第二部
第八話 少年は一目惚れなるものを体験する
『つまり、この言語では最初に品詞を宣言するわけか、それはわからんわ......てかフィルくん、大丈夫?』
暑い。腹がすく。水飲みたい。
(その目は節穴なのか?これが大丈夫そうに見えるのか?)
天を仰ぎ、途方に暮れている僕が町にたどり着くのはここから3時間後のことである。
「水...ください」
門番はそれを見て、なれた様子で水の入った皮の水筒をくれた。
断言しておこう。水より美味いものはこの世界に存在しない。
門番は暇そうに僕を見ていて、ふと気づいたように話しかけた。
「ん?お前、アンカ村のあの子供か。災難だったな。あんな辺境に盗賊がくるなんてなあ」
そう言う門番に水筒を渡し、とびっきりの笑顔を作った。
「いやあ、あのときはさすがの職務怠慢っぷりでしたね!水、ありがとうございます」
門番の顔が驚きから怒りに変わる前にさっさと門をくぐる。
すると、すぐにごった返す人々とその喧噪が広がっていた。
ピンクから青まで様々な髪色と瞳を持つ人々が行き交う様はまさに圧巻であり、少し少ーし圧倒された。
『っっっすげえ!ここは異世界か?!』
悪魔の声がここの誰の声よりも大きい声で響き渡る。
『いや、うん、ここは異世界だろ!そうに決まってる。まさに巷の異世界転生を果たしたのか?いや異世界転霊か!』
...実にうるさい。
(素晴らしいことを思いついたんだ。悪魔の口を目へと変換したらいいんじゃないか?)
そう言って悪魔に顔を向ける。
『...フィルくん、妹ちゃんと離れてから毒舌になってない?』
顔を前へ戻し、歩みを進める。まずは仕事を見つけなければいけない。
こうして途方に暮れていた僕がより途方に暮れるのはここから3時間後、日が落ち切ったときのことである。
「ぐぎゅううーー」
お腹がすさまじい音をだす。
『なんか食事くれるところとかないの?』
(そんなところがあったらこんな苦労して)
建物に飾られている円のマークが目に入る。
(あったかも)
『あるやん』
ここ周辺でも特に目立つ大きな建物へと近づく。
(これが教会だと思う。初めて見たから自信ないけど)
誰かに尋ねられないかと周りを見るが遅い時間ということもあって人はほとんどいない。
『とりあえず、入りなよ。中に誰かいるし』
ここで悩んでいても餓死するだけか。
大きな扉を押し、少しできた隙間に体を滑り込ませる。
中で像に向かってひざまずいていた白い服の少女がこちらを振り返った。
それはまるで神話のようであった。透き通るような白い肌はまるでかの雪の様相を呈し、こちらを見て驚愕し見開かれた赤い目は地平線へ吸い込まれている夕日のよう、振り返った衝撃で風を含む銀髪はまるで光り輝く宝石のように舞う。そして、怒りを含んだ目でこちらを見る姿は悪しき敵に向かう力強き聖女と重なる。
『おーい、なんか怒ってるっぽいけど、大丈夫?』
ふと現実に引き戻される。
「日の落ちたあとに教会を訪れるとはどういう了見ですか!」
鈴のなるような美しい声に聞きほれる時間も終わり、あわてて口を開く。
「あの、辺境から来たもので、教会に来るのはは初めてなんです」
僕がそういうと彼女は僕のことを疑り深く見つめた後、小さくため息をついた。
「教会は神の住まう場です。夜の穢れを持ち込まぬように、日が落ちてから入ることは禁止されています」
顔が青ざめていくのが感じられる。
「そ、そうなんですか?それは罰当たりなことを」
「まあ、知らなかったというなら仕方ないです。神もそれを咎めるほど器が小さい方ではありませんよ。そもそも私が鍵をかけ忘れたのが原因ですしね」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、神は慈悲深いですから、ただ、このことが人に知られれば確実に殺されるでしょうから気をつけ
「ぐぎゅるるうううーー」
大きな腹の音が教会に響き渡り、恥ずかしさで気絶しそうになる。
「何か腹を満たすものを持ってきましょう」
彼女は苦笑いをすると奥の扉へと去っていった。
『いわゆる修道女っていうやつか、それにしてもきれいな子だなあ』
(うん、とても......美しいと思う。)
教会を見渡す。真ん中に像があり、周りの壁には絵が描かれている。
『えっと、フィルくんもしかしてあの子に一目惚
(あー、勇者の壁画がある)
悪魔の戯れ言を遮り、壁画を見つめる。
勇者の物語はよく母さんが語ってくれた。とても好きな物語だ。
「それが好きなんですか?」
後ろから声をかけられ、振り返ると、彼女がパンを持っていた。
断言しておこう。パンより美味いものはこの世界に存在しない。
「南領の人は勇者の物語が好きですよね。やっぱり勇者の地元だからでしょうか」
「そうなんですか?初めて知りました」
『フィルくん、やっぱりこの子にやさしくね?』
「どの話が好きなんですか?」
「うーん、ラストで大聖女様と勇者が結婚する場面は
「それはないです」
急に冷たい声で否定され、驚いて彼女を見た。
「そういう空想話ってここらではまだ残っているんですね。聖女とは神の妻ですから、勇者と結婚するなんてことはないですよ」
「ああ、そうなんですね...」
...気まずい。
『てか、修道女さんなら妹ちゃんのこと知ってるんじゃね?』
(おお、その実在しない頭でよく考えられたな)
即座に悪魔の案を採用し、話しをきりだす。
「あの修道院の生活とかって知ってます?妹が修道院に入ったんです」
「どこの修道院かわからないので、詳しくはわかりませんが、それでもいいならある程度説明できますよ」
「なら、お願いします!」
「修道院では基本的に山奥などで俗世とふれあわず生活しますね。そのため、生きるための食料も自分たちで確保しなければならないので大変ではありますが、基本的に飢え死にするようなところでもないし、慣れればいいところですよ」
「よく知ってるんですね」
「私も幼いころは修道院にいましたから」
「そうなんですか!修道院って入ったらもう一生そこにいるのかと思ってました」
「基本的にはそうですよ。ただ、私にはあまり修道院が合わなくて、それで修道院からこっそり抜け出してしまったんです」
「勇気があるんですね」
「いや、そんなことは、私は...姉に連れられて出ただけですから」
「お姉さんがいるんですね」
「ええ...いました」
彼女は立ち上がった。
「こんな時間なら人も少ないでしょうし、教会からでるのを見る人もいないでしょう」
「はい、ありがとうございました」
僕も立ち上がった。正面の扉に向かって歩く。
「ああ、そうだ、仕事を探すならゴードンという便利屋を探すといいでしょう」
...
(ゴードン?)
『ゴードンってあのおっちゃん?』
二人の心の声が重なる。
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