魔法使いハルは神話に至る ~両親を失ったあと、叔母から魔法使いであるとカミングアウトされた青年の人生~

とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化

一章 実は魔法使いだった青年

第1話 カミングアウト


「ハル君、君は魔法使いなの」


 叔母からカミングアウトされるも、俺は何も言えなかった。


 だってそうだろう。


 自分が抱える秘密を暴露したと思っていたら、逆に斜め上を行くことを告げられてしまったのだから。


「ええ……」


 思わず頭を抱えてしまった。


 無意識に黒髪を手でかき混ぜて、寝不足のせいで隈が酷いであろう顔を手で覆う。


 どうしてこうなった? なんでこんなことをカミングアウトされてるんだ?


 ――きっかけは両親の死だ。


 数日前、俺の両親は自動車事故に遭って死んでしまった。


 対向車線を走っていた車の運転手が居眠り運転していて、両親の乗る車に正面から激突したのだ。


 警察から連絡が来た時は言葉が出なかった。どうにか絞り出した言葉は「嘘でしょう?」だった気がする。


 しかし、これが現実だ。


 俺――柊木ひいらぎはるは十八という年齢で父親も母親も失ってしまった。


 ただ、悲しみを感じる暇はなかった。


 通夜や葬式の準備に追われ、あっという間に時間が過ぎていく。


 母さんの妹である叔母の夏子さんに協力してもらいながら何とかこなし、ようやく葬式を終えることができた。


 葬式を終えて帰宅したあと、俺は両親の死後からずっと抱えていた罪悪感を夏子さんに暴露することにした。


 暴露しないと、自分が潰れてしまいそうだったから。


「夏子さん、実は……。俺、昔から囁き声が聞こえるんだ」


 俺には昔から変な感覚が備わっていた。


 いつも悪いことが起きる前には『囁き声』が聞こえる。


 何重にも重なった声が、何を言っているか理解できない声が、俺の耳元で囁かされるのだ。


「最初に聞こえたのは小学生の頃で……」


 囁き声が聞こえたあと、乗っていた自転車のチェーンが外れて電柱に激突した。


 今考えれば、声が聞こえた瞬間に漕ぐのを止めていれば怪我はしなかったかもしれない。


「中学生の時もそう。あの時も囁き声が聞こえたんだ」


 下校中、横断歩道を渡ろうとした時に囁き声が聞こえた。


 今度は渡る前に足を止めると、暴走した車が猛スピードで横断歩道へ進入してきたのだ。


 囁き声に従ったからこそ、俺は事故に巻き込まれなかったのだろう。


「今回も囁き声が聞こえた。母さん達が家を出たあとに聞こえてきたんだ!」


 両親が家を出てから一時間くらいしたあと、囁き声が聞こえた。


 安全な家の中でどうして? とも思った。


 家が火事になるのか? 空き巣でも入るのか? と様々な考えが頭を巡る。


 自分のことばかりしか考えなかったから――両親が死ぬという考えにすぐ至れなかった。


「俺は……。事故を防げたかもしれない……」


 もし、自分がすぐに気付いていれば。


 もし、すぐに自分が両親へ電話していたら。


 母と父は死なずに済んだかもしれない。


 ――懺悔、後悔、罪悪感。


 今の俺にはどの言葉が一番似合うだろうか?


 どれにしろ、俺は耐えられなかった。耐えられなかったから、ずっと抱えていた秘密を夏子さんに暴露した。


 ……こんなことを聞かされた夏子さんはどう思うだろう?


 急に「囁き声が聞こえる」だとか「すぐに電話したら二人はまだ生きていたかも」なんて言われても、正直頭がおかしくなったと思われても仕方がない。


 あるいは、両親の死を経験したせいで精神が参ってしまったと思われるかな?


 なんて、心の中で自虐しながらも暴露を終えると……。


「まず最初に言っておきたいのは、姉さんと義兄さんの死はハル君のせいじゃないってこと。決して、絶対に、君のせいじゃない。これだけは理解してね?」


 夏子さんは真剣な顔でそう言った。


 ただ、少し間を空けて告げられた言葉は予想もしないことだった。


「……囁き声の正体を知りたい?」


「え?」


 おかしくなったと心配されるか、病院に行こうと言われるかと思っていたが。


 夏子さんは真剣な顔で問うてくるのだ。


「ハル君、その囁き声は君の妄想でも気のせいでもないわ。姉さんも知っていたもの」


「え? え……? ど、どういうこと……?」


 母さんが知っていた? この囁き声について? どういうことだ?


「普通の人に言ったら頭がおかしくなったと思われるかもしれないわね。でも、私や姉さんは違う。その声について答えを持っているわ」


 夏子さん曰く、母さんが俺に囁き声のことを告げなかったのは「普通の人間として生きてほしいから」と願ったかららしい。


「な、なにそれ……。まるで俺が普通の人間じゃないみたいな言い方じゃないか」


 動揺を隠せずにいると、夏子さんは静かに頷いた。


「ええ。その通り。ハル君は普通の人間とは違う。私も姉さんもね。だけど、ハル君はもっと特別な子だから」


 彼女は一拍置くと、予想の斜め上を突き抜けるようなことを口にした。


「ハル君、君は魔法使いなの」


 ――そして、今に至る。


 お分かり頂けただろうか?


 俺が「どうしてこんなことに?」と思うのも無理はないだろう?


 なんだよこれ。


 自分の暴露から始まった話だけど、まったく意味不明だよ。


 精神的な心配をされるかと思いきや、返ってきた答えがファンタジーって意味わかんないよ……。


 夏子さんは「まだ確定じゃないけど」「素質は十分」などと言葉を続けるが、上手く話が頭に入ってこない。


 どうしよう。何て言えばいいのだろう。


 やけに喉が渇く。もう口の中がカラカラだ。


「どうする? ハル君が魔法使いであるかどうか、ちゃんと調べることもできるわ。それと囁き声の正体を知ることもできるよ」


 夏子さんはじっと俺の目を見つめながら言う。


「でもね、同時に引き返せなくなる。全てを知った後で、やっぱり普通の人生を過ごしたいと思っても……。それは無理な話になってしまうわ」


 このまま普通のとしての人生を過ごすか。


 それとも答えを知って、普通とは違う人生を歩むか。


 どうするかはハル君に任せる、と夏子さんは言った。


「……し、知りたい」


 ずっと自分の中で抱えてきた囁き声の正体。両親の死後、感じてきた罪悪感。


 これは本物なのか。それとも違うのか。


「そもそも、夏子さんの言い方も卑怯じゃないか。そんなふうに言われたら気になってしょうがないよ」


 あんな言い方されて、自分が普通じゃないと言われたら知りたくなるに決まってる。


 抱いた気持ちをストレートに伝えると、夏子さんはハッとなってから苦笑いを浮かべた。


「ごめんごめん! 少し大袈裟に言い過ぎちゃったわね」


 夏子さんはテーブルの上にあったお茶を一口飲む。


「魔法使いと囁き声について深く知ろうとすると、どうしても別の秘密を知ることになっちゃうからさ」


 どっちかというと、夏子さんの言った『別の秘密』の方が世界的に重大な秘密だと彼女は語る。


 せ、世界的にってどういうこと……?


「まぁ、誰にも喋らなければ問題ないわ」


 誰にも喋らなければ。


 喋ったらどうなるの? とは怖くて聞けなかった。


「ただ、その前にまずは休まないとね。ひどい顔だわ」


 夏子さんは「忙しかったから寝不足でしょう?」と言って、隈が目立つ俺の目元を指摘した。


「休んだあと、ちゃんと教えてあげるわ。この世界の真実をね」


 ――こうして、俺は夏子さんと共に魔法や魔術が存在する異世界『ジオ』へと行くことになったのだ。



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※ あとがき ※


一応書いておきます。

物語に登場する地球や日本、地名などは現実とは違うものです。

登場する企業や組織、特定の要素なども現実とは違うものです。


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