甘え上手な銀髪後輩様の第2形態編

甘え上手な銀髪後輩様は超天才にして超クールで超絶美少女な彼女という第2形態になった

 俺は放課後、後輩の勉強を見ている。


 最近出来たばかりの後輩は2年生であるのだが、彼女は学内でとてつもないほどの有名人であり、その理由が2つある。


 1つ目。彼女は銀髪で、とてつもなく可愛い。

 2つ目。彼女は学年1のバカ――だった。


「だーかーらー! これはこうしないと解けないに決まっているじゃないの!」


「いや、あの、その、この問題はまだ解いている途中でして……」


「えぇ、そうね。その間違ったやり方で10分も悪戦苦闘しているからこうして言っているだけなの。言い訳なんか聞きたくありません。ほら、ちゃんとよく見なさい? こんな問題はこの公式とあの公式を使えば解けるに決まってるの」


「え……あ、本当じゃん、凄く簡単に解けるじゃん、これ……」


「後、貴方がその問題に苦戦している間、私はその類似問題を3つほど集めておきましたので、その問題を解き終えた後にやるように。時間はそうね、1問につき3分で解けるようになれば上出来ね」


「あのシエラさん……? もうそろそろ家に帰らないと学校の門限がヤバいんですけれども……?」


「は? 何か言ったかしら?」


「……なんでもありません……」


 俺は放課後、後輩の勉強を見ているというのは、つい先月までの話であった。

 というのも、学年で1番頭が良い筈の俺は、俺なんかよりも教え上手でとても頭が良くて、年下の美少女である彼女に勉強を教えて貰っているのである。


 俺と彼女が彼氏彼女として付き合う事になるまで、山崎シエラは先月の4月までその事を俺に隠し通していた訳なのだが――色々とあった俺はそんな彼女の秘密を知ってよい人間として認められ、こうして素の彼女に恥ずかしながら勉強を教えて貰っている。


「……全く、本当に仕方のない馬鹿ね。15分以内に解いたらご褒美のキスをあげるわ」


「やるわ」


「そう、なら頑張りなさい。期待して待ってるから……その、あまり待たせないでね……?」


 そして俺は彼女に言われた通りのアドバイスと持ち前の地頭の良さを駆使して全ての問題を5分で解き終え、約束通り彼女との口づけを10分間交わしていた。




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「さて、じゃあさっさと帰りましょうか、先輩」


 夜の8時まで俺の東大受験の勉強に付き合ってくれた後輩と一緒に学校の門を歩いて出て帰宅する訳なのだが……。


「あの、シエラ?」


「何かしら」


「なんでナチュラルに手繋ぐの……?」


「恋人同士なのだからこれぐらい当然じゃない」


 何を言っているのかしらこの馬鹿は、と言わんばかりの口調でそう言っては、夜の闇の中でも分かるぐらいに赤面している彼女と指同士を更に絡めては、ふわりふわりとした肌触りの掌を俺に密着させてきた。


「いや、あの、その……! なんでさっきよりも手を……!?」


「なんでって、先輩が勉強を頑張ったご褒美のつもりだけど……もしかして、足りない、とか? 先輩は随分と欲張りさんなのね……?」


 挑発的な声音でそう言い放つ彼女ではあるのだが……これは余りにもご褒美が過ぎるのではないのか!?


 いや、確かにであるのだが……!

 こんな生活がこれからずっと続くとか最高か!?

 だとしても、この変わりようは本当に一体全体どういう事なのだ!?

 アレか!?

 RPGのラスボスを倒したと思ったら実はそれは最弱の第1形態で、俺はこれから真の姿である第2形態と恋愛しないといけないのか!?

 最高じゃねぇか!?


「そ、それよりもシエラ!」


「何かしら」


「1ヶ月前の怪我はもう大丈夫なのか?」


 俺がそう言うと彼女は「あぁアレ」と昔を思い出すかのように呟くと、まるで日常会話をするかのような気安さであの時の事を改めて語ってくれた。


「大袈裟。階段から何回も落ちて、口と頭と臓器から何回も血を出してしまっただけじゃない。1ヵ月もすれば多少は治るわよ。それに中学校の時に何度も経験してるから大丈夫よ」


「大袈裟じゃないよ⁉」


 というのも、彼女は色々とあってかつて俺たちが出会った中学校の屋上付近の階段で自殺をしようとしていたのだ。

 現に彼女の綺麗な銀髪の色合いで多少隠れているとはいえ、よくよく目を凝らしてみると、彼女の頭部には包帯が巻かれているのが目に見える。


 そんな傷跡が残るほどの自殺を――数ヵ月もすれば完治するとはいえ――実行した理由を尋ねてみようにも、自分の心が弱かっただとか、先輩を信じきれなかったとか、何なら俺の口を物理的に塞いで尋ねるという行為自体を有耶無耶にさせてくるので、俺は未だに彼女が自殺という凶行に走った具体的な理由が分からないのである。


「要するに先輩は私がまた自殺をしないかどうか心配な訳?」


「そりゃ……そうだろ」


 あの時、自殺をしようとした彼女を助けられたから良かったものの、もしも仮に彼女を助けられなかったと思うだけでぞっとする。


 もしも、あの時に少しでも彼女の発見が遅れたり、病院に連れていくのが遅かったりしたらと、そんな事を思うだけでも俺の心臓は、きゅう、と締めつけられそうな気持になってしまいそうになるのだ……が、そんな俺の内情に反するように、彼女は自信満々の輝くような笑みを浮かべていた。


「ふっ、安心なさい。私が自殺するとしても先輩と一緒に心中してやるから。1人で死ぬ気なんて更々ないから。絶対に逃がさないから覚悟して」


「俺の彼女が怖い」


「は? 怖い? 私が? ……聞き間違いかしら? ねぇ、先輩……?」


「ごめんなさい」


「そう。でも私は先輩の心ない発言で機嫌を損ねました。という訳で仲直りのキス」


 彼女がいきなりそう言うと、俺の制服ごしの胸に両手を預けて、つま先立ちをしながら俺の唇と彼女の唇を重ねた。


「……ふへ、ふへへ。ぬへへ……!」


 強気にキスを迫った後、彼女は決まって嬉しそうに顔をほころばせながら、個性的な笑い声を口にする。


 にしても、キスをするのは本日で一体何回目だろうか?


「…………」


 取り敢えず、学校に行く前の朝に1回。

 学校にたどり着いて学年ごとに別れる前に1回。

 1時限目の休み時間に1回。

 2時限目の休み時間に1回。

 3時限目の休み時間に1回。

 4時限目の休み時間を兼ねた昼休みに5回。

 5時限目の休み時間に1回。

 6時限目の休み時間に1回。

 放課後の勉強で7回。

 そして、今ので1回……あ、今2回目になった。


 つまり、俺とシエラは合計21回……更におかわりのキスを要求してきたので、追加分を加算して22回もキスをしている訳なのだ。

 それも軽い挨拶のようなキスではなく、ソレをだ。


「ぬふふ……! ぬへへ……! ぬふっふっふっ……! 先輩とのキス、気持ち良くて大好き……!」


「……シエラって、その、デ……キスが凄く好きだな?」


「は? そんな訳ないじゃない。本当の私はクールでかっこよくて、天才なの。そんな頭脳明晰な私が恋愛なんかに、ましてやキスごときに現を抜かすとでも?」


「……」


「どうして鏡を私に見せてくれるのかしら。そこには超絶美少女で先輩の彼女である私しか映らないわよ?」


「……必要かと思って……」


 ともかく、彼女は以前の彼女とは余りにもかけ離れた性格になってしまった。

 いや、これが本当の彼女とはいえ、なんか、その……余りにもキャラが違うというか……いやでもグイグイと距離を詰めてくる所は全然変わっていないのだけれども……!?


 とはいえ、余りにも心臓に悪すぎるのである……!


「まぁ別にいいけど……そんな事よりも先輩は相変わらず高校数学が苦手ね。さっさと先輩の家に戻ってさっきの勉強の続きをするわよ」


「あ、はい。ソウデスネ……」


「先輩に英語を教えるのは楽でいいわね。ハーバード大学のお義母様とお義父様の影響かしら? 常日頃から英語を聞く環境にあるという強みは素晴らしいわ。そんな事よりも国語ね。現代文は今のところ勉強しなくてもいいけれど、問題は古文と漢文ね。良い点数を取れる時と悪い点数を取ってしまう時の落差が激しすぎる。ひとまずは古文と漢文の平均点数を安定化させること。最終的には国語は最低でも100点は取るようにしなさい」


 後、彼女は自分なんかよりも教え上手であり、とんでもないほどにスパルタ教育者であった。


 確かこの前、我が妹は『シエラちゃんは絶対にドS! ドMの私が言うんだから間違いないよ! 椅子になろう! なってる! シエラちゃんのお尻超気持ちいい! 上からシエラちゃんの侮蔑が聞こえてくるの凄いよぉ!』と言っていたのも頷ける話であり、俺は自分の彼女が加虐体質者サディストである事をこの身で味わっていた。


 というのも、彼女は飴とムチの使い方がえげつないぐらいに上手く、たった1ヶ月もの間で俺の成績は恐ろしいほどに向上しているという自覚があるので、今度挑むことになる実力試験が心の底から楽しみである、のだが。


「……シエラさんは、随分と、その、お厳しいですね……?」


「はっ、お生憎様。私は性格も悪いし、質が悪いし、なんなら意地も悪いのよ? こんな最低な女の事を好きになってしまったのが貴方の運の尽き。精々死ぬまでずっと後悔することね。後、先輩の苦しむ姿を特等席で眺めていたいだけっていう私の乙女心ぐらいは分かってほしいのだけど」


「……ドSだぁ……」

 

「ドSじゃないわ。誰にも媚びない貴方が私だけには従順だっていう事実がすっごく堪らないの」


 そうは言うけれども、彼女はドSだった。

 だが、そんな彼女の真の姿を目の当たりにした俺の母親は微笑みながらも、俺に対して有意義なアドバイスを提供してくれた。


『いい、清司?

 サディストって聞くと、ちょっと怖い印象があるかもしれないけれども、要するに山崎ちゃんは相手を……あんたを喜ばせたいのよ。

 要するに、相手の反応を見る事で幸せに感じるタイプのサディストね。

 私と一緒ね!

 ぶっちゃけ、今まで5年間隠し続けていた鬱憤を晴らそうとする回復行為だろうから、そのうちにきっと収まるでしょう! 多分!

 後、多分だけど山崎ちゃんの性格はドSだけど、恋愛対象への行動は間違いなくドMよ。だから、うん、ファイト! 死なないでね!』

 

 ……という応援とはとても思えないようなありがたいご助言を実の母親から頂いていた俺なのであった。

 

 とはいえ、俺とシエラが彼氏彼女の関係になった際にいの一番に祝福と謝罪をしたのは俺の母親であった。

 母さんはシエラに泣きながら何回も謝罪をしては、絶対にシエラのお母さんにバレないように色々したから安心していいからね! という人としてどうなのかという発言をしていた。


 確かにシエラとシエラの母親との関係性が悪いとはいえ、そこまでするのは流石にどうかと思ってはいたのだが、当の本人が喜んでいたから良しとした。


 とにもかくにも、彼女は自宅のマンションの階段で偶々転がり落ちて、偶々救急車で病院に運ばれたという設定でこの1ヶ月をやり過ごしていた。


(……全く、うちの母さんはどういう人脈を使ったんだか……)


 俺個人としての一番の疑問は中学校で大量に見つかる筈であっただろうシエラの血痕の数々が、何故バレなかったのかが甚だ疑問ではあるのだが……。


「ちょっと。何よその物言いたげな目は。先輩のくせに生意気」


「いや、その、あの……! とにかく帰ろう……!? 母さんたちを待たせてるよ⁉ ご飯を作って俺たちが帰ってくるのを待ってるよ!?」


「む、それはそうね。私とした事が先輩とイチャイチャ……こほん! ……先輩と勉強する事で夢中になってたわね」


「……今、イチャイチャって……」


「何? 何か言った? 言ったわね? はい折檻せっかん。はい接吻せっぷん


「いや、ちょ、待っ!? これで23回目!? 流石にやりすぎ――んむぅっ!?」


 彼女の触れる唇はまるで生き物の動きのように、触れて、離れて、また触れる。

 唇に全集中していると、不意に彼女の鼻から生暖かい風がやってきて、思わず背中に稲妻が走りそうになって、そんな感触を思った瞬間よりも早くに新たな刺激が次々にやってくる。


「んぅ……」


 くすぐったいと言いたげに彼女からそんな甘い声が漏れてきて、そんな彼女の声を耳にしただけで自分の首筋にぞくぞくと鳥肌が立ってしまう。


 心臓が高鳴るように、ぴくり、と自分の肩が跳ねていく。

 巻きつく舌と舌の所為で、自分の舌が痺れていって、どんどん感触が無くなっていくような……あるいはそんな感触を味わう暇すらないのか、どんどん自分の視界は悲しくもないのに涙で溢れていくように視界が段々と霞んでいく。

 

 息の仕方を忘れてしまうほど短くも長い時間を過ごしていると、耳の奥がきんきんと金切り声のような音が鳴り響いているというのに、くちゅくちゅと粘っこい何かが這いずり廻るようなキスの音がする。

 

「……ふぅ」


 完全に主導権を握っていた彼女はそんな深呼吸をしながら、俺の口元から離れていくのだが、俺と彼女の唇には長い長い半透明の涎の糸が繋がっていて、つい先ほどまで俺と彼女は物理的に繋がっていたのだという事を証明させてくる。


「……むふっ、むへへ、ふひひ……!」


 そして、キスをした後は決まってそんな個性的な笑い声をしてくる彼女は、とんでもないほどにワガママなお嬢様で、とっても幸せそうであった。


「……」


 俺はそれならいいかな、と諦めのような或いは嬉しいような、そんな複雑な思いを胸に秘めたまま、もっとキスしたいとねだる彼女と本日24回目のキスをするのであった。

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