わたしとウインナーと夢と

押田桧凪

第1話

 イオンのない私の住む街で唯一栄えている場所──それが「ゆめタウン」だった。私はそこの一階に入った、食品売り場の試食コーナーが好きだった。


 休日は家族連れで賑わって、当時小学生だった私はゆめタウンに来るといつも何人もの同級生とすれ違った。ランドセル、プールバック、水着にリコーダー、学校に着ていく洋服まで私の持っているものがみんなの持ち物と被るのは日常だった。田舎特有の半ば息苦しさを感じるような、そんな狭い世界で私は生活していた。


 お弁当に入っているシャウエッセンのウインナー(各家庭で調理するウインナーに置き換えてもらって構わない。香薫、アルトバイエルン等)がホットプレートで焼かれるあの香ばしい匂いと、ジュウジュウ煙を上げて焼ける音だけで私の口内からは泉のように涎が湧いた。レモンの実と白い花の柄が入った紫地のスカートをひらひらさせながら私はそこに近づいた。


 すると、「そのスカートかわいいねぇ」と店員さんは目を細めながら言ってくれて、紙コップに入ったウインナーを爪楊枝で刺して私に渡してくれるのだ。いつもはお母さんの手を引いている時にもらうことが多いので、お母さんの分も合わせて2個食べれるが、それでも満足しない時は「お菓子コーナーに行ってくる!」と嘘をついて、もう一度ウインナーのところに戻り、またもらいに行く。もしそこで何か言われたら、「これはお父さんの分だから」と言い訳をして回収するのが日課になっていた。けれどそんな自由奔放な行動が出来たのも、『石神』というネームプレートを付けた、新人のおばさんが入ってくるまでだった。


 子どものかわいさに免じて許されるんだと気が大きくなっていた私にとって、そのおばさんは天敵だった。その日、2回目のウインナーを受け取るためにトレイの上に置かれた紙コップに手を伸ばそうとすると、目ざといおばさんは私の指先を制するようにそっと触れてから言った。


「また、来たの?」


 いつもは10〜20分間隔をあけて販売員の交代を見計らって私はバレないように小学生ながら抜かりなく隠密行動を取っていたが、そのおばさんは同じ持ち場に立ったままペースを崩すことなくウインナーを焼き続け、他の店員さんと交代もしなかった。ギロリ、と深海魚のような目を私に向けた。


 しまった、とその瞬間に私は思った。普段から子どもが多い食品売り場のこの通りなら、私はそのうちの一人でしかないわけで、さすがに顔は覚えられていないだろうと踏んでいたのに……。私は万引きGメンに捕まったかのような罪悪感と焦燥に駆られ、えっと、と口をすぼめてからすぐにその場から走り去った。


 お菓子コーナーに入り込むと、そこには私と同じくらいの背丈の女の子がいた。名前は「さとりちゃん」と言った。私がそこでヤンヤンつけボーにするか、じゃがりこにするかをお母さんが来るまで悩んでいると、さとりちゃんが近づいてきて言った。


「こっちは多分中身が折れてるから、あっちの棚のお菓子にしなよ」

 

 まるで、トマトが水に沈むかどうかで甘さを選別しているような具合だった。


「……なんで分かるの?」と意味が分からなくて、私は尋ねた。


「なんとなくっていうか、分かっちゃうんだよね。中身は見えないんだけど、ここに運ばれるまでに誰が落としたとか、手に取ったとかをっていうか……」


 さとりちゃんは説明しづらいのか、曖昧な答え方をした。


「そうだっ! お母さんのところに行こ! ついてきて」と言って、話題を逸らすようにさとりちゃんは私の手を引いた。言われるがまま彼女に従ってついて行くと、あのおばさんがいた。


「ねえ、もしかして……」


「うん。お母さんはウインナー屋さんだよっ」と声を弾ませて、さとりちゃんは言った。「お母さんちょうだい〜」とさとりちゃんが駆け寄ると同時に、おばさんは隣にいた私を一瞥すると、その瞬間、相好を崩した。「もうっ、さとりのお友達だったのね!」と先程まで険しかった顔とはうって変わって、人に慣れすぎた鹿のようにおっとりとした表情を作ると、(本日2回目の)ウインナーを私にくれた。


 さとりちゃんのお母さんにはもしかしたら、さっきのやり取りで私の目論見がばれていたのかもしれないとそこで気づいた。だから、さとりちゃんと手をつないだ時にも、私がウインナーを食べたいことに勘づかれてしまったはずで、「食いしん坊な子だなぁ」と思われたのなら、嫌だなと思った。それなのに、皮肉にもここに連れてこられてしまって私は余計に恥ずかしかった。


 それから、私を取り囲んでいた世界はやっぱり狭いことに思い当たって、人間関係の縮図でしかないような田舎のゆめタウンも、試食コーナーにも、次第に私は足を運ばなくなったのだった。思春期を迎えてからは親と一緒に出かける機会もめっきり減った。


 ちなみに数年後、隣の街にコストコができて太っ腹な試食コーナーに私が歓喜するのはまた別の話である。

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