私は姉で、君は弟

人類の姉

私は姉で、君は弟

 今では嫌いだけど、昔の夏は結構好きだったんだ。


 だって、今ほど暑くはなかったし、小学生の頃の夏休みは今よりもとても長かったんだ。でも、一番大きいのは虫の存在かな?僕は虫がとても好きだからね。夏になれば虫を捕まえようと色々な山を走り回ったものだよ


 ……あっ、虫なんて夏以外にもいるとか思ってるでしょ。否定はしないけど、虫が一番活発になるのは夏なんだよ。カブトムシは冬にはいないし、蝉はあからさまに鳴き出すでしょ?

 それは虫は夏が一番活発に動けるって証明なんだよ……鈴虫は秋で鳴く?そんな、揚げ足を取ろうとしなくて良いからさ。とりあえず、最後まで聞いてよ。


 コホン、えーっと……今からする話はそんなまだ僕が夏が好きだった頃の話だよ。具体的に何年前かは覚えていないけど……小学生の頃なのは間違いない。


 夏休み中頃、当時の僕はお爺ちゃんの実家に遊びに行っていてね。理由は簡単で、お爺ちゃんの家は結構田舎の方にあるんだ。田舎だから自然も豊富でだから虫もいっぱい居る。

 だから、夏になれば僕は必ずお爺ちゃんの家に行きたいと駄々をこね、毎年連れていってもらってたんだよ。僕は一人っ子だしもう十分成長してるから、そんなに負荷にはならないってのと、孫の顔が見たかのもあるんだろうね。お爺ちゃんも喜んで僕を迎え入れてくれていたんだ。


 やっぱり田舎は良いよね。自然が沢山でそれを感じ取れる。お爺ちゃんの家に居る時は毎日虫網と虫かごを持って山へと出掛けたんだ。

 ただ、獣も居るからあんまり山の奥まで行くなとは言われてたんだ。まあ、守らず何回かは頂上まで登ってたけど。

 お爺ちゃんもそれには気づいていたようだけど、見ない振りをしてくれたみたい。冒険は子供の特権と見逃してくれたのかもね。


 でも、そんなお爺ちゃんでも、僕が近くに行くだけでわざわざ止めやってくるに山があったんだ。

 理由は教えてくれないけど立ち入り禁止の山らしくて、地元の子供も大人も誰も近づかない。つまり、人の手が入っていない大自然ってことなんだ。


 手つかずということは虫も他の山より多く存在する。そう考えた僕は夜にひっそりとその山に登ることにしたんだ。カブトムシだって夜行性だし、都合が良い。

 いつものセットに懐中電灯。それだけを手に持って、お爺ちゃんも寝静まった深夜に僕はこっそりと家を抜ける。

 目的はその山。深夜というだけあって誰も居なくて僕は誰にも止められることなく、その立ち入り禁止の山へと登ったんだ。

 で、その山はどうだったのかと言うと……なんてことはない普通の山だったんだ。カブトムシやクワガタが少し多いな、とは思ったけどそれぐらい。想像していた程大量には居なかったし、立ち入り禁止になるような危険はどこにもなかった。


 なんだか肩透かしだな、なんて思ってそろそろ帰ろうかな……なんて、思って振り返った時だよ。そこに、


 白いワンピースに麦わら帽子。腰よりも長い黒い髪。暗い筈なのに何故だか顔はしっかりと見えて、こちらを見てニコニコ笑顔を浮かべてるのが分かった。


 その時、僕はそのお姉さんに恐怖を覚えたんだ。


 もしかすれば、その女性は単に虫を捕まえようとはしゃいでる僕を見て微笑んでいただけかもしれないし、ずっと笑顔のお姉さんが僕を偶然見ただけなのかもしれない。

 でも、そこは立ち入り禁止の山の中。そして、時間帯はみんな寝静まった深夜。それなのにそのお姉さんはその山に居て、懐中電灯どころか明かりになりそうなものを一つも持っていない。

 不審者のようには見えないけど、状況はお姉さんを怪しい存在であると裏付けている。逃げるべきか、無視するべきか……そこまで考えた時、お姉さんが話しかけてきたんだ。


『あれ、もう虫取りはいいの?』

『……ねぇ、なんでここに居るの?』

『なんでって?』

 

 会話ができるから、そこに居る理由さえ分かれば怖い存在ではないのかもしれない。そう思って、お姉さんの質問を無視して質問したわけだけど、お姉さんは不思議そうな顔でそう返すだけ。だから、また質問したんだ。


『この山に居る理由だよ。ここは立ち入り禁止なんでしょ?それに今は深夜なのに……だから、お姉さんがここに居る理由が知りたくて』

『あー、成る程……』


 僕のその言葉にお姉さんは何か納得言ったように、少しだけ考える様子を見せて、そして質問に答えてくれた。


『ここはね、単に立ち入り禁止の山じゃなくて一人では立ち入ってはいけない山なんだ』

『……一人では立ち入ってはいけない山?』

『そうだから、君が一人でこの山に入ろうとしたから慌てて私が追いかけてきたんだよ。私がいれば一人じゃなくて二人になるからね』


 一人では立ち入ってはいけない山。そんな話はお爺ちゃんからも聞いたことがなかったし、そもそも二人なら入っていい理由も分からない。

 けれど、お姉さんは嘘を言っているようには見えなくて、田舎の方だから変な仕来りでもあるのかなってとりあえず納得したんだ。


『心配してつけてきたんだけど、君が楽しそうに虫取りを続けてたから私も楽しくなっちゃってね。ついつい笑顔になっちゃったよ』

『……そっか。でも、深夜に起きていた理由は?単なる偶然?』

『そうそう、偶然起きててね。家を抜け出す君を見て慌ててやって来たんだ』


 僕がこの山に忍び込む計画はその日の前日に突発的に決めたものだから、誰にも知られていない。だから、偶然だと言われると納得するしかなかったんだ。

 そんなこともあるんだ……って思ってると、お姉さんがこちらに手を伸ばして口を開いたんだ。


『それより、虫取りが終わったなら一緒に帰ろうか。暗い山は危険だからね』

『えっ、でもお姉ちゃんと僕は家が違──』


?」


──ああ、もう台詞を取らないでよ。しかも、そんなに笑って……うん、そうだよ。僕がお姉ちゃんを知らない人だと勘違いしてたって話さ。

 当時の僕もどうかしてるよね。虫取りをしてる僕を見てニコニコ微笑んでいるのなんてお姉ちゃん以外にいない筈なのにさ。なんだかんだ深夜って時間帯に怖がってたのかもね、


 あー、ごめんね。怖い話をしてって言われたのにこんな話しかなくて……しかも、お姉ちゃんが当事者のやつだし。

 こんな話じゃ全く涼しくならないでしょ?ああ、全く最近の夏は暑すぎるよね。夏休みは短いし。


 全く、だから僕は夏が嫌いなんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私は姉で、君は弟 人類の姉 @jinruinoane

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ