嫌いな人を、嫌いなままで

シファニクス

嫌いな人を、嫌いなままで

 決戦は終わった。

 俺たちの戦いは、ついに幕閉じとなったのだ。長い長い旅路の最後に相応しい激戦だったと、その胸を貫いた剣の感覚がまだ生暖かくこの手に残っている。圧倒的だった。強靭だった。それでも、俺たちだから勝てたのだ。

 俺や、俺の家族たち。俺たちのいる国とその国民。大勢の、同志たちの命。それを脅かす強大な敵をついにこの手で。この手に集う人の想いと、共に戦ってくれた仲間の協力で打ち取ったのだ。


「やったな、勇者!」

「ついに倒したぞ、勇者!」

「流石だぜ、勇者!」


 仲間たちが俺を勇者と呼び、称えた。叫び、延々と喝采を上げ続けた。


「ああ。俺たちの勝利だ。安寧は、我が剣の下に!」

「「「おおおおおおぉぉぉ!」」」


 天高く掲げた剣の象徴をお仰ぐように仲間たちが声を上げる。辺りは高揚に包まれ、高ぶった血は騒ぐのを止まない。俺の栄光が、名声と共に空を包んだ。


「まったく、あなたたちはいつまで叫んでいるつもり? 暇なら負傷者の搬送を手伝ってください」

「ん? ああ、王女様。聖剣を握り、類い稀なる剣術を操る特別な手を負傷者搬送に手伝えって?」

「そうだそうだ!」

「勇者の手を、そんな下らないことのために!」

「お前だって見てただろ、勇者の剣捌きを!」


 俺の返しに便乗するように、仲間たちが声を上げる。


「その言葉、覚えておきますよ。不敬としていつでも刑罰を与えられるように」

「「「ひぃっ!?」」」

「はぁ……いいから手伝ってください。こっちも人手が足りてないのですよ。表彰も感謝も、後で幾らでも行って差し上げますから」

「わぁったよ。まあ、王女様と騎士団の助けが無かったらここまでたどり着けなかったのは事実だからな。お前たち、帰るまでが勇者の旅だ。最後にいっちょ、俺たちが戦うだけの脳筋じゃないってことを示していこうぜ」

「「「おうっ!」」」


 仕方なく従う俺は仲間たちと共に負傷者たちの下に向かう。

 

「あいつらの名誉の傷も深すぎたら身を滅ぼすからな。しっかりと俺の武勇伝を国中に伝えてもらうまでは、死なれちゃ困るんだよ」

「そうですね!」

「流石勇者、聡明な考えだな!」

「勇者の慈悲を俺たちが蔑ろにするしていいはずがないからな。でも、勇者はここで待っててくれていいぞ。俺たちに任せろ!」


 勢いよく告げられたその言葉に、俺は待ってましたとばかりに拳を握る。


「そうか、そうだな。ここはお前たちに任せるさ。後は頼んだぞ」

「「「おうっ!」」」


 威勢のいい返事に応えるように手を振り、仲間たちを見送る。意気揚々と駆けだした仲間を見届けた後で、背後に迫った気配に振り向く。


「私は、あなたにも手伝ってほしかったのですが」

「あいつらがやるって言ってるんだ。任せていいだろ」

「呆れますね。あなたにあるのは、やはり力だけのようです」


 嘆息をつく王女に、俺は一つ言ってやる。


「王女様も手伝わなくていいんですか?」

「そのつもりでしたがあなたがここに残るようでしたので。先に私用を済ませておこうと思いまして」

「私用? 何か用事があったのか?」

「ええ。そうでもないのに、私があなたに言葉をかける理由がありません」


 突き放すような鋭い言葉に身構える。また、国の掟が何だと難癖付けて――


「口付けなんて、公の場ではできませんからね」

「……なっ!?」


 突如唇に伝わった柔らかい感触と甘い香りが思考を停滞させ、反応が遅れた。

 僅かな間合いを一歩で渡り、流れるような動作で唇を奪った王女の顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。


「表彰や感謝は式典で幾らでもできます。それでも、王女である私の口付けをあなたに施すことを、許す者はいないでしょう」

「なっ、なん……っ!?」

「なんで、なんて言わせません。勇者に救われた王女が口付けを交わすのは、太古からの仕来りで、御伽噺の定番でしょう?」

「いやっ、だって……っ!」


 ようやく思考がまとまり、口にする言葉を選りすぐる。


「王女様、あんた俺のことは気に入らないって」

「ええ。あなたのことは気に入りません。個人的に述べるのなら嫌いです」

「だったら、どうして――」

「態度が悪く、礼儀がなっていません。名声と金銭にしか興味がなく、とても人々を導く勇者には思えません」

「うっ……そこまで言うなよ」


 俺だって傷つくんだぞ。


「それでも、嫌いなあなたでも。私の命を救い、この国を救ったあなたと交わす口付けを拒むほど私は傲慢じゃありません」

「……じゃあ、形式美ってことか? 嫌々されても、嬉しくないぞ」

「まあ、そうですね。確かに私はあなたのことが嫌いですから。これから先も嫌いでい続けるでしょう。今後あるかもしれない勲章の授与も嫌々やるかもしれません」

  

 いまいち意図が掴めず、まだ首を捻っていた俺に王女は笑ってこう言った。


「私はあなたのことが嫌いです。出会った時からずっと嫌いでした。顔も声も仕草も全部好みの正反対です。幾度この人が死んで別の人が勇者にならないかと思ったことか」

「酷いなおい」

「それでも、例え嫌いだったとしても。いくら私があなたを好きになれなかったとしても。嫌いで嫌いでどうしようもなくて、何を施されても嫌いであり続けたとしても――」

「嫌い嫌い言い過ぎだからな?」


 まあでも、それが当然なのだ。

 俺は勇者と呼ばれている。それはこの身に宿る力のためだ。今握る、聖剣のためだ。俺はこの力を手に入れるのと引き換えに、とある呪いをかけられた。

 決して、子を残せない呪い。簡潔に述べるのならすべての異性から嫌われる呪いだ。


 おかげで、勇者になってからこの方名声と真逆に女性からの評判は悪い。当然伴侶はおらず、それに準ずる何かもない。一生、人々を守る力と引き換えに失ったこの定めと付き合っていく覚悟はできていた。そのつもりだった。

 だから、驚いたのだ。


「私はどうしてもあなたを好きになれませんが、私はあなたを好きでいたいと思います。だから今は嫌いでも、いつか嫌いでなくなった時に手遅れになる前に。私はあなたに示したかったのです」


 それはまるで妖精のように神秘的で可憐な笑みだった。


「私はあなたを好いていたいのです。勇者様」


 精一杯の笑顔は、俺の心を揺るがせた。

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