実姉

梓ゆみ檀ゆみ

姉妹

大嫌いだ。


思い出すのは嫌なことしかないし、今でも近くにいるだけで鼻につく。

それが私の姉。


運動はひょいっとこなすし、勉強もちょちょいのちょい。顔は憎たらしいほどに整っていてスマホのメッセージは絶え間なく通知が来ている。

これも残念なことに私の姉なのである。


姉は何をしても許されてしまう。私が何を言おうと、

「お姉ちゃんはお姉ちゃんでちゃんとやってるからいいのよ。」と言われ、言い返す言葉をなくす。


たまに考えてしまうことがあるのだ。ああ能力は母のおなかの中で先にお姉ちゃんに多く奪われてしまったのかって。もしそうなら、私ってなんで生まれてきたのだろうって…。


仕方のないことかもしれない。毎日優劣感に苛まれながら生きていくこと、自分と姉とを比べながら生きていくことは

光と影のうち影の私の毎日に変化が起きたのは、あの日からだ。


事件が起きたのは2017年5月4日。

ぴーぴーぴーという小さな機械音。暗い赤色の光に「手術中」という白い文字。決して忘れない。私が生まれて初めて感じた、姉に対する同情心。

姉が交通事故にあったのだ。歩道にトラックがつっこんだらしい。


手術後聞かされた医師の言葉によると、一命をとりとめたものの、意識不明で生死にかかわる状態であるらしい。


歩きながら考えた。さっきよりは悲しくない。いや、むしろ何も感じていなかった。この感情が何かは分からないし、今もわからない。ただ胸の奥底から薄く湧き出るワクワクの感情を、日本人としての情というようなものが黒く包んでいるようなものであった。


先の暗い未来を考えた両親のいる家は何となく居座る気がしなかったので、わたしは祖母の家に泊まることにした。何も言わずに出てきたが、何か言っても特に気にもしてくれなかったと思う。


ぽーんというエレベーターの音、清潔で奥ゆかしいような匂い。久々に来たその家は私の記憶のすべてが詰まっているように思えるなつかしさがあった。


「おーおかえりーよぉ来たね。」やさしく透き通った温かい声。

「うん、ただいま。ひさしぶり。」発するのが久々すぎて声が少し掠れてしまった。蛇口をまわす。ハンドソープの懐かしい匂い。


「お姉ちゃん、大変だったねぇ。あっアイスあるから食べなさい。」

ミルクにいろんなフルーツが入った棒のアイス。いつも祖母の家にストックしてある。


祖父にお線香をあげて少し会話をして、布団を敷いてお風呂に入ろうと立ち上がった時。

「ああそうだ。玄関のとこにひめの写真あるから、見てったらいいわ。」

照れくさくて、「そんな、いいよ」とは言ったものの、脱衣所の近くだったのでちらりと見るつもりで壁にかかった写真を見る。


蘇る記憶ー

「ひめちゃーん。たけのこぎゅーしよー!」

「…」

「ぎゅーっっ!!」

私がまだ2歳ぐらいのころの写真だろうか。身長差のある私と姉がハグをすると、たけのこの形になるのだ。

そういえば、私に「ひめ」という名を授けたのも姉であった。「おひめさまのように可愛くなってほしい」という意味らしい。

「どっちがおひめさまだよ…」ねむりひめが一生目覚めない気がしてきて、胸の奥が熱くなり、その熱が目頭にじーんと伝わる。


くっそー。最後まであいつは本当に嫌なやつだ。なぜ?と聞かれたら答えられないところが、特に。


一生に一度のお願いを今日使うよ、頼む神様。あいつのことは大嫌いだ。だけどさ、生かしてやってほしい。才能を持つものは早死にしがちとかお母さんがいってたけどさ、あいつはめちゃくちゃ努力してるんだってわたし、知ってるんだから。そう努力してんだよ、あいつは。


さっき食べ損ねたアイスを冷凍庫から取り出す。何度食べても私の口には合わない。甘いはずのミルクが、今日は塩味を感じた。



ー5年前、最後にここに遊びに来た時の帰り。そのときも祖母はあの棒アイスをくれた。

「わたし、このアイスあんまり好きじゃない。」

「…そうかな?わたしは結構好きだよ。お家にも今置いてあるし。」

姉と普通の会話をするのが照れくさくて、ぽつりとこの言葉をこぼすことしか出来なかった。


  「あんまり、好きじゃない。」

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