第17話 ハーミヤ卿の誘い
ハーミヤ領の北門の前は賑やかになっていた。私たち勇者は有名人だ。前世の芸能人のような存在になる。周りがちらちらとこちらを見たり、握手を求められたりする。列に並んでいるから、その間はいいかなと思っていたら、騒ぎを聞きつけた門番長が私たちを先に通すように門番に言いつけたようだ。
「申し訳ありません。すぐに気付かず……。門番に申しつけ下さったらすぐにお通ししていましたのに」
奥から出てきたリックよりは少し背が低くテオよりは背の高い四十代中頃の門番長が頭を下げた。門番長は貴族だ。他の門番よりも上等な青い上着を着ていた。
「いえいえ、大丈夫ですよ。こちらこそ、騒がしてしまってすみません」
「配慮して頂いてありがとうございます」
私たちも軽く頭を下げる。
「つきましては、どうぞ、お茶でも飲んで行ってくださいませんか?」
門番長が人の良さそうな顔をする。私たちは知っている。この男が人がいいだけの人物ではないことを。
「いえ、結構です」
珍しくリックが真っ先に断りを入れる。特に嫌な顔はしていないけれど、笑顔でもない。真顔のリックはさすが王族と思うような気品とオーラを放っている。
門番長が一瞬後ろに引いたのが見えた。私もテオもそこを見逃すわけがない。
「申し出ありがとうございます。しかし、旅から帰ったばかりで身なりも整えていませんし、先も急ぎますので、お茶はまたの機会にお願いしたいですね」
テオがやんわりと断る。私はサッサと歩を進め始めた。門は意外と長い。小さなトンネルのようだ。門を超えてハーミヤ領に入る。日の光が痛いほど目に差し込む。私は歩を止め、何度も瞬き、日の光に目をなれされた。
「ギプソフィラ様、セドリック様、お帰りなさいませ」
声の方に目をむける。背の低いずんぐりむっくりした人の良さそうな顔をもつ男が立っていた。ハーミヤ領主のミハエル・テネシー・ハーミヤだ。銀色の短髪がギプソフィラの目線の高さにある。人の良さそうな顔の中心は薄い緑色の瞳だ。時々獲物を狙う獰猛な光が見える。ハーミヤ領は商業の盛んな領地であり、領主自身も商売を行って財をなしている。働かざる者食うべからずという日本の諺があったが、このハーミヤ領にも似たような諺があった。
七歳を超えると皆、何かしらの商売を始めるような領地だ。そんな領地にとって勇者はとても良い商品になる。この領地の貴族は、いや平民も利のない相手に優しくしたりしないのだ。まぁ、それがただの好意という利の場合もあるからこの領地の人たちを憎めないのだけど。
「テオバルト様もお帰りなさいませ。さて、わが家でお茶でも飲みながら冒険譚を聞かせて下さいませ」
先ほどの門番長がこの男を呼んだことは明白だった。きっと領主から「勇者たちが帰ってくる時にきっとこの門を通るから、その時には必ず勇者たちを引き止めよ。そして、私にいち早く知らせなさい」と命を受けていたに違いない。
いち早く勇者パーティーの冒険譚を入手し、商売にするつもりだろう。
「ハーミヤ卿、申し訳ないけれど、今回は急いで王都に戻りたいんだ。ゆっくりお茶を飲んでいる暇はない」
リックがハーミヤ卿に返事を返す。私は一歩を踏み出した。
私の足が止まらないのを見て、ハーミヤ卿は分かっていましたよという顔をする。
突然、突風が私の顔を横切った。明らかに魔法で起こした風。私は足を止める。横を見るとハーミヤ卿がニヤリと笑った。
「先をお急ぎなのですよね?もちろん分かっております。ですので、本日当やしきにて一晩ゆっくり休んで頂いて、明日朝一番に馬車で王都までお送りいたします。我がやしきより王都までは馬車で五日ほどです。歩かれるよりもずっと早いと思いませんか」
私は、ハーミヤ卿を見ていた視線をリックとテオに向ける。一晩、この男に話を聞かせてやれば、美味しい料理と寝床と馬車が手に入る。一瞬迷う。
私の迷いを読み取ったようにテオがハーミヤ卿に交渉を始めた。
「ハーミヤ様、今回の旅はさほど真新しいことや面白い魔物との出会いもなく、魔物災害にも出くわしていません。大した話が出来ないですがそれでもよろしいのですか?」
「何をおっしゃるのです。なんでもいいんです。魔王を探す旅など一般の人間には絶対に出来ないことです。勇者様方が何もないと思われていても私たち一般人にはどれほど楽しい冒険譚かわかりません。国民も皆、待っているのです。勇者様たちのお話を!」
キラキラとハーミヤ卿の薄い緑の瞳が輝いている。実際に冒険をしてきたわけでもないのに、私たちから話を聞けると思うだけで興奮するようだ。子供のように冒険譚を聴きたいという欲が透けて見える。
ーこれだから、憎めないんだよね。少年みたいに旅の話を聞きたがる、ハーミヤ卿のこの気持ちは本物なんだから。その後、商売にしちゃうんだけど……。
私は、ハーと大きく息を吐いた。今回は話せない内容が多い。うっかり話をしないように気をつけなければならないなと思いながら、首を縦に振った。
テオとリックも同じように深いため息をつきながらも、頷く。
ハーミヤ卿が丸い顔を綻ばせて、少年のように屈託なく笑った。
「ありがとうございます。お昼はこの北門の町、ドミアでお食事をとった後、我がやしきまでお連れ致します。これで二回目のお越しですね。妻も子も大変喜ぶことと思います」
私はハーミヤ卿の二人の子供を思いだし、笑顔になる。以前会ったのは三年前だった。あの頃はまだ歩き始めたばかりの男の子と精一杯姉であろうとする三歳の女の子だった。子供は三年で大きく成長する。どれほど成長したのか楽しみだ。
テオが私の腕を引いた。
「子と聞いて、顔が緩んでるよ。それはいいんだけど、大丈夫?」
「大丈夫。うっかり話たりしないから」
ハーミヤ卿は私とテオを見ている。鋭い目だ。さっきまでの屈託ない少年の顔をしていた同一人物とは思えない。私は早まったかなと思いつつも、絶対にロビンのことは話さないと心に決めてハーミヤ卿の後に続いた。
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