託された者と残された者のためのピアノとハーモニカ交響曲
古魚
開演 選択
一面が雪で覆われるシベリアの一部で、二人の男が向き合っていた。
「鍵すまねえ、もう無理みたいだ」
腹部と脚部を血液で濡らす男が、そう零す。
「あきらめるな
鍵と呼ばれた男がそう呼びかけるが、風琴と呼ばれた男は首を振る。
「もういいんだ、俺も随分戦った、そろそろ死んでもいい頃だろ……」
握りしめているハーモニカに目を落としながら、風琴は呟く。
「鍵、お前とはだいぶ長い間一緒にいたよな……」
「ああ、もう5年も一緒に戦ったな」
風琴は力ない呼吸でハーモニカを数音奏で、咳き込みながら口を離した。
「そんなお前にさ、託したいんだよ、俺の夢を」
ハーモニカを鍵に差し出しながら、風琴は声を絞り出す。
「教師をやって、多くの子供を育て、こんな戦争が一切ない平和な世界を作る、そんな夢をさ……教え子の中で一人二人は音楽家になる子がいると言いな、音楽には世界を平和にできる力があるからな」
鍵はハーモニカと風琴の手を握り締めながら頷く。
「ああ、ああ。叶えてやる。お前の夢は、俺が代わりにかなえてやる」
流れる涙がすぐに凍ってしまうような極寒の中、鍵は涙を零す。
「なあ鍵、俺、もう寒くてよ、早く暖かいとこに行きたいんだ。お前の手で送ってくれないか?」
風琴は、「にへへ」と特徴的な笑い方をしながら、そう告げる。その言葉に、鍵はグッと奥歯を噛みしめ、腰に刺さっている拳銃を抜く。
救えなかった悔しさと、楽にしてやりたい気持ちと、自分の手で止めを刺す恐怖でぐちゃぐちゃになった表情で、鍵は拳銃を構え、風琴の脳天に照準を納める。
「娘が音楽家になる手伝いをしてやれなかった。初舞台を見れなかった……この二つだけが、心残りだぜ」
瞳に光がないまま、風琴はそう言葉を零す。長年付き添った相棒の最期の言葉を聞きながら、鍵は引き金を引くという選択をした。
鍵の瞳から流れた雫は凍える大地へと、零れ落ちて行った。
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