第21話 本領発揮

 ルシアンは駆けつけた医師の診察を受けて、すぐに適切な治療が開始された。

 医師の見立てでは毒物を摂取したとのことで、国王の指揮のもと王太子暗殺未遂事件として調査が進められる。


 アマリリスはずっとルシアンのそばに寄り添い、早く目が覚めるように祈った。ルシアンは医師の診察と治療を受けているが、いまだ目覚める気配がない。


 それから三日後、アマリリスは国王から話があると内密に呼び出しを受け、執務室へやってきた。そこでアマリリスは疑問に思っていたことを国王に問いかける。


「陛下。あの毒はルシアン様を狙ったものではなく、犯人の狙いは私です」

「ふむ、それはこちらも掴んでおる。証言から最初に毒入りのシャンパンを受け取ったのは、其方であると」

「では、なぜ王太子暗殺未遂にまで事件を大きくしたのですか?」


 国王は眉間の皺を深めて、アマリリスへ鋭い視線を向けた。ここからが国王の本題なのだと、アマリリスも身構える。


「この国の貴族は四大公爵家が大きく取りまとめているのは当然知っているな?」

「はい、北のミクリーク公爵家、西のアンデルス公爵家、南のカーヴェル公爵家、東のバックマン公爵家です」

「うむ。それぞれ公爵家は王家に忠誠を誓い、王家もまた特別な権限を与え、この国を発展させてきた。しかし、それだけでは満足できない者が出てきたのだ」

「………カーヴェル公爵家ですね」


 北のミクリーク公爵家は国中の鉱山、西のアンデルス公爵家は世界規模の商会、南のカーヴェル公爵家は農産物、東のバックマン公爵家は国中の流通の全権限がそれぞれ与えられている。


 どれかひとつが欠けても民はもちろん自分たちの生活がままならなくなるので、四大公爵家は互いに協力関係にあった。


 しかし、この五年間は稀に見る天候不順で農産物の収穫が思うようにいかず、カーヴェル公爵家の運営がかなり厳しいと聞いている。悪天候にも強い品種の改良も進めているが、予算が取れないことでうまくいっていない。


「そうだ。王家にも援助の打診をもらったが、カーヴェル家の現状を調べたところ私財は国家予算の三年分相当あり断ったのだ。ギリギリまで粘れとは言わんが、こちらとて民のための予算を金のある奴らに割くわけにはいかん」

「当然の判断ですわね」

「だが、カーヴェル家はそれを理解せずに、野心を抱いた」

「まさか、謀反を……?」

「なかなか尻尾を掴めなかったが、今回の事件はカーヴェル公爵の手駒が起こした事件だ。そこでアマリリスに頼みがある」


 アマリリスはゴクリと唾を飲み込んだ。


「其方の能力を使って、を捕まえてほしい」


 つまり、王太子ルシアンを餌にして、大物を釣り上げろということだ。国王はそれを眉ひとつ動かさずアマリリスに命じた。


(なるほど、ルシアン様の父親だけあるわ。この事態に取り乱すどころか反乱分子を炙り出そうとするなんて………)


 ルシアンの気質は、おそらく王家で脈々と受け継がれてきたものだろう。だからこそ、カレンベルク王国は発展を遂げてきたのかもしれない。


「承知いたしました。私も大切な婚約者に手を出されて黙っている気はありませんでした。必ずや、犯人を突き止めてみせましょう」


 アマリリスは艶然と笑みを浮かべた。




 国王の命が下ったことで、アマリリスは関係者たちに尋問することが許された。ルシアンの右腕として辣腕を振るうカッシュに補佐をしてもらうことになった。


「アマリリス嬢。このような形でお会いするのは遺憾ではありますが、よろしくお願いします」

「いえ、私だけでは力不足のため、カッシュ様のお力をお借りいたします。よろしくお願いいたします」


 挨拶を済ませたふたりは調査用の部屋を用意してもらい、早速、当日の関係者に聞き取りを始める。


 ひとり目はロゼシャパンをアマリリスに渡した給仕だ。席に着くなり憔悴しきった様子で、アマリリスに訴えてきた。


「ボ、ボクはなにもしてません! 信じてください! ただあの日も指示された通り、会場でシャンパンを配っていただけなんです!」


 アマリリスの琥珀色の瞳が、冷静に給仕を見つめる。

 眉尻が下がって視線は揺れ口元は引き下がり、膝の上に肘をつき両手をギュッと握りわずかに震えていた。


(極度の不安と焦り、それからこの状況に対する恐怖を感じているわね。そう感じる原因が隠し事をしているからなのか、罪を着せられることに対してなのか、見極めないと………)


 カッシュはアマリリスの采配に任せているので、なにも口出しをしてこない。ふたりは事前に騎士たちが作成した調書を読んでいるので、それぞれの証言は把握している。


 改めて矛盾がないか、またはマイクロサインが出ないか確かめるため、アマリリスは給仕に問いかけていった。


「では貴方に尋ねます。あの日は何時から会場に来て、誰の指示を受けてロゼシャンパンを配りましたか?」

「はい………ボクは夜会の担当でしたので、15時から会場に入り準備を手伝いました。あの日、会場の担当の割り振りは給仕長がされていて、ボクはシャンパンの係になりました」


 ここまで、給仕の視線は左上を向いたままだ。話を聞いてくれると思って落ち着いたのか、不安な様子はなくなりスムーズに言葉を紡いでいる。


「私にシャンパンを渡したのは覚えていますか?」

「はい。その真紅の髪が印象的でしたので、覚えていました」


 真っ直ぐに見つめてきた給仕と視線が絡むが、頬を染めてパッと逸らされた。


(視線の絡み方を見ても、嘘をついている様子はないわね)


「カッシュ様、この方は大丈夫です。次は給仕長をお願いします」

「かしこまりました」


 こうしてアマリリスは次々と関係者から話を聞き出し、嘘をついている者はいないか調べた。

 それから五人目の会場責任者エドガー・フロストの聞き取りをしていた時だ。


「私はただ王城で開催される夜会の責任者をしていただけです」

「貴方は以前、財務部で勤務していましたね?」

「それがどうしたのですか。部署異動しただけだし、そういうことは珍しくもなんともないでしょう」

「そうですわね」


 アマリリスはエドガーのわずかな挙動を見逃さなかった。

 この時点でもエドガーは『部署異動』というところで瞬きが増え、組んだ足をアマリリスの方へと向けてきた。


(でも、貴方の仕草がなにか隠し事をしていると訴えているのよ。さて、どうやって追い詰めようかしら)


 ギラリと光る琥珀色の瞳は、獲物を狙う肉食動物のようだった。アマリリスは稀代の悪女の名にふさわしい、黒い笑みを浮かべる。


 そんなアマリリスを見て、カッシュはさすがルシアンの婚約者だと感嘆していた。だが、この後、さらに驚くことになる。


(キーワードは部署異動と、どんなことを隠しているのかということだわ。ふふふ、絶対に暴いてやるわ……!)


 アマリリスは優雅にお茶を口に含んでから、エドガーの調書内容を思い出した。エドガーは先月、突然の辞令で財務部から王城管理部へ移動した。そこで夜会の担当者となり、すべてのことを取り仕切る責任者として腕を振るっている。


 その前に王太子の事務官を希望していたが、それすらも嘘にまみれていた。今回も人事異動が本人の希望とは考えにくいとアマリリスは考えた。


「ではお尋ねしますが、エドガー様は今回の部署異動は希望を出されたのですか?」

「いえ、上からの命令です」

「そうですか。具体的にはどなたからのご命令ですか?」

「それが、この事件となんの関係があるのですか?」


 エドガーは一瞬だけ眉間と鼻に皺を寄せ、口角を下げる。明らかに嫌悪のマイクロサインが見られ、アマリリスはここぞとばかりに追求を始めた。


「一国の王太子が毒を盛られたのです。人事から見直すのは当然のことでしょう? それで、どなたからのご命令ですか?」

「………ブリジット伯爵です」

「あら、あまり関わりがないとおっしゃっていましたが、人事にまで口を出されるほどブリジット伯爵と深い付き合いなのですね」

「たまたま、です」


 エドガーは組んでいた足を元に戻し、膝を包むように手を乗せる。わずかに貧乏ゆすりも始まり、焦りと恐怖でいっぱいのようだ。


(あらあら、なににそんなに怯えているのかしら?)


 笑みを深めたアマリリスは、さらに追い打ちをかける。


「エドガー様。ブリジット伯爵から給仕に関することで、なにか命令されましたか?」

「っ! な、なんのことだかわかりません」


 視線は左右に揺れて瞬きが増え、首元のクラバットを緩めた。その手は膝の上に戻され固く握りしめられている。


「たとえばブリジット伯爵から、ピンク色のシャンパンに毒を盛って、王太子の婚約者を殺せと命じられましたか?」

「——っ!!」


 エドガーは両目をカッと見開き、眉間に皺を寄せて口元を引き下げた。一瞬でその表情は消え、今度は真っ青な顔で俯き肩を震わせている。


(まあ、なんてわかりやすい驚きの表情かしら。これが事実だと確定したようなものね。後は物的証拠だけれど………)


 エドガーとは二度目の対峙なので、上から言われれば従う気の弱さと、嘘が下手なことからそこまでの狡猾さがないのだとアマリリスは理解していた。そこで更なるプレッシャーをかけた上で、逃げ道を用意する。


「エドガー様、なにも話さないなら徹底的に調査し、もし敵と繋がりがあったとわかれば、王太子暗殺未遂の犯人として極刑を希望します。ですが、ここで素直に話せば司法取引できるよう私が手配します」

「………かった。私は、断れなかったんだ! 頼む! なんでも話すから、取引させてくれ!!」


 アマリリスの勝利が確定した瞬間、カッシュはその鮮やかな手口に心の中で唸った。


(まさか、こんなにあっさり陥落するとは………)


 エドガーは騎士の調査には淡々と対応していたし、調書を読んでも矛盾点はなかった。それがアマリリスが問いかけただけで、動揺が大きくなりボロが出始めたのだ。


 カッシュはアマリリスが王妃となった国を見てみたいと思った。


「カッシュ様、司法取引の手配をお願いいたします。それと大切な証人ですからエドガー様の保護もお願いします。犯人はエドガー様だけではなく、その上にもいるでしょうから」

「ええ、お任せください」


 アマリリスはわずかな手がかりからトカゲの尻尾を掴んだ。



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