少女不具合

キングスマン

少女不具合

「フェロモンってってる?」

 ヨシカちゃんのおねえさんは、ぼくにそうたずねてきました。

「知ってます」

 僕はうそをつきました。

 いたことのある言葉ことばだけど、それがお菓子かし名前なまえだったか、動物どうぶつの名前だったかまではおもせません。

 だけど本当ほんとうのことをいって、僕のあたまがあまりよくないことをヨシカちゃんのお姉さんのくちからヨシカちゃんにつたえられてしまうと、ヨシカちゃんは僕のことをきらいになるかもしれません。それがいやなんです。 

 ヨシカちゃんのお姉さんは、くすっとわらいました。

 僕の嘘なんてお見通みとおしみたいに、くちびるかどすこがっています。

「じゃあフェロモンには、いくつ種類しゅるいがあるか知ってる?」

「種類?」

 おもわずかえしてしまって、しまった、とおもいました。

 僕がフェロモンを知らないことがバレてしまったがしました。

 だけどヨシカちゃんのお姉さんは僕の動揺どうように気づいていないのか、おはなしをつづけます。

一般的いっぱんてきには性欲せいよく刺激しげきすることがフェロモンの役目やくめだと思われがちだけど、それだけじゃないんだな」

 ヨシカちゃんのお姉さんは中学生ちゅうがくせい高校生こうこうせい制服せいふくてるけど、はなかた学校がっこう先生せんせいみたいです。

「せいよく?」

 またしても僕は聞き返してしまいました。

「ああ、きみには少しむずかしい言葉ことばだったかな。えっとね、だれかにきになってもらうちから、みたいなものだね」

「へえ」

 興味きょうみがわいてきました。フェロモンがあれば、ヨシカちゃんは僕を好きになってくれるでしょうか。

「でもそれだけじゃなくてね、みんなをあつめたり、はなれさせたり、ちょっとしたおねがいごとを聞いてもらったり、いろんな行動こうどうをとってもらうために使つかうのがフェロモンなんだよ」

本当ほんとうにそんなこと、できるんですか?」

「できるよ。せたいものを見せてあげるだけでね」

「?」よくわからない言葉でした。

 そもそも、僕はいつまでこうしてヨシカちゃんのお姉さんとおしゃべりをしていればいいのでしょうか。


 八月はちがつになって何日なんにちって、夏休なつやすみものこ半分はんぶんくらいになった今朝けさ、ヨシカちゃんからメッセージがとどきました。

 自由研究じゆうけんきゅう使つかむしりにこうとヨシカちゃんが僕をさそってくれたのです。

 僕はすごくうれしかったし、これはデートかもしれないとよろこびました。

 だけどヨシカちゃんは、タツヤくんも誘っているから三人さんにんやまに行く計画けいかくだとおしえてくれました。

 僕はどこか残念ざんねん気持きもちになりました。

 タツヤくんは僕とちがってからだおおきくて、力持ちからもちで、ふとってて、性格せいかくやさしくて、みんなにかれています。

 僕もタツヤくんはいいひとだと思います。

 でも今日きょうだけは、タツヤくんにいてほしくなかったです。

 だけどヨシカちゃんとえるのは嬉しくて、おひるはんべてすぐにヨシカちゃんのいえに行きました。

 チャイムをすと、ヨシカちゃんのお姉さんがむかえてくれました。

 僕はみんなよりヨシカちゃんについてくわしいと思っていたのに、ヨシカちゃんにお姉さんがいたことは知りませんでした。

 リビングにとおしてもらって、そこには大きなテレビとテーブルと横長よこながのソファーがあって、ヨシカちゃんのお姉さんは僕にソファーにすわるといいよといって、僕はうなずいて座ると、やわらかなソファーは僕をむみたいにしずみます。ヨシカちゃんのお姉さんはくっつくみたいに僕のとなりに座ったので、ソファーはもっと沈みました。

 ヨシカちゃんに近づくと、いいにおいがします。それはヨシカちゃんのお姉さんも一緒いっしょでした。いい匂い。

 そしてヨシカちゃんのお姉さんは、僕にフェロモンの話をはじめたのでした。


「ところでお姉さん、ヨシカちゃんはどうしていますか?」

 そろそろヨシカちゃんに会いたくなって、僕はヨシカちゃんのお姉さんにヨシカちゃんの居場所いばしょを訊ねます。

「ヨシカは昆虫採集こんちゅうさいしゅうをしてるところだよ、さきにきたおとこと一緒にね。名前は何ていったかな、あのおっきな子」

「もしかして、タツヤくんですか?」

 自分でも少しおどろくくらい大きな声が出ていました。

「そうそう。タツヤくん、タツヤくん」

二人ふたりだけで山に行ったんですか?」

 僕はものすごく裏切うらぎられた気分きぶんになって、ものすごくきずつきました。

「うん? どこにもいってないよ? 二人はここで虫をさがしてるよ?」

「え? ここで?」

 僕の質問しつもんに、ヨシカちゃんのお姉さんはそうだよ、とうなずきました。

「だからきみにも、はい」

 そういって、ヨシカちゃんのお姉さんは僕にはり数本すうほんわたしてくれました。

「これは?」

むしとりばりだよ。この家にいる虫を見つけたら、その針でチクっとしてあげてね」

「虫はどうなりますか?」

ねむるだけだよ。それをあとから私が回収かいしゅうするから針を刺した虫にはさわらないでね」

「わかりました」僕は、こくんとうなずきます。「ところで、どうして家に虫が?」

「パパが間違まちがって大切たいせつな虫かごのフタをけちゃってね、貴重きちょうな虫たちがげちゃったんだ」

「ああ、なるほど」

 ヨシカちゃんのお父さんは有名ゆうめい昆虫こんちゅう博士はかせです。インターネットでもチャンネルをっていて、とても人気にんきがあります。

「それじゃあ、がんばってみつけてね。たくさんみつけたらきっとヨシカも喜ぶと思うよ」

「わかりました」

 僕は、ゆっくりうなずきます。本当はいますぐはしって家中いえじゅうさがまわりたくて、うずうずしています。

 ヨシカちゃんに喜んでもらえたら、ヨシカちゃんは僕を好きになってくれる気がします。

「あ、それから、そんなことしないと思うけど、人には刺しちゃダメだよ? ねむるだけだけど、あぶないからね」

 わかりましたと簡単に返事をして、僕は走り出します。


 一匹目いっぴきめ二匹目にひきめの虫は二階にかいにつづく階段かいだんで見つけました。

 どちらも見たことのないいろをした、にぶかがやくカブトムシです。

 僕はカブトムシが大好だいすきだし、これがめずらしくて貴重な種類しゅるいのものだというのもわかります。

 いつもだったらじっとながめていると思います。だけど今はこれがヨシカちゃんに好きになってもらえる得点ポイントにしか見えませんでした。

 チク、チク。

 そっとゆびちかづけて、さっと針を刺して、僕はつぎ獲物えものさがします。

 三匹目さんびきめは二階の廊下に。

 チク。

 四匹目よんひきめはトイレのまえに。

 チク。

 トイレの前に立って、とても重要じゅうようなことに気づいてしまいました。

 トイレから少しだけはなれた場所ばしょにヨシカちゃんの部屋へやはあります。

 部屋のドアが見えます。

『yoshika』

 学校がっこう授業じゅぎょうつくったドアプレートがかざられています。

 僕は自分にあたえられた大切たいせつ役目やくめを思い出します。

 ヨシカちゃんのお姉さんから、家の中にかくれてしまった昆虫たちを探してほしいとたのまれました。

 きっと、ヨシカちゃんの部屋にだっているはずです。

 だから僕は、そっと、そおっと、ヨシカちゃんの部屋のとびらけました。

 背中せなかが見えます。

 おおきな、ふとった背中。

 タツヤくんです。

 もぞもぞとゆかって、芋虫いもむしみたいなうごきで昆虫を探しているようでした。

 僕はタツヤくんに挨拶あいさつをしようとしました。

 だけど、やめました。

 タツヤくんは太っているけど、運動神経うんどうしんけいもよくて、どんなことでも上手じょうずです。

 それにタツヤくんは僕よりさき虫探むしさがしをはじめているので、きっと僕よりたくさんの虫をつかまえているはずです。

 それは公平こうへいではないと思います。

 チク。

 だから僕はタツヤくんの足首あしくびに針を刺しました。

 ピクっと一瞬いっしゅんだけなにかに反応はんのうしてから、タツヤくんはぐったりと動かなくなりました。

 これで公平になりました。

 僕はヨシカちゃんの部屋から出て、虫探しを再開さいかいします。

 そういえば、ヨシカちゃんはどこにいるのでしょう。


 ヨシカちゃんの家はお金持かねもちなので、とてもひろいです。

 だれかの部屋がいくつもあって、お風呂ふろやトイレもふた以上いじょうあるし、卓球たっきゅうをするためだけのスペースまであります。

 僕は十匹じゅっぴきくらい虫を見つけて、針を刺しました。

 めずらしい虫はいるのに、ヨシカちゃんだけ見つけることができません。

 どこか不安ふあんな気持ちをおぼえはじめると、一階いっかいのリビングにいるヨシカちゃんのお姉さんが僕をびます。

 リビングに戻ると、ヨシカちゃんのお姉さんは、いっぱい見つけてくれてありがとう、とめてくれました。

 僕は嬉しかったです。

 ヨシカちゃんのお姉さんに褒めてもらえたからじゃありません。

 ヨシカちゃんのお姉さんの隣に、ヨシカちゃんがいたからです。

 どこか眠たそうな目をしたヨシカちゃんは、しろいノースリーブのワンピースを着ていて、いつも以上にかわいかったです。

 ヨシカちゃんは、どこかぼんやりした声で僕の名前を呼んで「ありがとう」といってくれました。

 それからヨシカちゃんはワンピースのかた部分ぶぶんでつかむと、それをうでのほうにずらしていきます。

 そしてヨシカちゃんは、僕が毎日想像まいにちそうぞうしているヨシカちゃんの姿すがたになりました。

 ふくけていないヨシカちゃんです。

 僕はどきりとして、びっくりもして、体があつくなるのを感じます。

 ヨシカちゃんは僕に近づいて、ぎゅっときしめてくれました。

 顔と顔が近い。

 僕は何も考えられなくなって、もっと顔を近づけて、大人になってすることをヨシカちゃんにしました。

 そこでヨシカちゃんのひとみに、はっとひかり宿やどると、目をましたような、悪夢あくむから覚めたような、悪夢の中にいるような悲鳴ひめいげました。

 僕はヨシカちゃんにいてほしくて、つよく強く抱きしめたけど、ヨシカちゃんはあばれるばかりです。

 服を着ていないヨシカちゃんはやわらかくて、僕は体がおかしくなりそうで、僕も服をいで、何度なんども何度もヨシカちゃんに体をぶつけました。

 おねがいやめて、とヨシカちゃんは叫びます。きっとそれはただしい言葉だと思います。だけど僕の体はあやつられているみたいにとめられないのです。

 そこで、誰かが僕の耳元みみもとでささやきます。

「いいんだよ、きみの好きにしてくれて」

 ヨシカちゃんのお姉さんの声でした。

 僕はゆるされたような気になりました。

 ヨシカちゃんのお姉さんはヨシカちゃんのお姉さんなので、ヨシカちゃんよりえらいのです。いうことは聞かないといけません。

 だから僕は遠慮えんりょなく、ヨシカちゃんに何度も僕をぶつけました。

 そうしているうちに、すごく知らない感覚かんかくが僕の中から出てきて、それは本当ほんとうにはじめての経験けいけんで、どうすればいいのかわからなくて、どうすることもできなくて、僕はそのはじめてを、いつのにかぐったりと動かなくなっていたヨシカちゃんにぶつけてしまって、それからすぐに僕はたましいかれたみたいに体に力がはいらなくなって、お布団ふとんみたいにヨシカちゃんにかぶさったのです。

 全部ぜんぶがはじめてで、しんじられないくらい気持きもちもよくて、僕は眠りについていくのがわかります。

「ありがとう」

 頭の上からヨシカちゃんのお姉さんの声がします。

 どうして褒めてくれたのかわかりません。起きたら聞いてみたいと思います。




 ◇翌日のウェブニュース


【人気動画配信者、自宅で無理心中? 事故か? あるいは事件か?】

 ファーブル先生の愛称で親しまれている昆虫学者の羽生琉佳孝はぶるよしたかさん(40)とその家族と関係者の遺体が羽生琉さんの自宅から発見された。

 亡くなっていたのは佳孝さんと妻の真奈美さん(32)、一人娘の佳香さん(10)、佳孝さんの研究室に所属している職員七名と佳香さんのクラスメイトである男子生徒二名の計十二名。

 警視庁の見解では現場に争った形跡がほとんどないことから事件性は薄いとしているが、人気動画配信者でもある佳孝さんが何らかの事件に巻き込まれた可能性もあるとして、事件、事故、両方の可能性を考慮した捜査を進めていく方針だと発表した。


 関係者が語る、ファーブル先生のもう一つの顔とは?

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 ◇その日の夜。担当刑事と鑑識官のやりとり。


 現場の写真に犯人が写っていましたという若い鑑識官の報告を受けた中年の刑事は、必要な資料だけ持ってきてくれと喫煙室の隣の空き部屋に彼を呼んだ。

「これを見てください」

 鑑識官はA4サイズの二枚の写真をスチールデスクの上に並べた。

 五十代半ばの刑事は、それを見て顔を歪めてしまう。

 これより悲惨な出来事など世界で毎秒のように起こっている。

 しかし、これがこの世でもっとも残酷な現場の記録に見えてしまう。

 金のかかってそうなリビング。

 ソファー、テーブル、テレビ。

 そして、テーブルのそばで倒れる子供の死体、二つ。どちらも何も身に着けてはいない。

 それを写した写真が二枚。二枚とも同じものに見える。

 一体、どういうことだと疑問符を浮かべて鑑識官に目をやると、それを察した彼は「よく見比べてみてください。何か違和感がありませんか?」といった。

 全く同じに見えるが、一枚目と二枚目には撮影時間に三十分の差があるという。

 なぞなぞなんて出してないでさっさと答えをいえと怒鳴りそうになったものの、一応見比べてみる。

 確かに違和感がある。しかし、それが何か見えてこない。

 およそ一分後、答えがわかった。

「ボールだ」刑事はぼそりつぶやく。「一枚目はテーブルの上に赤いボールがあるのに、二枚目にはない」

「正解です」鑑識官はうなずく。

「でも待てよ。まさかこのボールが犯人ですなんていうつもりじゃないよな?」

「そのまさかですよ」

「ふざけるなよ! 勝手にボールが飛んで十人以上殺したっていうのか?」

「落ち着いてください。そもそもそれはボールじゃありません」

「じゃあ、なんだよ」

 鑑識官はいった。「テントウムシです」

 刑事は口を開けたまま、しばらく固まる。「てんとう虫、だと?」

「はい」

 刑事はもう一度写真に目をやる。赤いボールに見えるものには確かに黒い斑点模様があり、テントウムシに見えなくもない。

「ふざけるな、野球ボールくらいあるぞ。こんなバカでかいテントウムシがいてたまるか。百歩譲ってこいつが犯人だとしたらどうやって人間を殺せたんだ? 牙でも生えてるのか? 毒でも持ってるのか?」

「ええ、毒ですよ」

「は?」

 皮肉のつもりが正解してしまい、刑事は渋い顔をつくる。

「子供のころ、テントウムシで遊んだ経験は?」鑑識官が訊ねてきた。

「あるけど、それがどうした?」

「テントウムシで遊んでいたら、手に黄色い液体をつけられたのを覚えてますか?」

「ああ、確かそんなこと、あったような」刑事は曖昧に返す。

「あの液体はテントウムシの血液です。有毒なアルカロイドを含んでいますが、微量なので人間にはほぼ無害です。ですが、この虫が持っているのは人間にとっても猛毒です。体内に入れば幻覚作用を起こし、死に至ります」

「そんな物騒な虫がいるならニュースになってもおかしくないだろ」

「このムカデアシオオテントウムシは南米の特定の地区にしか生息していません。当然海外には持ち出せませんし、その地区でも厳しく管理されています」

「お前、詳しいな」

「ファーブル先生の著書で読みました。このテントウムシを国内に入れられたのもファーブル先生だったからでしょうね。コネやツテがあったんでしょう」

「なんだお前、あの学者先生のファンなのか?」

「僕ら世代なら、ファンじゃない人を探すほうが難しいですよ」

 刑事は舌打ちする。

「その何とかテントウムシが人を殺せる毒を持ってるのはわかったけど、本当にテントウムシのせいなのか?」

「断言はできませんが、ほぼ間違いないかと。ムカデアシオオテントウムシはその名の通り、六本の足の他にムカデの足のような部位を体の裏側に備えています。なぜそんなものをぶらさげているのか明らかになっていませんが、一本一本が針のように鋭く、そして致死量のアルカロイドを含んでいます。現場の死体すべてにその針が刺さっているのは確認できました」

「つまりお前はこういいたいのか? 昆虫博士の家で、毒を持ったでっかいテントウムシが暴れて、その体についてる針に刺さって、みんな死んじまったと?」

「テントウムシはデリケートな虫です。環境の変化に敏感で、虫かごに入れて離れた場所に移動させるとパソコンが不具合を起こしたみたいに暴れだしたという報告がいくつもあります」

 なんだよお前、テントウムシのファンなのか? と刑事はくだらないケチをつけそうになったが、本当にくだらないと思い、それを飲み込んだ。

 だが同時に、恐ろしい事実に気づく。

「ちょっと待て。現場からこのテントウムシが消えてるってことは──」

「その心配はありません」鑑識官は片手をあげて、落ち着いてほしいと制する。「虫は廊下で死骸になっているのを確認して、こちらで保管してあります? ご覧になりますか?」

 刑事は少し考えてから「……ああ、頼む」と返した。

 鑑識官はスマートフォンを取り出し、メッセージを打ちはじめる。

 刑事は天を仰ぎ、無駄に眩しい蛍光灯をじっと見つめた。


 これで事件はほぼ・・解決した。

 一家心中の真相は、猛毒を持つテントウムシに襲われたから。

 悪い冗談のような真実だ。

 だが、事件はもう一つある。

 本件に事件性が薄いと結論付けられたのは『現場に争った形跡が殆ど・・なかった』からである。

 つまり、争った形跡は一つだけあった。

 それが今、目の前にある忌々しい一枚、いや二枚の写真に写されている。

 子供に襲われた子供の写真。

 痛みがあるわけでもないのに、刑事は目をつむり、眉間を指でおさえた。

 子供から子供への、性的暴行。

 痛みと向き合うように、刑事は目をあける。

 どうしてこんな残酷なことができる?

 吹けば飛ぶような細い少年が、大樹のように肥満の少年を襲った形跡。

 逆ならまだわかる。

 なぜ大きな子は小さな子に乱暴にもてあそばれた?

 真相がわかれば、そんなことだったのかと呆れてしまうのだろう。

 いっそ悪い魔女にそそのかされたのだと鑑識に真顔でいわれたほうが楽になれる。

 その鑑識官から「来ましたよ」と声がかかる。

 頑丈なアクリルケースに、それは収まっていた。

 野球ボールなんてもんじゃない。

 丼をひっくり返したような大きさだった。

 ムカデアシオオテントウムシ。

 巨大で、赤く、背中に黒い斑模様。

「不気味ですよね」鑑識官は素直な感想を述べる。「それにこの模様って、まるで──」

 鑑識官の言葉を刑事は引き継いだ。

「ああ──笑ってる女の子みたいだ」



 END



 

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