1章 緊張感、持ってくださいね(2)


「と、いうようなことがありまして」

「……お前なあ」

 一夜明け、日曜日。

 朝からシフトに入って開店準備を進めつつ、昨日の顛末を話した俺に、店長は大きなため息を吐いた。

「なにを平然としとるんだ。ストーカーされてんじゃねえか」

「……やっぱそうなんですかね?」

「それ以外になにがあんだよ……」

 グニグニと目頭を揉み込んで、店長は首を振った。

「緊迫感を持て緊迫感を! なにされるかわかったもんじゃないぞ! ……怖いぞー、そういう子の執念は……、俺も昔……うう、思い出したら寒気してきた」

「どんな経験をしたのか知らないですけど、店長の女癖の悪さが原因ということは?」

「……話が逸れた、戻すぞ。で、最近よく来てたあの地雷系ファッションの子なんだよな? 覚えてるぞ俺も。東京ならともかく、この辺りじゃ流石にめずらしい格好だからな」

 この街は過疎というほど寂しい場所ではないが、ああいう服装の子が歩いていると良くも悪くも目立つくらいには、田舎である。典型的な地方都市だ。

「お前、なんかいまいち緊迫感なくて心配だなー。危ない状況なんだから…………あれ、嘘、この豆もうない!?」

「それ、もうすぐ切れるから発注しとかないとダメですよって言ったじゃないですか」

「え~! 言ってた! うわ~してねえ~!」

「……奥にある方の棚の三段目に予備ありますよ。次からは忘れないでくださいね」

「えっ、……あ、ほんとだ! じゃあ大丈夫じゃ~ん」

 俺がジトッとした目で見つめると、店長は「コホン」とわざとらしい咳払いをひとつ。

「お互い、緊迫感を持とうな」

「血でしょうかね、変に呑気なところが似たの」

 ここでは敬語を使うし店長とも呼んでいるが、この人は俺の叔父さんだ。ちなみに我が親類ながら無精髭に色気のあるイケメンで、実際ずいぶん浮名を流している。

「……どうだろうな。お前のそれは、俺の呑気とは別だと思うがな」

「そうですか?」

「…………まあ、それはいい。とにかく気をつけろ。聞いた感じじゃ家まで知られているかもだから、帰り道は特に」

「わかりました、そうします。……ん、あぁ、もう開店時間ですね。表の看板ひっくり返してきます」

「おう、よろしく」

 カランカランとドアベルを鳴らし外へ出て、扉に掛けられた看板をOPENに替えたところで、すでにお客さんがひとり、店先で待っていたことに気がつく。

「すみません、お待たせいたしました。いらっしゃいませ」

「……は、はい」

 俺と同じくらい、つまり高校生くらいの女の子だ。ゆるく編んだ三つ編みを揺らし、彼女はどこかおずおずとした様子で店へ入っていった。

 ……今の声、どこかで聞いたような。

 まあいいか、仕事だ仕事。

 俺も店の中に戻り、彼女を席へと案内する。そのお客さんはメニュー表も見ずに、アイスコーヒーを頼んだ。

「かしこまりました、少々お待ちください」

 冷たい飲み物を頼む人が大多数になったな。それもそのはず、もう五月の末だ。近年の温暖化の影響か、夏日すら観測されるほどに暖かい。

 いつの間にか、俺も高校の三年生になって二ヶ月近くが過ぎたことになる。

「店長、アイスコーヒーをひとつお願いします」

「……じゃねえよ、バカかお前は」

「え?」

 注文を伝えに行くと、カウンター越し、腕を伸ばしてきた店長にガッと頭を抱えられる。

「あの子だろ、地雷系の子って! ……服装もメイクも全然違うからわからんのも無理はないが。……いや、わりと顔はそのまんまだぞ。メイクで変わらん顔面の良さ」

「え、……あ! そうだ声! どっか聞いたことあるって思った……。あんなに見た目の雰囲気違うのにわかるなんて、店長さすがですね」

「覚えておけ、女がいちばん面倒くさいキレ方するのは、他の女に間違われたときだ。それを避けるためには、認識力が命綱なんだよ」

 同時進行で複数の女性と関係を持つから命綱に頼ることになるのでは? とは思ったが、そんなこと今に始まったことではないし、今言っても仕方ない。

「すみません、俺、ちょっと話してきてもいいですか?」

「待て待て待て待て、そのままガッチリ捕まったらどうすんだ馬鹿。お前は人を見捨てられないタイプなんだから、絶対まずいんだぞわかってんのか」

「でも、とにかく話をしてみないとなにもわからないので。昨日のお礼も言いたいし」

「……そういう甥っ子だよ昔からお前は。兄貴にそっくりだ。……いいか、いよいよヤバそうな子だったら俺が追い出すからな。そしたらお前はあの子に金輪際関わるな」

「わかりました」

 店長、いや叔父さんから許可を得て、俺は彼女の席へと向かう。こちらの動きに気づいて、その女の子は伏せていた顔を上げた。

 ああ、たしかに昨日のあの子だ。出立ちが違うからだろう、昨日ほどの底なしさこそないが、それでも吸い込まれそうな深い瞳がそこにある。

「ちょっとお話いいですか?」

「……はい」

 返事を確認して、俺は彼女の向かいに座った。なにか言われるより先に伝えようと思って、俺はすぐに続けて口を開く。

「昨日は、ありがとうございました」

「え?」

「教えてもらった料理、すごく簡単だったし美味しかったです。定番メニューに加えます。助かりました、ほんとに」

「そ、そんな! だってわたし…………その、……申し訳ありません。ストーキングなどというご迷惑をこの一ヶ月……」

 一ヶ月!?

 全然気がつかなかった……。

「それって……あ、いやその前に、お名前お聞きしてもいいですか? ……自分は地藤景ちふじけいと言います。高校の三年です」

 ストーカーであることを明かした相手に名前を教えてしまっていいものか、一瞬迷ったが結局言った。相手の名前を聞こうとするなら、やはり自分も名乗らなくてはいけない気がする。

雷原甘音らいはらあまねと申します。わたしも高校三年生です。通っているのは――」

 同い年らしい彼女が挙げた学校名は、この辺りでは有名な中高一貫の私立女子校だ。

「あそこですか。成績には厳しいけど、その分校則が自由だって聞いたことが」

「あ、そうなんです。ですので、私が髪をこのように染めたときにも特になにも」

「へえ~」

 自らの髪の、ピンクに染まったインナーカラーを指す彼女――雷原さん。そうだ、こんなところにわかりやすいヒントがあったんだな。

 間抜けな言い訳になってしまうが、服装の雰囲気が違いすぎてほんとうにわからなかったのだ。

 今日の彼女は、淡い色味のワンピースに上品なカーディガンという格好。緩い三つ編みと合わせ、「穏やかで優しそうなお姉さん」ルックとでもいうべきか(髪に入ったピンクが不思議と嫌な浮き方をしないのは、あるいは顔の良さによるパワープレイかもしれない)。

「いいですね、うちの学校は服装については結構厳しくて。バイトについては寛容なんですが」

「そうなんですね、地藤さんの学校はどちらの――」

 雷原さんはハッとそこで言葉を止め、ブンブンと首を振った。

「ち、違うんです! 情報を取ろうとしているわけでは!」

「だ、大丈夫です。別に疑ったりは」

 した方がいいのかもしれないが、……うーん。

 昨日もそうだったが、話している感じ、とてもではないが危険な匂いがまるでしない。

「……本題なんですが、俺の跡を尾けていた理由って、お聞きしても? 強い執着をしていただけるほど、そもそも接点ないはずじゃないかと思ってるんですが」

 こんな美人に一目惚れされたなんて自惚れはさすがにできないし、記憶をいくらひっくり返しても、「実は以前に会っていた」みたいな覚えは出てこない。

「そ、それはですね…………すみません、その、……へ、変なことを言って申し訳ないのですが…………シ、シミュレーションをしていたんです」

「……シミュレーション?」

「はい……」

 言葉通り申し訳なさそうにうなだれて、雷原さんは続ける。

「わたしの大変勝手な事情で、本当になんとお詫びをしたらいいか……」

「いえ、実害がなにかあったわけではないので正直別に……それより、シミュレーションってなんのことなんですか?」

「……ああいった格好をしている理由と密接に関わっていることなのですが、そもそもわたしには、やめたいのにどうしてもやめられない、もう病的に依存していることがありまして……。そのお話からさせていただく必要があります」

 雷原さんから放たれたのはそんな前置き。病的な依存、なんて強い言葉に身構えた俺の前、そして彼女は言った。

「わたし、……どうしても好きで好きで好きで好きで…………人のお世話をすることが!」

 ……え?

「お世話? 人の?」

「はい、わかるんです自分で! 脳の中で、ものすごい濃度の快楽そのものみたいな液体がドバドバドバドバ出てるのが!」

「ええと、だから、……人のお世話をすると?」

「はいっ」

 それは……、

「失礼なことを言っていたらすみません、……あの、やめたいのにやめられないっておっしゃっていましたけど、良いことだから良いんじゃないですか?」

 物騒な前置きだからてっきりもっと危ない話かと思っていたので、想定とのギャップについそんなことを聞いてしまった。

 だって、人のお世話が好きって。……なんの問題があるんだ?

「周りの人たちはありがたいでしょうし、雷原さんがそれを喜べるなら完全にWin-Winというか」

「ダメなんです! だって、……わたし、それで人にご迷惑をお掛けしたことが……ダメなんです……」

 お世話をして迷惑? ……どういうことなんだろうと思ったが、彼女の暗い顔を見ると不躾に掘り下げるのは憚られた。

「そもそも、わたしのそれって結局、他人ありきでしか行動していないわけで、……もっと自立しないとって……」

 がっくりと肩を落としながら、雷原さんは沈痛な声で語る。

「わたし、五つ下に妹たちがいるんです。双子の、とってもかわいい子たちが……。ほんとうに生まれたときからすっごくすっごくかわいくて……はっきり覚えてます。もうそのときにはすでに、この欲求が自分の中にあったこと」

 妹たちが五つ下なんだから、雷原さんは当時五歳。……そう考えると筋金入りだ。あるいは生まれつきとすら言うべきか。

「妹たちが家にやってきて、それはもう素晴らしい日々が始まりました……。わたしがもうすこし大きくなったころからは、両親の仕事がとても忙しくなったのもあって、さらに任されることが増えて……」

 当時を思い出しているのか、雷原さんの頬は自然に緩んでいる。

「目が回るほど大変でしたけど、だからこそ、頭が焼き切れそうなほど最高でした……。毎日祈っていたんです、『ああ、お父さんお母さんお願い、まだ帰ってこないで』って」

「……当時、雷原さんは」

「小学生ですね。満ち足りた日々でした、あまりにも……あ、両親のことは大好きですよ! 仲も良いですし」

 じゃあほんとうに真実、妹たちのお世話役を取られたくなくて祈っていたのか。すごい小学生だ。

「……でも、あの子たちもどんどん大きくなって、小学校に上がるころにもなると自分でできることがどんどん増えてしまって! いえ、それでもまだお家にはいてくれたからよかったものの! ……なんと……なんと……」

 炭で塗りたくったかのように、ズズズッと雷原さんの声のトーンが一気に暗くなった。

「今年の三月、小学校卒業を機に、ふたりいっしょにカナダへ留学に行ってしまったんです……。フィギュアスケートをやっていて……」

「……あー」

 自らの眼前に翳した雷原さんの手は、プルプルと震えている。禁断症状のそれに見える震えだ。

「父は妹たちについていってしまったし、母は自分のことは自分でしっかりできてしまう人だし、そもそも仕事が忙しくてあまり家に帰ってもこないしで、誰も、誰も、誰も、……誰もお世話をさせてくれないぃぃぃ……」

 初めて聞くタイプの嘆きで、なんて声をかけたらいいのかわからない……。

「き、き、記憶が飛ぶんです、日々にあまりに色がなさすぎて……! それで、わたし、気がついたら……」

 瞳孔の開き切った眼で虚空を見つめながら、雷原さんは悲鳴のような声音で続けた。

「徘徊するようになってたんです! 公園とか……! ショッピングモールとか……! だ、だ、だれか、だれか、……――だれかおぜわざぜてぐれないがなあっで……!!」

 ……どうしよう、想定していたラインとはまた全然違うところで、すごく個性的な人だった!

「だ、だめなのに! わたじのおせわは! めいわぐをかけるからだめなのに!!」

 ……お世話がどうして迷惑になるのかはやはりわからないが、でも、辛いのだというのはすごく伝わってくる。彼女の大きな瞳からはポロポロと、涙の粒が溢れている。

 さっきの声は、やはり正しく悲鳴だったのだと思う。

「ええとっ、それはっ、はい! すごくお辛いですよねっ、はい!」

「……ず、ずみまぜん、と、とりみだして……!」

「いえ全然、ゆっくり呼吸して」

 いくらかの時間をかけて落ち着いた雷原さんは、また話を続けてくれた。

「…………申し訳ありません、お見苦しいところを……。それで、ええと、話は最初に戻るのですが、……シミュレーションというのはつまり、人に甘える練習をしようと思いまして」

「……あー」

 なんとなく、話の輪郭がわかってきた気がする。

 つまり。

「雷原さんはとにかくお世話をして『人を甘やかすこと』に執着しすぎてしまう、でもそれを直したい。そのために、まったく逆方向の『人に甘えること』をできるようになって、良い感じにバランスが取れないかと思っている……で、合ってます?」

「っまさにそうです! ……普通に『人を甘やかすこと』をやめるのが、無意識に誰かを求めて徘徊してしまうくらいにはできなかったので、もう逆方向から攻めようかなと」

 たしかに状況を聞けば、それくらいしないとダメだという気持ちになるのも無理ないと思える。

「『人に甘えること』ができるようになるためには、甘えられる人に身近にいていただく必要があるわけで、……でも家族や友人はいまさらどうにも難しく……。そんなとき、たまたま入ったこのお店で地藤さんをお見かけして」

 自分の名前が出てきて驚いたが、そもそもそういう話だった。

「お客さんにはとても丁寧に接していて、なにより困っているお仕事仲間の方をかいがいしく助けていて、だからみんなから頼られていて、あ、こういう人にならもしかしたらわたしも甘えられるかもって」

「なるほど……」

 別に俺は頼れるタイプでもなんでもないが、この店で働くことには手慣れているし、本来いちばん頼れるはずの店長があんな感じの人なので、そう錯覚するのも無理はないか。

「ですがもちろん、『甘えさせてください』なんていきなり言えるわけがないですし、……その」

 雷原さんは恥ずかしそうにすこし顔を伏せる。

「じょ、女子校育ちで、同い年の男性へどう声をかけたらいいのかもわからなくて……」

「それで、シミュレーション」

「はい。こういう風に甘えてみるべきものかなって、地藤さんを見ながら頭の中だけでひたすら」

 だからあんなにじいっと見られていたのか。合点がいった。

「最初はこのお店で見ているだけだったんですが、他の場面だとどうなんだろうと気になって、それでつい、お仕事上がりを見計らって後をついていくようになってしまって……」

「ええと、なんというか、行動力がありますね」

「い、妹たちにも言われます。変な方向に思い切りがいいって」

 顔立ちや雰囲気はおっとりとしているが、やはり人は見かけによらないものだ。


「あの地雷系の格好も、思い切りの良さの象徴かな」


「店長」

 突然話に入ってきたのは、おそらくずっと耳をそばだててくれていたのだろうその人だ。

 いつの間にかこちらまで来ていたらしい店長は、アイスコーヒーのグラスをコトリと雷原さんの前に置いた。

「お待たせしました、ご注文の品です」

「あ、ありがとうございます。ええと、そうですね、あの格好は……」

「人に甘える自分になるなら、見た目もそんな感じにしたかった、みたいな? なるほど地雷系は、良くも悪くも人にべったり寄りかかることにかけては極限かもね」

「……いちばん人に甘えられる女性ってどんな人たちだろうって考えたとき、ああいう姿が浮かんだんです。……正直、見た目が好きというのもあるんですが。かわいいし、独特の世界観があって」

 地雷系=人に甘えられる女性か。面白い解釈だし、一面の真実でもあると思う。

「うんうん、よく似合ってたと思うよ。……なるほど、話は把握した。ごめんね、一旦こいつ借りていい?」

「え、あ、はいそれはもちろん」

「ありがとう、すぐ返すから」

 そう言って店長は俺の腕を掴み、カウンターの端まで連れていった。

「店長? どうしたんです? ……まさかあの子追い出す気じゃないですよね? 危ない子じゃなさそうだし、話聞いた感じ困ってるみたいだから俺――」

「わかってるわかってる、そう考えてると思ってたよ。だから景、これからお前に店長命令を授ける」

「店長命令?」

「そ。お前、これからちょいちょいあの子とどっか遊びに行くようにしろ」

 店長が出してきたのは、俺もそうできたらとは思っていたことだった。だが、それには問題がある。

「そうしたいし、どうにかそうできたらと考えてるんですが……」

「言ったろ、店長命令だって。バイト代をちゃんと出す。遊んできた日についても、一日いつも通り働いたことにする。給料は減らさねえよ」

「……え!?」

 家に金を入れなくてはならないので、正直遊んでいる暇がないというのがネックだった。遊びに行っても給料が出るなら、たしかにその問題は解決するが……。

「な、なんでそんな」

「ま、お前にはこれまでずっとこの店でがんばってもらってきたからな。俺が世界大会で結果出せたのも、店のことをお前が支えてくれたからだと思ってる。ボーナスだボーナス」

 はっはっはと店長は笑った後、すこし声を硬くした。

「……これは別に、叔父としてお前に金を渡すって話じゃない。店長として特別な形での勤務を認めるってだけだ。……お前の母親も、文句は言わないだろ」

「それは……そうですけど」

「なら決まりだ! 景、お前あの子のことなんとかしてやりたいんだろ? 面倒見いいからな」

「店長……ありが……いや、でも、店は大丈夫なんですか? 俺がいないとき」

「祈れ、潰れんことを」

 ややガチなトーンなのがとても気になってしまう。

「……あのさ、オペレーションのあれこれ、何かにめっちゃ細かく書いといてくんね? 景しかわからんことが多すぎる」

「やっておきます」

「良い機会だしな、お前ひとりに任せきりなのを精々修正するさ。じゃ、そういうことで」

「……ありがとう、叔父さん」

「店長だ、営業時間中はな」

 ヒラヒラと手を振りながら、昔からずっと俺に優しいその人はカウンターの中へ入っていった。

 俺はまた雷原さんのもとへと戻る。

「すみません、お待たせしました」

「いえ、そんな」

「それでなんですが――」

 俺は、彼女のいわば『甘やかし依存』を直すのに協力したいこと、そのために、これからはふたりで会っていろいろ試す時間をたびたび作っていこうと伝えた。

 シミュレーションではなく、ほんとうにやりましょうという話だ。

「で、でもっ、そんなの申し訳ないです! すごくすごくありがたいですが、そんなのわたしばかりが助かって、地藤さんになにも……」

「俺も高校生活あまり人と遊ぶ時間がなかったので、良い気分転換になりますので」

「で、でもそんなご迷惑をまさか!」

 まあ、こういうときに「お願いします!」と言える人だったら、そもそも人に甘えられないなんて悩みは持っていないわけで。

 んー、……じゃあ。

「わかりました。では、どうにも放っておけないと勝手に思ってしまった、俺の自己満足に付き合っていただけませんか?」

「え? い、いえ、でもそんな……」

 意図の見えすいた俺の言い回しにはさすがに頷かない雷原さん。だが、この話にはまだ続きがある。

「……ストーキングについてお詫びしたい気持ちがあるとおっしゃっていたはずです。なので、この話を受けていただくことを、許す条件としたいなと」

「あ……」

 こうすれば、彼女は遠慮できないだろう。

「…………あの、……すみません、なにからなにまでお気遣いいただき……」

「オーケーということでいいですか?」

「は、はい……」

 よかった、うん。

「どうにか望む形になればいいですね」

「地藤さん……」

 彼女は、こちらの瞳をまっすぐ見据える。そして。

「ありがとうございますぅぅ……」

「っ! い、いえ」

 目を弓形にしならせ、口を三日月のように割る、あのニィィィッとした笑い顔。美しいけれど、どこか底知れず恐ろしく。

 ……だいじょうぶ、だよな? …………実際に地雷系なわけじゃ、ないんだよな。

 そのはずだよな、うん。

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