第3話 王城へ連行されました

 アマリリスはクレバリー侯爵家のタウンハウスから一時間ほど歩いて、王都の中心部までやってきた。


 太陽は徐々に下り始め、背の高い時計塔に隠れてしまっている。時刻は十六時をすぎたところだが、今ならまだ最終の乗り合い馬車に間に合うはずだ。


 気候が暖かい南に行こうか、異文化の栄える東に行こうか、それとも商業の発達している西に行こうか。北は寒いけど魚介類がおいしいと聞く。


 このフレデルト王国を追い出されたとしても、生きていければどこでもいいとアマリリスは思った。


 どこへ養子に出されたのかも知らない兄たちに、どこかで会えたら嬉しいがそれは望み薄だろう。


 それにアマリリスは行き先も慎重に決めなければならない。みんなが用意してくれた金貨を無駄にしたくないからだ。


(できることなら、使用人たちが困った時に手を差し伸べられるような職業がいいわ。クレバリー侯爵家が没落するのも時間の問題だし……せめて勤め先を紹介できるようなお仕事がいいわね)


 今のアマリリスが使えるのは、クレバリー家の図書室で詰め込んだ知識と、帳簿の付け方、相手の心理状態や性格を捉えてうまく転がすことくらいだ。


 そして使用人たちに手を差し伸べる時に、絶対的に必要なのはお金だ。それから馬鹿にされないだけの社会的地位。仕事を紹介する伝手もあった方がいい。


 さらに女性でもバリバリ働ける仕事となると……デザイナーか商人か。もしくは教師か。冒険者もありだ。


 デザイナーはセンスと被服の勉強が必要だけど、あいにくどちらも持ち合わせていない。そもそもアマリリスは両親が亡くなってからおしゃれをしたことがない。


 教師にしても、貴族が通うような高等学院や専門的な学院を卒業しないと働くことすらできない。魔法の知識があれば、魔法学の教師はできるけれど魔法はからきしだ。剣も使えないから冒険者も消えた。


「そうなると商人ね……それなら西の国へ行こう。計算は得意だし、どこかの商会で雇ってもらえるでしょう」


 今後の方向性が定まれば、行き先も自然と決まる。乗り合い馬車は、王都を囲む城壁の東西南北にそれぞれの乗り口があるので、西を目指して足を進めた。


 ここからならアマリリスの足でも、王都を十字に走る大通りを一時間ほど歩けば馬車の乗降口に着く。途中で安売りしているパンをいくつか買って、ひとつはすぐに食べて後は残して道中に備えた。


 乗り合い馬車の乗降口に着き、切符を購入する列に並ぶ。行けるところまで馬車で行って、そこからさらに馬車を乗り換えてひたすら西を目指すつもりだ。


 いよいよアマリリスの番だと思ったところでガシッと腕を掴まれた。


 驚いて振り向くとロイヤルパープルの制服を着た騎士が、ものすごく険しい顔でアマリリスを睨んでいる。


 ロイヤルパープルは王家の色だ。近衛騎士の制服も、国王が羽織るマントも、王冠に飾られる宝玉もすべて気品あふれる鮮やかな紫が使われる。


 ということは、この騎士は近衛騎士に違いない。それがなぜ、このような場所にいてアマリリスの腕を掴んでいるのか。


「あ、あの……なにかご用でしょうか?」


 人違いではないかと思い、アマリリスは恐る恐る尋ねてみた。


「貴女様がアマリリス・クレバリー侯爵令嬢でお間違いないか?」

「……はい」


 人間違いではなかった。アマリリスはその回転の速い頭で考えられる可能性を弾き出す。


(もしかして、さっきのパーティーでやらかしたから捕まった? いや、それくらいなら近衛騎士が出てくることはないわね。それならもしかして、不敬罪? 王族の出席するパーティーでやらかしすぎた!?)


 周りをよく見たら、この騎士の後ろにも同じ制服を着た騎士がふたり控えている。ここで逃げることは難しそうだとアマリリスは観念した。


「失礼いたしました。王都から出られるご様子でしたので、慌てて引き止めてしまいました」

「どういったご用件でしょう。私は自ら犯した失態の責任を取るために、一刻も早く国から出ていきたいのですが」

「申し訳ございません。パーティーでのことはなんの問題もありませんので、このまま私とご一緒願います」

「え? どういうこと……?」


 あれだけダーレンの逆鱗を刺激しまくったのに、問題ないとはどういうことなのかアマリリスがどんなに考えても理解できなかった。


 そもそもロイヤルパープルの騎士たちを動かせる人物なんて王族しかいない。


(と、いうことは。王族自ら悪女である私に罰を与えるつもり……? そこまで悪いことはしていないと思うけど……!)


 アマリリスは全力で抵抗を試みるも、騎士が掴んだ右腕はびくりともしない。


「ちょっと待って、私はおとなしく国を出て行きますから、どうか——」

「申し訳ございません。なんとしてもお連れせねばならないのです」


 申し訳なさそうに眉尻を下げているのに、騎士はアマリリスの腕を決して離さない。屈強な騎士に反抗できるわけもなく、アマリリスは馬に乗せられ、来た道を戻ることになった。


 向かう先は明らかに王城。


(こうなったら、どんな処罰でも受け入れるしかないけど……できるだけ穏便に済みますように……!)


 無駄だろうとは思いつつ、アマリリスは心からそう祈った。




 王城に着くとアマリリスと腕を引いてきた騎士だけになり、「こちらです」と騎士が左斜め前を歩きはじめる。


 この騎士は王太子殿下の専属だと打ち明け、手荒なことをして申し訳なかったと何度も謝罪された。そのまま黙ってついていくと、ダークブラウンの重厚な扉が開かれ、騎士は躊躇ちゅうちょなく足を進めていく。


「それでは、こちらにおかけになってお待ちいただけますか?」

「はい……」


 アマリリスがソファーにかけるとすぐに侍従がやってきて、お茶とお菓子を用意してくれた。足元にボストンバッグを置いてお菓子をつまんだら、あまりのおいしさに手が止まらなくなってしまう。


 そんなタイミングでドアがノックされ、先ほどの騎士が戻ってきた。


「お待たせいたしました。国王陛下とルシアン殿下がお越しです」


 騎士の言葉の後に続いて姿を現したのは、眉間に皺を寄せた国王と、嬉しそうな顔で微笑む王太子ルシアン殿下だった。


 ルシアン殿下は母親譲りの美しく艶のある金髪に、王族の証であるロイヤルパープルの瞳を細めていた。そのあまりにも整った容姿は見るものを陶然とさせる。


 耳の上で短く切られた髪は動きに合わせてサラサラと揺れていた。目尻が優しく下がり口元は弧を描いていて、とても機嫌がいいように見える。


 一方、国王陛下はライトブラウンのクセのある髪を後ろへ流し、眉をひそめて難しい顔をしていた。


 深く刻まれた眉間の皺は国王ゆえのものなのか、悪女であるアマリリスが原因なのか。口角が下がり明らかに不機嫌な様子だ。


 ひとまず不敬のないよう、淑女として優雅に立ち上がりカーテシーをした。


「我がフレデルトの揺るぎなき太陽。我がフレデルトの若き獅子。このように謁見させていただき恐悦至極に存じます。アマリリス・クレバリーでございます」

「ああ、堅苦しい挨拶はよい。そこへかけてくれ」

「寛大なお言葉ありがとうございます。それでは失礼いたします」


 国王陛下とルシアン殿下がソファーにかけたのを確認してから、私もゆっくりと腰を下ろす。侍従が新しく三人分のお茶とお菓子を用意すると、国王陛下が口を開いた。


「まずは先ほどのパーティーでの振る舞い、私もルシアンも目にしておった」

「それは大変お見苦しいものをお見せして、誠に申し訳ございませんでした」


 やはりパーティーを騒がした罪で処罰が下されるのだと、アマリリスは落胆した。


(それにしても対応が速すぎるわ。国外追放以外だと、生涯修道院暮らしかしら? それとも危険な鉱山での採掘のお仕事かしら?)


 そんなアマリリスをよそに国王は言葉を続ける。


「そこで其方そなたに頼みがある。王太子ルシアンの教育係になってほしい」

「……私、稀代の悪女と呼ばれていますので、なにかの間違いでは?」


 あまりにも突拍子のないことだったので、アマリリスは思わず素で返してしまった。


「いや、その悪女っぷりを見込んでの頼みだ。実はルシアンは優秀ではあるのだが、少々素直すぎるところがあるのだ。貴族同士の嫌味や言葉の裏を読み取るのが苦手でな」

「さようでございますか」


 それは確かに王族としては弱点になってしまうだろう。臣下が腹の中でなにを考えているのか、まったくわからないのではいつ足元を掬われるかわかったものではない。

 そこで今度はルシアンが口を開いた。


「そんな頼りない僕に嫌気が差したみたいで、婚約者に三年間も浮気されていたんだ。先月婚約破棄したばかりで、これからは騙されることなく貴族たちをまとめていきたい。だからアマリリス嬢のような腹黒さを学ぶ必要があると考えた」

「なるほど」


 ということは、アマリリスの悪女っぷりが思わぬ方向で認められたということか。これは喜んでいいのか、悲しんでいいのか悩むところである。


「どうか僕の教育係になってもらえないだろうか?」


 困ったように眉尻を下げるルシアン殿下は、うっかりイエスと言ってしまいそうなほど麗しく庇護欲をそそる。


「申し訳ございませんが、私ではお役に立てないかと存じます。なにせ悪女のふりをしていただけですので」


 アマリリスはすんでのところでこらえて、はっきりとお断りした。


「それは知っているよ。本当に悪女だったらお願いできないからね。アマリリス嬢は前クレバリー侯爵夫妻の第三子で、その頭脳を生かし帳簿と屋敷を管理、伯父一家から虐げられ、今回の騒動を機に隣国へ向かう途中だったと調べがついている」


 あっさりと裏事情を看破され、にっこりと微笑んだルシアン殿下に心が揺さぶられた。


 いったい、いつの間にそこまで調べたのか、さすが王族だとアマリリスは感心する。しかし王太子の教育係など、それで頷くほど簡単な話ではない。


「これだけの調査力がおありでしたら、私など不要でございましょう?」

「いや、そんなことはないよ。貴族全員を細かく調査しているわけではないし、他国の使者や王侯貴族となれば容易に調査も進まないだろう。そんな時に相手の腹の中を読み取り的確に急所をつき、不要となれば容赦なく切り捨てるアマリリス嬢の判断能力が役に立つと思うんだ」


 褒められてるのか貶されてるのかわからないが、ルシアンがニコニコしているので、アマリリスは好意的に受け止めることにした。


「アマリリス嬢。そういうわけで教育係を頼んだ。これは王命である」


 どちらにしろ、国王の鶴のひと声でアマリリスの命運は決まったのだった。



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