甘え上手な銀髪後輩ちゃんは1人、堕ちゆく

『そういえば、山崎ちゃんって大学に行くつもりなの?』

 

「そりゃあ行くつもりですけれど……それ、電話で聞く内容ですか?」


『だって、山崎ちゃんは日曜日も泊まるつもり満々だと私が勝手に思っていたら、塾に行くからお世話になるのは土曜日まででいいですって言うからよ。私、まだまだ山崎ちゃんとはいっぱいお話したかったのに!』


「私も同じ気持ちですけれど、こればかりは海外出張に行っている母親の条件みたいなものですし。1人暮らしをさせる代わりに日曜日には必ず塾に行けっていう」


 先輩の家に寝泊まりをして2日が経過し、日曜日がやってきてしまった私はいつも寝床にしている我が家へと帰り、深夜の2時の時間帯という遅い時間だというのに、私は先輩のお義母様と何気ない会話をベッドの上でスマホを通して行っていた。


(あぁ、でもこのベッドの上はやっぱり落ち着くわね……。ベッドの敷きパッドの上に先輩の盗撮写真を1000枚ぐらい張りつめて、枕の中に盗撮写真を10000枚入れて、夢枕に立つ先輩と一緒に寝るのは健康に良いわね……!)


 私個人としては日曜日も先輩の家に泊まりたかったというのが正直なところではあるのだが……1人暮らしをして色々とこんな有様を見られてしまったら、とやかく言われてしまうのであろう環境を好き勝手に展開してしまっている身としては私の母親の言い分も分からなくはなかった。


 というか、せっかくイイ感じになってきた母親との関係性をぶち壊したくないのは実のところではある。


 なので、父と離婚して海外出張に行った母がいない間に、私の部屋には総計178925枚もの先輩の盗撮写真がある訳でして……!


 あぁ! 1人暮らしって本当に最ッ高ね!

 1人しかいないって素晴らしいわね!

 でも生の先輩に1秒でもいいから早く会いたいのよぉ……!


『塾……という事は、そこでは山崎ちゃんはありのままの頭で活動している訳なのかしら?』


「とっても嫌ですけれどね。とはいえ、万が一にもクラスメイトに顔バレしないように個人の先生をつけさせて貰っていますから大丈夫ですけれど」


『え~? じゃあ山崎ちゃんは清司に色々と教えてもらっているのに、他の人と浮気しちゃってる訳なんだ~?』


「違うわよ!? 私にとっての1番の先生は先輩ですが!? 先輩は私に色々と大切な事を教えてくれましたが!? 勉強だけしか教えない塾講師よりも先輩の方が優秀でイケメンで優しくて格好良くて色々と凄いのよ!? どーして勉強できる天才の私がいちいち塾なんていう人生において何の旨味もない環境に身を置かないといけない訳なのかしら!?」


『素。隠さないといけない素が出ちゃってるわよ山崎ちゃん』


 お義母様に指摘されてしまった私は思わず、はっ、としてこほんとわざとらしい咳払いをした。


 そもそも、約束とはいえ1人暮らしをする為にどうして学生の休日である日曜日を捧げないといけなかったのかしら私!

 月火水木金土日!

 この全ての曜日を24時間先輩と一緒に過ごしたかっただけなのに!

  

 ……待ちなさい、私。

 それは流石に束縛しすぎじゃない、重すぎないかしら私?

 うん、本当は嫌だけど、妥協して毎日23時間ぐらいが丁度いいかしら……。


『本当にお熱いわねぇ。でも私もアメリカに居た時は同じような気持ちだったから凄く分かるわよ!』


「分かってくださいますかお義母様!」


『うんうん。よくお父さんのマンションのセキュリティを突破して無断侵入して部屋の掃除をしてあげたり、あの人が眠るベッドの下で不審者がやってこないように見張っていたわ!』


「わぁ……! それ、すっごく素敵ですね……! お義母様には到底敵わないでしょうけれど、私は自分の部屋を大好きな先輩の写真で埋め尽くしてます! 壁とか天井とか!」


『うわ滅茶苦茶素敵ー! でも壁一面に好きな人の写真を貼っちゃうの分かるー!』


「分かってくださいますかお義母様!」


『だってやってたしー!』


「やっちゃいますよねー!」


『やめられないのよねー!』


 ねー! と私たちは異口同音でそんな発言を繰り出しながら、私は理解者との会話に思わず盛り上がってしまい、気づけば無意識のうちにベッドの上で仰向けになりながらも両足をぶんぶんと上下に何回も振り上げては振り下ろしていた。


「あ、そういえばお義母様、ご質問したい事があるんですけれども宜しいでしょうか?」


『んー? なーに?』


 とても質問がしやすいような間延びした返事でそう口にしてくれた彼女に対して、私は前々から彼女に抱いていたとある質問をせっかくだったので投げかけた。


「お義母様って、自分の頭が良い事って周囲から隠していましたか?」 


 彼女の話を聞くに、彼女はハーバード大学という超が何個もついてしまうほどの難関大学を卒業したという存在であり、彼女の頭が良いという事実はどう足搔いても不変と言うしかない。


 けれども、頭が良いというのは単純に周囲から迫害されてしまうリスクを孕んでいるものなのだ。


『……そっか。山崎ちゃんも大変だったのね』


 そう言うと彼女は電話の向こう側で軽く鼻で笑うような――まるで昔の自分を嘲笑うかのような冷い笑い声を少しだけ発して。


『私も、頭の良さでいじめられたことがあるのよね』


「……そうですか」


『諦めた訳じゃないけれども……そういう星の元に生まれてしまったとしか言いようがないのよね。何て言えばいいのかなー。私、なにかしちゃいました? って感じかな。人と感覚が違うのは当たり前の話なんだろうけれど、余りにも違い過ぎて怖がられたというか……って人に思わせちゃうのよね』


 私は、納得するしか出来なかった。


『日本ってよく勉強ができる人間の事をというレッテルを貼る事で侮辱し、努力しない自分たちを正当化し、それだけでは自分たちが我慢ならないからいじめるという行いがまかり通っているじゃない? もちろん、という私たちの態度が、いじめる側の感情を逆撫でにしてしまっている可能性もなくもないけどね』


 昨今では、勉強できなくても人並み以上の技術や感性があればガリ勉たちよりも充実した生活を送れるような世の中であるという風潮にある訳だが……これもまた、頭の良い人間に対する正当防衛に思えてならない。


『まぁ、こればっかりはどうしようもないというか。人間ガチャに敗北してしまったとしか……あ、それを言ったら産まれた時代ガチャもあるね? 私の時代ならまだしも、山崎ちゃんの時代にはスマホがある訳だし。いじめで壊れた人を助ける方法よりも、の方が簡単に調べられるのはちょっとアレだよね』 


 山﨑ちゃんの時代も大変だねぇ、とまるで自分の事のように心配してくれているお義母様を前に私はそんな心配はしなくていいですよ、と思わず声に出してしまう訳なのだが、それは貴女もでしょ、と至極もっともな言葉を返された。


『さて、そんな事よりも自分の頭の良さを隠すか否かだったわね。うん、私は大好きになった人がハーバード大学の先輩だったから、頭の良さを隠す必要がなかったのよね。むしろ、向こうも飛び級してくるぐらい頭がいい女性がタイプだったというのもラッキーだったのよ』


 だから山崎ちゃんの恋愛のアドバイスにはなれなくてごめんね、と彼女は謝ってくれた。


 どうしてこの人は私と同じような境遇に遭ってしまったというのにも関わらず、こんなにも親身になってくれるのだろうかと理由を探してしまうぐらいに、彼女は優しく、大人であった。


「実際問題、私は人並みの生活を送る為に自分の性格と成績を隠しています。そうしないと周囲から迫害されてしまったから。だけど、その事を先輩に隠したまま押し通すのは……先輩に対して酷く不誠実なんかじゃないかって……昨日、歌乃ちゃんと話している時に思ってしまって」


『なるほどね。じゃあ、私が山崎ちゃんの髪をドライヤーで乾かしていた時にした話は覚えている?』


「嘘には良いと悪いがあって、それは頭の良い嘘と頭の悪い嘘の2つであるでしたか」


『あぁ、それもあるわね。でも個人的に大切だと思っているのはって事』


 あの日、お義母様が私の髪の毛を優しく丁寧に乾かしてくれた暖かい記憶を思い出しながら、私は彼女が口にしてくれたその事について深く考察をした。


「……」


 騙されたが、それを許してしまうほどに、好きにさせる。

 つまりそれはという事に他ならない。

 

 でも、それは――。


「怖い、ですね」


『そりゃそうでしょ。この場合の嘘は逆学歴詐称だし、清司からしてみれば教えてあげている子が実は自分なんかよりも超がつくほど天才だった訳で、という意味合いなのだから』

 

 そんなのは普通に考えてみれば、赤子でも分かることだ。

 人生の桶狭間とでも言うべきような大学受験で、その期間中に毎日のように他人に勉強を教えろだなんて、そんなのは殴られてもおかしくないほどの案件でしかないのに優しいあの先輩はそんな事をしてくれている。


 私が嘘をついているとも知らないで。


『じゃあ貴女は、ずっと永遠に、本当の自分のことを大好きな人に明かさないまま、偽物の自分でずっと付き合っていくつもりなの?』


「……そんなの」


 明かしたいに決まっている。

 私はあの日先輩が助けてくれた人間で、本当は心の底から大好きだって、恥を承知で明かしたい。


 でも、だけど、それは……余りにも自分勝手ではないのか。

 今までの記憶を閲覧して思い返してみれば、分かることではないか。

 本当の私は、絶対に誰にも愛されないって。


「……」


 いや、それは自分が勝手についてしまっている嘘であり、自分を守るためだけについているだけの幼い嘘でしかない。

 だって事実として、お義母様も、歌乃ちゃんも、本当の私の事を受け入れてくれたではないか。


 だから、きっと、先輩も本当の私の事を受け入れてくれるに違いない――。
















『――気持ち悪い』













「……あ……」


 忘れられない母の声が、いきなり思い出されてしまった。

 そうだ、そうではないか。

 ありのままの私が愛される訳がないという事を、私はすっかりと忘れていた。


「……そんな訳、ない……」


 先輩が本当の私の事を受け入れてくれるに違いないだなんて、そんなのは余りにも杜撰な希望的観測だ。

 他2人が受け入れてくれたから、残り1人も受け入れてくれるに違いないだなんて、そんなのは余りにも図々し過ぎる。


 それにお義母様も歌乃ちゃんにも、私は彼女に実害が出るような嘘をついてはいなくて、実際に害が出てしまっているのは受験勉強という大切な時間を奪ってしまっている先輩ではないか。


 好きだから、という理由で浅はかな嘘をついてしまった代償がこの有り様だ。

 絶対に愛されないと変な自信に支配されてしまった私は、先輩が私の事を絶対に拒絶するに違いないと信じて仕方がない。


 仮に私が嘘をついていた事を先輩に明らかにして、その事を知った先輩の顔が今までに私に見せてきた顔で無くなったら、一体どうすればいい。


 母のように、まるで怪物を見るような恐怖の瞳か。

 父のように、出来損ないを見るような落胆の瞳か。

 同級生のように、親の仇を見るような憎悪の瞳か。


 大好きな先輩のあの優しい瞳が、あんな瞳になって私を見てきたら、私はどう生きればいいの――?


「……そんなの、いや……」


 あんな忘れられない目で、あの先輩が私を見てくると想像するだけで私はどうしようもないほどに臆病になってしまう。


 嘘は嘘のままでいいではないか、と心の中の私が囁いてきて、そうすればいいではないかと思わず考えなしに肯定してしまいそうになる。


 私の心の弱さで勝手に作り上げた先輩が私を追い詰めようとしてくる。

 先輩がそんな事をする筈がないって知っているのに……いや、そもそもそれ自体が思い込みではないのか。


『……? 山崎ちゃん……? どうしたの……?』


 でも、知ってほしいのだ。

 5年前からずっと、先輩の事が大好きで仕方ないほどに大好きだって知ってほしい。

 本当は、本当の自分の事を、先輩に知ってほしい。

 

 だというのに、私は先輩を信じているのに、信じられない。

 

 いや、違う。

 私は最初から先輩の事を微塵も信じていなくて、きっと最初から


「……私は、なんで……」

 

 なんで、こんなにも自分勝手なんだろう。

 なんで、こんなにも性格が悪い女なんだろう。

 なんで、こんなにも嘘をつかないといけなかったのだろう。

 なんで、こんなにも馬鹿なのだろう。

 なんで、こんなにも苦しいのだろう。


 なんで、なんで、なんで、こんな時でさえも自分自身の事しか考えていないの――!?


「……っ……!」


 嘘なんかに頼らないと存在できないような人間が、最低最悪な人間が……いや、人間と呼ぶことさえも烏滸がましい存在が先輩に愛される資格なんて、最初からある訳がなかったじゃないの――!?


「お義母様……いえ、首藤さん。夜分遅くに急に電話をしてしまってすみませんでした。ちょっと考えたい事が出来たので失礼します」


『え? あ、ちょ、山崎ちゃ――!?』


 私の行動を遮ってくれた暖かい声を無視して、私は電話を切る。

 もう二度と、彼女に電話を掛ける事はないだろう。

 

「……」


 時計の針を見る。

 時計の針は深夜の3時を指していて、あの台風の日の時も深夜の3時だったな、と私は何となく思い出してしまっていた。

 

「……罪を、償わないと……」


 あの台風の日に私が向かおうとしたあの屋上の先で。

 私はあの時の続きをしなければ――。




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 俺は放課後、後輩の勉強を見ている。

 月曜日の清々しい朝を迎える前の時間帯、深夜の3時まで受験勉強に励んでいた俺

はいつもの日課である深夜の勉強をほどほどに終わらせて、今日の朝にある学校に備えるべく今から眠りにつこうとするとした矢先の事であった。


 眠る前の意識をかき乱すような、うるさい音が鳴り響いた。


 そんな音の所為で俺は一体何の音だったのかを眠い目を擦りながら周囲の様子を見渡してみると、音の正体はどうにもスマホの着信音であるらしかった。


「……こんな時間に連絡とかどこの馬鹿だよ……」


 俺は一体誰がこんな時間帯に連絡を寄こしやがったのかと内心で苛立ちながらも、スマホのブルーライトを直に浴びながら、その画面を見た。


 


『すみません。風邪を引いてしまったので暫く学校を休ませて頂きます。放課後の勉強会は暫くの間キャンセルでお願いします。体調管理が出来なくて本当に申し訳ありません。先輩は何卒自分の勉強をなさってください。今までありがとうございました』




 淡々とした文面を読んでしまった俺は肌が思わずぞわりとするような、眠気が吹き飛んでしまうような、何かとんでもないほどに嫌な予感を感じてしまった。


 もちろん、今日1日あのかわいい後輩と勉強と言う体で一緒にいられる時間が減ってしまうというのもあるが、それ以上に心配な点があるのだ。


「……あいつ、確か1人暮らしだったよな……」


 彼女と一緒にこの家で寝泊まりをした際に知ってしまったのだが、山崎シエラは1人暮らしをしているのだ。


 それも1人暮らしをしておきながら、食事を簡易的なカップラーメンで済ませるような人間である事は彼女の購入したものを見れば分かる事だ。


 であれば、風邪の時にあると便利な生理食塩水だとか、果物だとか、そういう備えが後輩の家の中にあるとは到底思えない。


「……それもあるけど、さ」


 何と言えばいいのだろうか。

 今、ここで俺が行かないとどうしようもない、取り返しがつかないような事が起こってしまうような気がするのだ。


 そもそも、こんな時間帯にあの後輩が今1人で自宅療養をしているという連絡を普通に考えて送るだろうか?


 そんなのはありえない。

 まるでこの文面は彼女が自分を助けてほしいと訴えているかのようで――。


「……よし」


 とある決心をした俺は後輩から届いたメールの画面を指で払いのけると、手元に持っているスマホから電話番号を入力し、とある場所に独断で電話をかけた。


「3時におはよう母さん。風邪ひいたから学校を休むわ。だから連絡よろしく。後、夜遊びしてくるわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る