オルゴール少女の白昼夢

桜尾まつり

第1話

 隣の置き時計がチクタクと正確に時を刻んでいる。毎日ご主人様がネジを巻いているからだ。私もたまには、ちゃんと仕事をしたいものだなと思う。

 小さな骨董品店に並ぶオルゴール人形、それが私だ。前に演奏をしたのはいつだったのか、覚えていない。全てが一定に保たれたこの部屋の中では時間の感覚も曖昧になった。

 あの別れからいくつの夏が過ぎたのだろう。

 カランコロン、とドアベルが鳴った。お客様が訪れたらしく、ご主人様が「いらっしゃいませ」とこもった声で返す。

 今回のお客様はセーラー服姿の1人の少女だった。生き生きとした瞳が私のガラスの瞳をのぞき込んだ。

「このオルゴール、聴いてみてもいいですか?」

彼女が私を指さし、ご主人様に尋ねる。

「壊さないなら構わんよ」

 私の体は彼女の掌に収まり、私のネジがそっと巻かれる。久しぶりに奏でる音に、自分の存在を感じた。

 ゆっくりと演奏を止めた私を、少女が静かに棚に戻した。その表情に、かつてのご主人様を思い出してしまった。

「ありがとうございました。また来ます」

そう言って、またドアベルが響いて、私の世界は置き時計の音だけになった。


 前のご主人様は、ある女性だった。彼女が幼いころに、私は彼女の元にやってきた。

 ご主人様は、私の前からいなくなってしまうまで、毎日ネジを巻いてくれていた。ご主人様の最期はいつでも鮮明に思い出せる。

 ご主人様は日に日に帰ってくるのが遅くなり、顔色も悪くなっていった。どれだけ遅く帰ってきても、彼女は私のネジを巻いてくれた。

 そしてあの日、真っ暗な部屋に帰ってきたご主人様は、照明も点けないで私を連れてベランダに出て、そのまま私をギュッと抱きしめた。泣き出してしまったご主人様に何もできない私は、ただ抱きしめられていた。

 そして、ご主人様は無言で私を置いて、ベランダの柵に手をかけた。「待ってよ」と言えない私はただそれを見つめた。

「ありがとう」

 目の前で消えていくご主人様なんて見たくはなかったな。


 数日後、またあの少女が店を訪れた。今度はセーラー服ではなく私服を着ている。少女は無言で私を抱え、ご主人様の元へと運んだ。

「これ、ください」

「ちょっと待ってな」

店の奥へとご主人様が姿を消す。その間に彼女は私をぎゅっと抱きしめ

「叔母様。」

と呟いた。その言葉に聞き覚えがあって、思わず彼女の顔を見た。その顔は、ご主人様にどことなく似ていた。


 まだ、私が前のご主人様とご主人様の家族と暮らしていた頃のことだ。ご主人様の歳が離れたお姉様が、家族を連れてご主人様たちの家を訪れた。その時にいた女の子、ご主人様の姪だ。あのときはまだ舌足らずな口で

「おばちゃま」

とご主人様を呼んでいた。そして彼女らが帰った後、ご主人様が

「高校生なのに叔母様はなんかやだ!」

と私に愚痴を言っていた。

 あの時は3,4歳だった女の子が、今では当時のご主人様くらいまで成長している。時間が一気に進むような感覚に陥った。


「お嬢ちゃん、待たせたね」

 今のご主人様が、箱を持ってバックヤードから出てきた。私がここに来た時に入っていた箱だ。

「箱もセットだから、これに入れて持って帰ってくれ。箱だけあっても困るしな」

私はそっと箱に入れられ、蓋が閉じられるとともに眠りについた。


 目が覚めたのは、見慣れない墓地だった。新しいご主人様が私を抱き締め、歌うように囁く。

「見つけたよ、叔母様」

 チチチ、と音をたててネジが回る。ご主人様の手が離れ、私はまた、彼女のために歌う。

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オルゴール少女の白昼夢 桜尾まつり @sakumatsu_novel

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