私の十代の頃のお話しをさせて頂きます
花恋亡
始まりの出来事
このお話しは特段おどろおどろしいとか、何だか分からないけど気持ち悪くて寒気がするといった類のものではないかもしれません。
ただお話しの主人公をご自身に置き換えて読んで頂けたら、ああ、確かにそりゃ怖いよな。と思って頂けると思います。
十代の頃というのは誰でも多感で、色んな事を感じたり思ったりするものです。そして時に、見えないものが見えたり、感じ得ないものを感じたりする年頃でもあります。
私が生を受けてから住んでいた住居は、蔵を中心に増築され同じ間取りの畳の部屋が田んぼの田の字の様に配置された純日本家屋の二階建ての家でした。
歴史だけ見れば築百五十年ほどあったそうで、由緒正しいといえば聞こえが良いですが、私からしたらただ古いだけで、洋風建築と比べては恥ずかしい気持ちを抱えていました。
幼い頃は、親の言うことを聞かなかったり、悪さなどをすれば良く蔵に閉じ込められたものです。蔵が家の中心にあると言うことは外界からの光が一切射しませんので、
なおかつ、重い扉は専用の鍵を使わなければ外からも中からも開けられないので、一度閉じ込められたら許しが出るまで出してもらえない。幼児への罰としては十分過ぎるほどでした。
悪さをして親に持ち上げられると、蔵へ入れられる事を察知して、泣き叫びながら必死で抵抗したのを覚えています。
そんな私のお話しです。
この様な環境で育った私も、これといって特筆することも無く年月が過ぎて行きました。
しかしきっかけは、記憶が正しければ小学六年生の時のことです。
当時私は仏間に布団を二枚敷いて、父と寝ておりました。
配置で言いますと、部屋の中心には大きく重い台があったので、夜になると部屋の端に布団を敷き、一枚の横にはすぐ隣の部屋とを仕切る
何だか怖いと思った時には父の方に近づき、ちょうど二枚の布団の真ん中あたりで眠ることもありました。
晩酌をして良い気持ちになった父はいつも早々に眠りに就き、子供ながらに寝付きが悪い事が時折あった私は、夜の不気味さを
そして、眠れる気がしない時にはテレビをつけ、音量を出来る限り下げては、移り変わる光の強弱で怖さを紛らしておりました。
そんなある日の出来事です。
その日も中々寝付けずに、チカチカと流れる光をまぶたの裏に感じながらもなんとか眠ろうと努めておりました。
すると段々と体が重くなり、重くて動けないのか脱力して動けないのかは定かではありませんが、しかしどうにも全く動けないのです。
当時は夏になると決まって多数の心霊番組が放映され、子供たちの恐怖心をこれでもかと煽り立てたものです。
ですから私も、これが金縛りかと思い至りました。
だからといって怖くないわけではありません。むしろ知っているからこそ恐怖は膨れ上がりました。
必死で声を出そうとしましたが、どうやら声を出すことも出来ない様です。声帯すらもきつく
ただただ膨れ上がる恐怖心を必死で耐え、いずれ訪れる解放の時を
どのくらいの時間経過だったのでしょう。数分にも数十分にも感じましたが、もしかしたら数十秒だったかもしれません。
私の左手首を掴む感覚に気が付きました。明らかに人の手のそれです。そしてこれは
もちろんパニックなりました。必死で目をつむり恐怖に耐えます。
しかしどうでしょう。私を掴む手が増えていくではありませんか。
左手首から始まり、左前腕、肘、左上腕。
左下肢、左大腿と次第に増えていきました。
もうどれほどの手に掴まれているかも把握出来ないほどに、何者か達の手が私を掴みます。
いま思うと、どうしてその様に思い至ってそう行動したか覚えてはいないのですが。
意を決した私は目を開け、かろうじて動きそうだった顔を左に倒そうとしました。
その時です。
こちらを向くな。と言わんばかりに何者かの手が私の顔を覆いました。明らかな人の手が。
しかし微かに視界に入れることが出来た私の左側、つまり元来なら
暗黒。
テレビがついていて明るいはずなのにです。
もはや私に出来ることはただひたすらに耐えるしかありませんでした。再び目を強くつむり、右手で敷布団を強く掴みました。
いつか来る解放されるその時を待ちました。
そしてどれ程の時が経ったのでしょうか、次第に私を掴む手達の感覚が薄くなっていきます。そして完全に手の感覚を感じなくなった頃、次第に体も軽くなっていきました。
ようやく恐怖から開放されたのです。
起き上がり辺りを見回します。テレビの灯りに照らされた部屋はいつもと何ら変わりありません。流れるテレビの映像が、まるで何事もなかったかの様ですらありました。
私は父を起こす為に自身に掛かった布団をめくり右を向きます。
するとそこには明らかな変化がありました。
そして強く右手で掴んだのはどうやら父の敷布団だった様で、父の敷布団は私が掴んだ箇所を起点に僅かに左側に寄っていました。
もしあの時に右手で父の敷布団を掴んでいなかったら。
もし掴んでいたのが自分の敷布団だったのなら、私はあの暗黒に引きずり込まれていたのかもしれません。
不確かなことの結果論でしかありませんが、私にはその様に思えてなりませんでした。
そしてこの出来事をきっかけに、私は時折不思議な体験をする事になります。
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