桜木静香の恋愛備忘録~普通の男の子が風俗のトップになるまで~

ひのた

序章 桜木静香という僕

窓に打ち付ける水滴の音で目が覚めた。

体を起こし、枕元のスイッチを押すと、カーテンがゆっくりとスライドする。現れた窓のその向こうには、分厚い雨雲と激しく降り注ぐ雨がいた。

「んーっ…」

両手を天井に向かって伸ばして、大きく息を吐いた。

今日は湿度が高そうで嫌だなあ。

傍らで眠っている翔ちゃんをちょんちょんと指でつついた。

「翔ちゃん雨凄いよー」

「ん…んん…」

もぞもぞとタオルケットの中で動いた後、仰向けになって薄く目を開けた。

「…おはようのキスは?」

ぼそ、と口を小さく開けて言う。

僕はにやにやと笑った。

「んーしてほしいの?」

答えはわかっているけど、焦らすようにわざと知らないふりをした。

「じゃないと起きれない」

これまた嘘だった。翔ちゃんは朝強いから、起きれないなんてことは無い。

「しょうがないなぁ」

僕はわざとらしく言った。翔ちゃんの顔を両手で包むように触れ、そっと唇を重ねた。数秒して唇を離すと、彼はすっと起き上がった。

「おはよう。ありがとう」

あまり喜怒哀楽があまり顔に出ない彼は、真顔でそういう。

このとおり、朝には強いから、もうとっくに目が覚めていたようだ。

「シャワーを浴びてくる」

彼はそういうと、脱ぎ捨ててあった服を片手に抱えて部屋を出ていった。

僕はベットを降りて、同じように脱ぎ捨てられていたネグリジェを拾い上げて、袖を通した。

ふと、雨の音に気を引かれた。窓の外に視線を向ける。

外では大粒の水滴が、眼下の街に向って絶え間なく空から落下してきていた。かなり激しく降り続いている様子だった。

「雨、すごいな…」

そう一人で呟いた。

指先で窓に触れた。

こんな雨の日は、決まっていつも思い出す。

今の僕の始まりの日、彼と会った時のことを。

ただの家出少年が、裏社会で情報屋になるまでのあの日々を。

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