第2話
――あの男、表情筋死んでるわりに心の中は大変に表情豊かだったわねー――
そんな声が走るアマーリエの耳元で聞こえた。
「ちょっと。急に頭の中に団長らしき人の声が響いたんだけど⁉」
アマーリエはくわっと大きな声を出した。
――そりゃあそうでしょう~、だってそれがわたしからの祝福だもの。あなたが、あの白銀の彼の考えていることが分かればいいのにって願いを口にしたから、心の声が聞こえるようにしてあげたの――
「それなし! なし、なし! 単なる呟きだもん!」
――ちっちっち。騎士団長の考えていることが分かればいいのにって、願望だったじゃない。今更取り消しは無理よ。もう祝福の魔法をかけてしまったし――
キュキュッと急ブレーキをしたアマーリエは妖精に向き直る。
「じゃ、じゃあこれからずぅぅっと団長の心の声が聞こえるってこと?」
――それはあなたの……――
と、何かを言いかけた妖精はぴたりと口を閉ざし、それから明後日の方向に顔を動かした。
――あら。上司が呼んでいるみたい――
「上司?」
――わたし行かなくっちゃ――
「え、ちょっ」
妖精がアマーリエの頭上へ舞い上がる。
空を見上げたアマーリエに対して、妖精はウィンクをしたのちににこやかに言った。
――お願いごとは叶えてあげたから~。じゃあ、あとは頑張ってね☆ バイバーイ――
ぶんぶんと大きく手を振ったのち、妖精は空の彼方へと消えた。
呆然と佇むアマーリエを残して。
「ちょっとぉぉ! 変な魔法かけたんだったら責任くらいもちなさいよぉぉぉ!」
その叫びは空に吸い込まれたのだった。
アマーリエは一呼吸してから再び歩き出したのだった。
翌日、アマーリエは昨日の報告書を上司に提出するため騎士団本部の廊下を歩いていた。
複数ある棟のうち、最奥にある幹部棟へ足を踏み入れたアマーリエの前にバーナードが現れた。
「そういえば昨日の報告書を受け取っていなかった」
「は、はい! 今持参するところでした!」
突如現れたバーナードは本日も冷たく冷厳で、何の表情も乗せていない。
『今日もアマーリエは最高に可愛いな! 上目遣いがやばすぎる。その表情で私の〇〇を咥えて……気持ちいいですか、とか言われたら。まずい、うっかり妄想したらアレが硬くなって……』
「は……?」
「どうかしたのか?」
「いいえ」
心の声に思わず突っ込みをしてしまったアマーリエを訝しげに見下ろすバーナード。
アマーリエは慌てて首をプルプルと振った。
『まさかうっかり妄想が顔に出ていたのか? まずい、もっとしっかりせねば』
その声と同時にバーナードの目が据わった。
なるほど、突如目つきが凶悪になった理由は理解したが、いかんせん怖すぎる。今しがた一人殺りましたと言われても信じてしまいそうなほどの表情だ。
「あ、あの。報告書です……」
「ああ」
手渡したからさっさと退散しようと踵を返しかけたアマーリエをバーナードが「待て」と呼び止めた。
「今精査する」
『アマーリエとの二人きりの時間のために一時間も前から張っていたんだ。もう少し、彼女の側にいたい。匂いを嗅ぎたい、触りたい。持ち帰って一緒に風呂に入ったあとに夜通し抱き潰したい』
という心の声が響く中、バーナードが書類の黙読を始めた。
なるほど、いつも報告書を即読み始めていたのはこのような理由があったかららしい。
彼が黙読するさなか待つこちらとしては緊張で胃をキリキリさせていたのだが。
「ヘルツオン団長。またこんなところで油を売って」
回廊のど真ん中で書類を読みふけるバーナードの首根っこを副団長が捕まえた。
「何をする。仕事中だぞ」
「そもそも、アマーリエの直属の上司もまだ読んでいないでしょう、その報告書。あなたときたらそうやって部下の仕事をすぐに取るんですから。誰かさん限定で」
「こら! 余計なことを言うな!」
叫ぶバーナードの声と被さるように心の声が聞こえてくる。
『今の会話で私がアマーリエに気があると本人に気付かれたらどうする! 男たるもの、気持ちを伝えるにはそれにふさわしい手順とシチュエーションがあるんだぞ!』
「だったら、さっさとついて来て下さい」
副団長のジェイムスは遠慮という代物をどこかへ置いてきたかのように容赦なくバーナードを引きずっていった。
一人その場に取り残されたアマーリエは、心の声を聞いてしまった罪悪感と彼の気持ちのありかに、じわじわと頬を染めたのだった。
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