第2話 開戦

 前方に単縦陣を組んで展開する10隻もの海域制圧艦が45口径30サンチ2連装砲を左舷へと旋回させると、返答代わりとばかりに間髪入れず轟音を響かせた。

 戦争は呆気なく始まった。

 放たれた砲弾が数カ所に収束し、地面に叩きつけられていく。

 海域制圧艦1隻辺りの主砲塔は5基。そのうち2番、3番砲は片舷に1基づつだから、全て合わせて40基80門の砲塔が上陸地点に指向されている事になる。

 まるで噴火の如く轟々と舞い上がる土煙を観察していると、小さく飛び弾ける黒点が見えた。おそらく敵の魔道士、あるいは魔法の才を持たない2等市民出身の歩兵のいずれかだろう。


「ほほう、凄いものだな。こうも正確に火力集中点を割り出すとは」

 

 リリアは人間をはじめ、あらゆる生物の神経の動きや魔道士の魔力反応を察知し、特定の個人に思念を伝達出来る。それが人工魔道士として彼女に付与された能力だ。

 弾着を合図に襲撃戦車ヴィルケリスが大挙して海岸線に向け突き進み、その後ろを水陸両用兵員輸送車が続く。もちろん敵も反撃して来るが暗闇に紛れて進む喫水の深い兵器群に狙いが定まらない。光学機器を用いず肉眼で戦闘を行う魔道士故の欠点だ。

海上に風系魔法の雷光が走るが、密閉された兵器は電撃を通さない。

 炎系魔法も海上では威力が減殺される上に、ヴィルケリスに取り付けられた舟型のの浮行装置が中空装甲代わりとなり防がれる。氷系魔法も上から氷塊を落とすだけの中級のものならば躱す事も可能だ。

 敵の魔道士が実戦で使う魔法は全てが中級。数に任せて波間を進む友軍は、損害を出しつつも、ついに指呼の間に海岸線を捉えた。

 第1波の上陸と同時に夜明けが来る。当然だ。そうなるように計算したのだから。視界の狭い戦車だからこそ、独力での夜間戦闘は避けねばならない。

 陽光を背に受けながら砂地に踏み入れたヴィルケリスが、一斉に機関砲を乱射し始めた。炸薬を詰めた2サンチ砲弾が魔道士を吹き飛ばす。

 誤射を避ける為に上陸時は艦砲射撃を中止するはずだが、リリアの誘導による砲撃は友軍が上陸した後も続いていた。そして艦砲と機関砲の弾幕の中、水陸両用兵員輸送車が上陸し、後部から歩兵達が続々と飛び出した。

 リリアが報告する。


「海岸線の両翼後方より、反応が増えつつあります。多くは人間のものではありません」


「甲竜タラスクを駆る竜騎兵どもだろう。機動防御にはうってつけだ。歩兵や襲撃戦車だけじゃあ、ちょいとばかり荷が重いか」


 竜騎兵の来援が伝わったのだろう。敵の応戦も徐々に激しさを増していく。味方の歩兵が炎系呪文によって焼かれる光景が飛び込んで来た。

 魔道士達が手をかざすと次々と火球を発射し、歩兵を紅蓮の炎で包んでいく。焼かれた者達は壊れた傀儡の人形のように出鱈目に手足を動かしながら倒れ込むと浜辺をのたうち回り、やがて動かなくなった。この距離で目の当たりにしても、見るに耐えない光景だ。僕は腹から込み上げるものを必至に抑えた。望遠鏡を使うべきではなかったか。

 開戦劈頭こそ優勢に見えたが、やはり敵の魔道士は手強い。敵歩兵も同時に相手にするとなれば味方の負担も大きくなる。

 敵歩兵の武器はこちらのそれに比べれば実にお粗末なもので、中には弓銃まで装備している部隊すらある。しかし数が多い。リリアの誘導による艦砲射撃だけで、その全てを薙ぎ払うのは困難だろう。

 もう少し艦隊を接近させて反応を拾えるようにすれば良いのだが、巨大な海域制圧艦では、魔法の的になってしまう。援護射撃を提供する艦がやられては本末転倒だ。


 このまま攻撃が進展しないなか、両翼から竜騎兵による挟撃を受ければ、包囲撃滅されてしまう。

 もちろん、艦砲射撃で竜騎兵を叩く事は可能だ。しかし、跨上した竜騎兵は倒せてもタラスクそのものを倒すことは出来ない。前上方から降り注ぐ艦砲弾では、あの硬い甲羅に弾かれてしまう。

 竜騎兵による制御を失い凶暴化したタラスクがこちらに殺到すれば、敵味方問わず甚大な被害が出る。


「いくら人工魔道士と言ったところで、索敵範囲には限界はあるか?」


「申し訳ありません」


 リリアは目を閉じながら謝罪を口にする。


「別に嬢ちゃんを責めちゃあいねぇよ。反応が拾えなけりゃあ近づくまでだ。そうだろう?」


 実に楽しそうな笑みを浮かべると中将は続けて言った。


「どのみち歩兵や襲撃戦車だけでは魔道士に対抗しきれん。腹に収めてる奴らの出番だな」


「まさか!」


 地積も十分に確保出来てない状況で、護衛戦車による敵前上陸を仕掛けるつもりか? こんな大型の揚陸艦で? 無謀過ぎる。


「大丈夫だ、学者先生殿。こっちには幸運の女神がついている。そうだろう?」


「ええ、問題ありません。こちらとしては距離を詰めてくれた方が敵の反応を拾えますから」


 可憐な容姿とは裏腹に強気な言葉を口にするリリア。これにはいささか驚愕した。

 豪胆といえば聞こえは良いが、自分自身を最大限に道具として扱っている。僕にはそう見えてしまうのだ。


「リリア、待って……」


「気に入ったぞ! 取舵一杯! 上陸準備開始! おい嬢ちゃん、前方の機関銃手に思念を送ってやれ。艦砲誘導も忘れんなよ」


 僕の言葉を遮るようにして中将が叫ぶ。

 海賊上がりの海軍将校には放胆な人物が多く、組織の中にあっても個人としての戦果を求める癖があるとは聞いていたが、まさかこれ程とは。


「お待ち下さい中将閣下。この戦区の指揮官が先行すれば艦隊の指揮に関わります」


 僕の忠告に不敵な笑みを見せると中将は通信機を掴み、信じられない事を口にした。


「チェスタトンよりホッブズ、これより我、海岸に揚陸す。指揮を引き継がれたし。繰り返す、指揮を引き継がれたし。交信終わり」


 そんな馬鹿な、なんて人だ。艦隊指揮官が、指揮を一方的に投げ出し前線に向かうなんてあり得ない。おそらく僚艦の艦長も同じ思いで居る事だろう。


「ようし! 嬢ちゃん、前方の機関銃手に思念送ってやれ、戦車野郎どもに極上の絨毯を敷いてやるんだ! 敵さんの挽き肉を使ってなぁ!」


 ああ、もうこうなった以上は僕も覚悟を決めるしかない。

 リリアとともに後方から索敵と調査を進めるのみで、最前線に出る事などあり得ないと思っていた自分が愚かだった。

 地理学者にとって実地調査は確かに大事だし、世界儀の空白を埋め、地理条件に基づいた恒久平和を実現するのが僕の夢でもある。

 しかし、軍隊の護衛下や国同士の合意の上での実地調査ならいざ知らず、戦場の只中に放り出される事になるとはまったくの想定外だった。『男の子だろう』、『貴族は義務を負うものよ』などと言いながら満面の笑顔で僕をこの地獄に送り出した両親に、今さらながら腹が立って来る。

 こうして悵恨の念に囚われているうちにも海岸線が迫って来る。艦砲射撃が着弾するなか、4つの前方機関銃に陣取る兵士達が撃ち鳴らす火線も更に激しさを増していく。

 敵の兵士や魔道士を、まるで機械作業のように淡々と弾雨で引き裂きながら、揚陸艦チェスタトンは払暁の海を突き進む。


「野郎どもチビるんじゃないぞ?」


 そう言うとギムレット中将は、まるで北方の魔人族さながらの高笑いを響かせた。

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