私の好きな俳句たち

佐伯 安奈

たかの知れし一生叮嚀にレース編む(山田みづえ)

 作者:山田みづえ(1926-2013)


 最初はやっぱりこの句。理屈抜きに大好きである。私は小説でも俳句でも女性作者のものが好きで、とりわけストレートな気質の人が好きだ。文飾の影に本音を潜ませるよりも、素の自分を衒いなく提示する人。

 レースを編むというのは夏の季語になるらしい。手先の細かい作業をしていると、頭の中は無になる一方で、普段は眠っている思いもかけない考えがむくむくと起き上がる。

 ふと、自分の一生なんかたかが知れている、とこの人は思ったのだ。

 そんなこと言いなさんなと思いながらも、でも自分だってそうかもしれないと思う。唐突な言葉が意表を突きながら胸をえぐる。

 しかし作者は、レースを編む手を止めない。そして「叮嚀ていねいに」と言葉を添えるのだ。

 一生という大きな範囲では、自分にできることなんか先が見えているが、いまこのレースを完成させるという小さな営みは、いい加減には済ませない。つまりは日々の小事を蔑ろにしないことが、「たかの知れし一生」への抵抗なのだ。

 山田みづえさんは、国文学者山田孝雄よしおの娘である。20歳やそこらで結婚し、2児を得たが離婚。その後は実家で老親と暮らし、レナウンに勤めながら石田波郷に師事して俳句を作り続けた。老いて崩れてゆく母親の姿を捉えた句も多い。過去の葛藤を感じさせるが、そうした句には暖かい観察眼が働いている。再婚せず、生別した子どもたちと再会したのは、20年後である。はっきりした一つの生き方が、俳句にもその佇まいにも滲みでていた人だと思う。

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