甘え上手な銀髪後輩様の超天才的な浴室を利用した心身リラックスを兼ねた脳活性化専用学習トレーニング法

「ふぅ……いい湯ね、先輩」


「そ、そうだな」


「あら、もしかして緊張してるの? はっ、情けない」


「いや、さっきからシエラが入っている方角からすげぇ勢いで水の波紋がやってくるんだわ。もしかしなくても滅茶苦茶に震えてない? 寒くない? お湯足す?」


「少しも全然寒くないですけどこの馬鹿! 心配してくれてどうもありがとうございますゥ!」


 俺たちはお互い一糸もまとわない裸のまま。

 お互いに裸を直視しないように。

 背中でお互いの背中を触れ合うようにして、狭い湯舟の中に浸かっていた。


 とはいえ、俺からの要望で彼女は湯舟の中でも身体にタオルを巻くようにお願いしたので、万が一という事はないのだろうが。


「……ところでシエラ? これ本当に効率的だと思う?」


「馬鹿ね先輩。こうしてお風呂に一緒に入るのは合理的かつ最高効率よ」


「そうだな合理的だな……そうかな合理的かな……」


 全然合理的じゃねぇだろうが、俺!?

 何がどうすれば男女2人が風呂に浸かる事が合理的な結果になると言うんだよ!?

 

 彼女の言い分を聞いていると、流石にそんな感想が出てきてしまうのは少しおかしい……いや! 絶対おかしい!


 そもそもこういう状況に陥ってしまう時点で色々とおかしいのでは!?


「ところで先輩はASMRというモノをご存知かしら?」


「エーエス……?」


「Autonomous sensory meridian respons」


 いきなり滅茶苦茶に流麗な発音するの本当に止めてくれない?

 この美少女は顔も良いし、可愛いし、頭も良いのに、更に声も良いだとかこんなの俺の性癖のお子様ランチだよ?

 なにこの美人? これ以上俺の性癖をぶち壊すの本当に止めてくれない?


「日本語に訳すと自律感覚絶頂反応とでも言うべきなのかしら」


「絶頂」


「……いきなり何を言うのよこのド変態……」


 かなりドン引きしたような声音でそういう彼女であったのだが、こほんと鈴がなるような綺麗な声で咳払いをしてみると、俺の発言を完全になかった事にして仕切り直した。


「ついでに英語の勉強をしましょうか。autonomousは自主的なと言う意味合い。sensoryは感覚的な。meridianは人生などにおける絶頂や頂点に全盛期などと言った意味合いを指し、responseは応答や反応を意味します。はい、復唱」


 まるで英語の女教師のようにそう言ってくれた彼女の言葉を文字通り復唱しながらも、こういう場面でも英語の単語の意味や正しい発音を教えてリスニング対策もしてくれる彼女がとても頼もしかった。


「よろしい。これで先輩は4つの単語を覚えた訳ね。で、本題に入る訳なんだけれども」


 そう言うと彼女は背中越しにぴったりと更に近づいてきた。

 彼女のすべすべとした滑らかな肌で覆われた身体がお湯の中で蠢いているのが、揺れる水波で意識せざるを得なくなる。


「ネットで得た情報なのだけれども、ASMRには人間が幸せを感じたときに分泌されるオキシトシンやセロトニンなどの脳内物質から放出される快楽物質と緻密な関係性にあるらしいの。実際、リラックス効果や不眠症に効果があるとも言われているわね」


 とまぁ、背中越しでお互いの耳元が近い状態で、ほんのわずかな音でもすぐさま反響してしまう狭い浴室内で俺は彼女のASMRによるリラックス効果を身体で体験していた。

 実際、彼女の心地よく澄んだ声が俺の肌を直になぞるようで、俺は思わず興奮による鳥肌とある箇所が立ってしまったのであった。


「ネットで得た情報なのだけれども、ASMRって、その……えっち……なのが多いじゃない……?」


「えっち」


「違うから。全然違うから。これは馬鹿な先輩にも分かりやすいような教材をネットで探していたら偶々そういう専門ページに飛ばされただけだから。18歳でもないのに18歳ですって答える訳なんかないじゃない! 当然じゃない! へぇ男の子ってこういうのが好きなんだ参考になるわねって勉強しただけですが!? 今度このバニーガールっていう衣装でも着てみようかしら。取り敢えずこの購入ボタンをポチっと押して……ってェ! この天才的な私がそんな事を思う訳も実行する訳もないでしょこのボケナスゥ!」


 色々と気が動転しまくっていて、ものの見事に自爆しまくっている彼女であるのだが、深く追求してお湯の中に顔を突っ込んで恥ずか死と溺死をさせるのもアレなので、俺は黙って聞く事にした。


「……落ち着きましょう。ですが、それはお試し視聴をしても分かる通り、余りにもそういうオタク向けの内容であり現実味に欠けていたわ。それに耳元で囁かれただけでオキシトシンとセロトニンがドバドバ出るだなんて甚だ疑問でしかない」


「いや、でも実際にそういう効果があるんでしょ? 個人差ぐらい――」


「黙って。今はそんな議論を交わすつもりはないの」


 彼女の冷ややかな声で背筋を思わずぞわぞわしていると、彼女はわざとらしい嘆息を吐き出した。


「という訳で検証を行うわよ」


「検証?」


「今から先輩が私の耳元でいっぱい囁くの。浴室だから反響による効果も期待できるもの。内容は……そうね、ポジティブな内容が好ましいから褒め言葉辺りが妥当かしら。という訳でいっぱい褒めて。出来るだけ褒めて」


 ……なんだろう?

 この後輩は人の事を倒錯的なド変態だとか言っていたけれども、それを言う張本人の彼女も中々に倒錯的なド変態なのではないのだろうか?


 もしかしたら、俺の彼女は人並み以上に性欲がヤバいのかもしれないと思いながら、1日でされたディープキスの総数という物証の所為で後輩の性欲は人並み以下であるという反論をする事は出来そうにもなかった。


「……まぁ? 私が凄くすっごく先輩の事が大好きとはいえ? ASMRで得られるような快楽物質を出すのは難しいとは思うけれど――ヒュッッッッッ!?」


 試しに彼女の背中に自分の背を預けて、自分から密着しに行っただけでこの有り様であったのだが、軽く褒め称えただけでもこの後輩は簡単に死んでしまうのではないのだろうか?


「どどどどどどどどどどど、どうしたのかしら先輩!? ほほほほほほほほほほほほ褒めるなら早くすればぁ!?」


 よくもまぁ、こういう状況で強がれるなと俺は感心しつつも、彼女の望み通りに思いつくだけの褒め言葉を彼女に投げかけた。


「シエラはいつも可愛い」


「にゃァあ!?」


「シエラが生きているだけで嬉しい」


「そ、そんなの先輩がこの世界にいるからに決まって……!?」


「シエラは努力家でいつも綺麗で可愛い姿を見せてくれる」


「ほ、ほひゃ……!? 別に努力なんて今まで……!?」


「努力してる。だってシエラの髪は凄く肌触りがよくて気持ちいい」


「ひょわぁぁぁぁぁぁ……!?」


「シエラとこうして背中越しでくっついているけれど、それだけでも分かるぐらい肌が凄く綺麗だし、いつまでも触っていたくなる」


「ちょ、ちょっと……! も、もう……! 充分! もう充分だからぁ……!」


「そんなシエラが大好き」


「しゅごいぃぃぃ……! ASMRしゅごいよぉぉぉ……!」


「シエラは頭が良いし、教え上手でいつも助かってる。俺には勿体ないぐらいの美人さんで、俺がどうしても一緒にいたいぐらい素敵な人だ」


「シエラがぁ……! シエラが間違ってましたぁ……! お願いだからもう止めてぇ……!? 恥ずかしいよぅ……!? 頭おかしくなっちゃうぅぅぅ……!」


「じゃあもう止める?」


「止めないでよぉぉぉ……! 先輩の意地悪ぅぅぅ……! もっと褒めてよぉぉぉ……!」


 そんなやり取りを湯舟に浸かりながら10分ぐらいして、シエラがそろそろ本格的に痙攣を起こしかけて溺死しかけていたので、急遽中止にしたら全力で泣かれてしまったが、それでも中止を決行したら更に泣かれた。

 

 そんな子供のように泣きじゃくる彼女を泣き止ませるべく頭をポンポンと撫でたり、浴室という反響音があまり発生しない環境下でも疑似的なASMR治療を施して、彼女はようやく正気を取り戻して泣き止んだのであった。


「……ふん、所詮はネットの情報ね。全然気持ち良くなかったわ」


 彼女はクールにそう言ったのだが、そんな台詞を言えるような表情ではなかった。

 具体的に言えば、顔は普通に赤面しているし、風呂場でニヤニヤしすぎていたのか、未だに口の両端が上がったままであり、そして何よりも物凄いほどに輝かんばかりに笑顔であった。


「数十分前の記憶をお持ちでない?」

 

「全然気持ち良くなかったって言っているでしょうがこのボケナスゥ!」


 そう言いながら全力で反論する彼女は自分の身体に付着した水滴をタオルで拭くと、洗面所に置いてあった綺麗な包帯をしゅるしゅると音を立てながら解き、それを自分の身体に器用に巻き付けているのが、見ていないので分からないけれども音で何となく分かった。


「……まだ痛むのか?」


 彼女が全裸の状態で包帯を巻いているだろうから、彼女の身体に目を向けないように明後日の方向を向いていた俺は思わずそう口にしてしまった。


 というのも、彼女が包帯で覆い隠しているのは1ヶ月前に階段から転がり落ちて出来てしまった切り傷や打撲の跡なのである。


「安心して、もう痛みはしないわよ。流石に1ヶ月も経ったらお湯の中に浸かっても痛くないけど……乙女心としては顔の切り傷が気になるわね」


 確か、あの時にお互いの気持ちを伝えあった時にも彼女は頭から大量の血を流していて、その血の量が余りにも多すぎて彼女の両目にも流れ込んでしまうぐらいだったと思う。


 それぐらい酷い傷跡だから中々に塞がらないのだと、彼女は世間話をするようにぼやいていた。


「包帯、巻こうか?」


「変態」


 そう口にした彼女は俺の背に向かって何かを投げつけてきて、それが俺の足元にふわりと空中を舞うように落下していった。

 足元にゆっくりと何かが落ちたので視認してみると、ソレは彼女の綺麗な肢体を巻くための真っ白な包帯であった。


「さっさと巻きなさい。それぐらいは許してあげる」


 彼女のそんな言葉に対して思わず振り返ると、そこには全裸姿の彼女の背中があった。


 当然、包帯を巻くのだから、タオルで隠したりとかはしていなかったが、流石に下半身の下着は着用していたが、ブラジャーのような上半身につけるような下着はしていなかった。


「――――」


 息を飲んでしまうぐらい、彼女は綺麗だった。

 すらりとした長い手足に、肉付きの良い身体に、北欧の血が入っているからか雪のように白い肌。


 そんな新雪のように綺麗で真っ白な肌が、お風呂上りの所為か、或いは単に恥ずかしい所為なのか少しだけ赤くなっていて、後ろからでも見て分かるぐらいには耳が真っ赤になっていた。


「……黙ってないで何か言ってよ。その、綺麗だとか……」


「――ごめん。綺麗すぎて、言葉が出なかった」


「……ふん、当然でしょ。私は先輩の彼女なんだから」


 彼女はとても嬉しそうにそう言うと、胸回りに出来た傷跡を包帯で巻くように指示をしたので、俺は彼女のいう事に従ってその通りにする。


「……随分とまぁ、包帯を巻くのが下手クソね」


「いや、包帯を巻くだなんてそんな経験普通なくない?」


「どうだか。そう言いながら私の裸体を堪能しているだけだったりして。さっきからペタペタと触ってくる手つきがいやらしいったらありゃしない」


「――――」


「あら、いきなり黙りこくってどうしたのかしら? ひょっとして図星? ふぅん最低ね。やっぱり先輩はどうしようもないほどにド変態なのかしら?」


 彼女は上機嫌そうに言うと、包帯を巻き終えた後に罰として俺に彼女の綺麗な髪を丁寧にドライヤーで乾かすように、と命じて。


「ふーん♪ ふふーん♪ えへ、えへへ、ふへへ……! ほーめーらーれーたーほーめーらーれーたー! 先輩にすっごくほーめーらーれーたー!」


 ドライヤーの熱風ごしから、服を着て椅子に座っている彼女の個性的な鼻声と笑い声が聞こえてきたが、恐らくあれは無意識下につい嬉しくなったから歌っているだけだろう。

 

 もし、今あれを指摘したらまた面倒くさい事になるのは火を見るよりも明らかだったので、止めておくことにした。

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