令和の口裂け女

!~よたみてい書

バーチャルタレント、ラブリーンの苦悩

「ねぇ、私、綺麗?」


 八百津橋の中央付近から木曽川のちゃぷちゃぷと揺らめいている水面を眺めていたら、突然、横から声をかけられた。

 夕暮れ時の橋にはわたししか居ないので、独り言を言ったわけでないなら必然的にわたしに問われているはず。


 声が聞こえたほうに顔を向けると、そこには20代なかばほどの女性が立っていた。

 後ろ髪は首あたりまで切りそろえられている。

 通気性の良さそうな素材のマスクで顔の下半分が覆い隠されているけど、切れ長の目をした少し威圧感を感じる雰囲気だ。


 考え事をしていたので、彼女がなんて言っていたのか聞き取れなかった。


「えっ?」

「ねぇ、私、綺麗?」


 言葉の意味を一瞬では理解することができなかった。


「えっ、お姉さんの容姿のことですか?」


 そう尋ねると、彼女はゆっくりと頷く。


 マスクをしているから、正しい感想を言える自信がない。


「えっ、えっと、その、マスクをされているのでよくわからないのですけど、今の姿は綺麗だと思いますよ」

「本当?」

「はい」

「……これでも?」


 彼女が一言つぶやいた後、顔にかけていたマスクを外すために、耳にかけていたひもを片方ずつ取っていく。


 彼女の本当の素顔が目の前に現れた。


 劣等感を感じているから顔を隠していたと思っていたけれど、わたしの見た感想としては、どちらかというと美しい部類だ。


「えっ、お姉さん、綺麗ですよ!」

「本当に?」

「はい、もっと自信持ってください! わたしが男性だったら、お姉さんに声かけちゃいますよ!」

「ゆめ」

「いえいえ、現実です!」

「名前。私は雲類鷲 優芽(うるわし ゆめ)」

「あ、あぁー、そっちでしたか! えっと、わたしは、早川 愛梨(はやかわ あいり)って言います」

「愛梨さん、褒めてくれてありがとう」

「いえいえ、素直な感想を言ったまでです!」

「愛梨さんは、なにか悩み事はある?」


 確かに今悩んでいることがあって、木曽川を眺めながら考え事をしていたけれど、出会ったばかりの彼女に吐露とろすることではない。

 しかし、不安から逃れたい思いが勝ってしまい、口が勝手に開いていく。


「あの、会ったばっかりの優芽さんに言っても迷惑かもしれないんですけど」

「私の悩みを解決してくれたので、それくらいどうってことありませんよ」

「そうですか? えっとですね、実はわたし、インターネットでバーチャルタレントとして活動してるんですけど、あ、まだ登録者三桁のへっぽこなんですけどね……バーチャルタレントって分かりますかね?」

「インターネットという仮想空間で偽りの姿で人々を楽しませる、エンターテインメント」


 間違ってはいないけど、どこかトゲがある言い方だ。


「それでですね、わたしは『ラブリーン』っていう名前で活動してて、あっ、このことは他の人に話さないでくださいね」

「もちろん。私のことも安易に話さないでくださいね」

「はい。で、ですね、わたしのことを昔から応援してくれてる人からよくお金と一緒に応援メッセージをいただいているんですけど、ちょっと距離感がおかしいっていうか、一応わたしも一人の人間だから、ちゃんと気を使って言葉をかけてほしいっていうか。気持ちは理解できるんですけど、気遣いのないからかいは精神に負担が蓄積されてって……」

「それは、とても辛そうですね」

「はい、そうなんですよ。それで、たとえ応援されてお金も貰えていたとしても、性格が好きになれない厄介な相手と付き合い続けるのは苦しいので、どうしたらいいのか悩んでて……もういっそのこと、辞めちゃおうかなって考えもあるんです」


 バーチャルタレントのことを理解できるかわからない相手にこんな相談しても、優芽さんを困らせるだけではないだろうか。

 自分の悩みを打ち明けてスッキリして、優芽さんを困らせたら、わたしも厄介な応援者と同じなのではないか。


 優芽さんはわたしの新たな悩みとは関係なしに、穏やかな声音で訊いてきた。


「本音はどうなんですか? 建前なんて抜きに、どうしたいんですか?」


 どうしたいか。

 難しい質問だけど、その答えはわたしにとって重要な、今後の人生を左右する課題だろう。


「そうですね……わたしは…………、生きるために、もう少し頑張って自分の心を偽り続けてラブリーンを続けていこうかな」

「私も応援したいですけど、無理はなさらないでくださいね」

「はい、ありがとうございます。うん、応援されちゃったら、頑張るしかないですよ。決めました。罪悪感はありますけど、わたしのことを応援してる人たちからもっとお金を貢がせてもらえるように頑張っていきます!」

「愛梨さんに笑顔が戻って私もうれしいです」

「え、そうですか? よーし、それじゃあ、観てる人からドンドンお金を巻き上げて、快適な生活を送れるようにがんばるぞー!」

「素敵な目標です、生き生きしてて素晴らしいです」

「そうですか?」


 褒められているのかよくわからないけど、嬉しさを感じて顔がほころんでしまう。


 優芽さんは微笑んだ顔から真顔に戻しながらつぶやく。


「それじゃあ、もうすぐ暗くなりそうなので、私はそろそろ戻りますね」

「あ、はい、そうですよね。話に付き合わせてすみませんでした」

「いえ、こちらこそ私の話を聞いてくれてありがとうございました」


 そういうと、彼女は頭を深く下げた後、八百津橋の東、川上神社方面に姿を消していった。






――翌日――


 スマートフォーンで『Y』というSNSでエゴサーチをしようとすると、わたしのアカウント宛にメッセージが送られていた。

※エゴサーチ――自分の評判をインターネットで調査する行為――

※SNS――ソーシャルネットワーキングサービス、人との繋がりを促進させるオンラインサービス――


 それも今までに経験したことのない数だ。

 異常事態だ。


【えっ、俺たちのことを今までだましてたの?】

【純粋に応援してたのに、裏切りやがったな】

【あんたが遊ぶ金としてあげてたわけじゃない】


 四桁のメッセージ群がわたしの『Y』に届いている。

 全部を確認していないけれど、書かれていることは攻撃的なものが多い。

 メッセージの中に、画像と動画が添付てんぷされているものがあったので確認してみると、そこには現実のわたしの顔写真と、ラブリーンの顔写真、そして、『それでですね、わたしは『ラブリーン』っていう名前で活動してて』『よーし、それじゃあ、観てる人からドンドンお金を巻き上げて、快適な生活を送れるようにがんばるぞー!』といった音声が流れてきた。


 一体何でこんなことになっているのか。

 その原因はすぐに予測できた。


 昨日、八百津橋で出会ったあの女だ。


 彼女のことを思い出そうとするけど、顔が頭の中で浮かばない。

 自己紹介しあったのに、彼女の名前も忘れている。

 たった昨日の出来事なのに、こんなにすぐ忘れるものだろうか。


 スマートフォーンの液晶画面に視線を戻すと、『Y』に届いているメッセージの数字がまた増えていた。


「いやああぁぁああぁぁああっ!!」

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