始める。私たちもステッドの後を歩いた。すテッドは何か釈然としないものを感じているようだったけど、何も言わずザックまでの道案内をしてくれる。
私もリックもテオ自身もテオがかなり緊張していたことをこの時初めて知った。テオの爆笑でそれほど気が緩んだのだ。
適度な緊張感は必要かもしれない。しかし、体に妙な力が入っていたら出せる力も出せない。
ザックが指揮するテントへ着く前に、なんとロビンがやってきた。ニャーと猫らしい鳴き声を出す。
「ロビン、来てくれたの?」
私は私の足に体を擦り付けていた猫型のロビンを抱き上げた。すテッドがいるから、ニャーとしか言わない。
テオとリックがロビンの出現にまた体を硬くした。
「白いキトではないですか?王城に時々いるキトですか?ロビンって名前をつけられたのですか?」
ステッドが矢継ぎ早に質問してくる。ステッドも王城で「白いキトを捕獲せよ」という命令を受けた一人なのかもしれない。
「王城にいた子と同じ子なの。ロビンっていう名前なのよ。あなたもロビンって呼んだらいいわ」
私がステッドにロビンの名を呼ぶことを許可したら、腕の中のロビンがニャーと嫌そうに体をひねる。テオが口を出す。
「ロビン、嫌そうだよ。ステッド、君は遠慮してあげてくれる?あ、そうそう、王城でこのキトを見つけて、捕獲って言われたら、『ロビンさん、お城から出て行ってください。団長が困ってます』って大声で言ってごらん、きっとこのキトはすぐに王城から出ていってくれるから」
ステッドの目が不思議なものを見るみたいに私とロビン、そしてテオを見た。リックは私の腕にいるロビンの背中に手を伸ばしている。
「勇者様方は皆さん、このキトを大切に思われているのですか?」
リックは思わずロビンを撫でていた手を止めた。そして、ハッと目を見開く。何かに気づいたような顔をしていたけれど、手を離す気配はない。
「俺もロビンのこと大事に思ってるな、確かに……。いつの間にか、なんだろう?ロビンの魔法?」
テオが声を出して笑った。
「魔法って、ロビンはそんな魔法使わないと思よ。リックもさぁ無意識で気付いてるんだよ、ロビンが大切な存在なんだっていうことに」
テオの話の中に「この世界にとって」という言葉は出さなかった。でも、リックにはちゃんと伝わっていたようだ。ステッドの質問にリックが答えた。
「そうだ。俺たちはこの白いキトをとても大切に思っている。本当は王城に入り混んでいても見逃してほしいくらいには大切だ」
リックの顔はとてもスッキリとして見えた。なんとなく、ロビンとあの洞窟で出会って、話を聞いてから、本当に久しぶりに三人の心が通い合ったように感じた。
「おーい、フィラ、テオ、リック!!」
後ろから大きな声で呼ばれ振り返る。町の入り口で警備に参加していたマッケンローだ。走ってこちらに向かってきている。
「騎士団長に俺も一緒に来いって風魔法で呼ばれたんだ」
風魔法の使い手は騎士団の副団長だ。マッケンローは走ってきても息ぎれせず合流する。そして、私の腕の中のロビンを見てギョッとした顔をした。
「それは王城に時々出現する白キトか。こんなところにも現れて、しかも団長のところに連れていくのか。団長、ノイローゼにならないか?王城で捕獲しようとしても絶対に捕まらない、結界を強化っしても関係なく入り込んでくる白いキト、結構頭を悩ませてたぞ」
私とテオ、リックは顔を見合わせてクククと笑ってしまう。
「ロビン、見つからないようにしてあげてよ」
私が笑いながらロビンにお願いしてみる。ロビンは何も返事をしてくれない。これはまた王城に行って、誰かに姿を目撃させるつもりだなと思う。
テオが真剣な顔をして黙り込んでしまった。
私はステッドを見て先を促す。スタッドが歩を進め始める。私は腕にロビンをだいたまま、肩でテオの背中を押した。テオも真剣な顔のまま足元に視線を落とし、私たちの歩みに合わせて歩く。
私たちはもう言葉を交わさなかった。私はロビンの背を撫でながら歩く。
数日ぶりのザックとの再会。でもこれは騎士団長と勇者として再会。私はザックと会うという少しドキドキした気持ちを心の底に押し込める。気持ちを押し込めるのは得意なはずなんだけど、ギプソフィラになってから、感情を出して生きてきた分、押し込めるのが苦しいと思うようになっていた。
ロビンがニャーと鳴く。こうしているとロビンが魔王だということを忘れてしまいそうになる。スベスベの毛並み。ちょうど良い重み。暖かい体温。私は緊張してきた心をほぐすようにロビンをギュッと抱き寄せる。
「ギプソフィラ、君はそのままでいい。何も問題ない。大丈夫」
私にだけ聞こえる小さな小さな声でロビンが言った。私は誰にも気づかれないようにゆっくりと体にためていた何かを空気と一緒に吐き出した。
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