第10話



 オリヴィア様とクロエのお節介で、私とリシャール様は二人きりで部屋に残された。



「アニエス……。よく似合っている。美しい。」



「あ、ありがとうございます。」



 オリヴィア様が施してくれた可愛らしいメイク。髪にはクロエから贈られた髪飾り。ドレスとアクセサリーは、これまで大事過ぎて仕舞っていたリシャール様から頂いたものたちだ。いつもと違う華やかな装いに気持ちがふわふわする。





「だが……。」




 暫く無言が続いた後、リシャール様は私の顔を窺うように「辛くなってないか?」と尋ねた。



「……リシャール様は、私の継母のことご存知でしたのね。」



 親友のクロエにしか話していなかったこと、大好きな初恋のリシャール様には知られたくなかったこと。じわりと滲む涙に気付いた時には、温かいものに包まれていた。



「リシャール、さま?」



「すまない……あの時もっと早くアニエスを助けたかった。時間が掛かってアニエスを傷付けた。」


 リシャール様の男性らしい固い身体に抱き締められ、私の胸は悲鳴を上げる、




「そんなこと……!」



「アニエスのお父上があの女を追い出してからも、上手く励ますこともアニエスを癒すことも出来なかった。」



 私の身体をきつく抱き締めたまま、リシャール様は絞り出すように苦しい声色で続けた。



「アニエスが辛い時、そばにいたいと思って婚約者にしてほしいと望んだ。……幼い頃からずっとアニエスが好きだった。」




「え……!私たちの婚約は政略的なものでは……?」



 リシャール様が首を振ったのが伝わり、私は嬉しさから心がじわじわと満たされていく。



「アニエスが傷付いていたのは分かっていたから、どうか優しくしたいと思っていたが上手く言葉が出て来ず……いつもつまらない思いをさせてしまった。」


 ガブリエルからも散々突かれアニエスを大事にしなければと思ったのだ、と耳元で囁かれる。





「リシャール様。……私のような可愛くない婚約者でも宜しいのですか?」



 今はオリヴィア様が施してくれた美しい化粧のおかげで華やかになっている。私の侍女がオリヴィア様から懸命に習ってくれ、今後は今までのような最低限の化粧だけということは無くなるだろう。



 だが、それでも本当の私は地味で冴えない人間だ。




「アニエス……。確かに今日の君は美しい。だが、俺はいつもの素朴で可愛らしい君が好きで好きで堪らないんだ。」



 その瞬間、額に、鼻先に、頬に、口づけの雨が降り私は「ひゃあ!」と声を上げた。



「リシャール様!せっかくオリヴィア様がして下さった化粧が落ちてしまいます!」



 顔を茹で蛸のように真っ赤に染め、リシャール様へ文句を言う。リシャール様は可笑そうに笑った後「どちらでも可愛いから良い。」とまた私をきつく抱き締めた。



「名残惜しいが、そろそろ行こうか。俺の可愛い婚約者殿。」



 人が変わったように甘いリシャール様の言動に、私はくらくらしながら彼の手を取った。








〈可愛くない、私ですので。:完〉





 最後までお読みいただきありがとうございました!!


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可愛くない、私ですので。 たまこ @tamako25

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