判家悠久

cube choco

 父親が直腸癌になったので、東京を後にして地元青森に戻って来た。最後位は見とろうかの決意だった。ただそれもステージが浅く、結局母親に連れられて中央病院に日参した事で、そこそこで退院となった。

 肩透かしを食うも。それはそれで、俺のまた新しい人生になるので、不景気のどん底でも、道を切り開く楽しみはある。


 以降、俺成宮拓実の経歴は、配送系は2社、スーパーは1社、コンビニエンスストアは今の所で2社と、パート中心の生活だ。

 もちろん正社員になるべく就職活動するも、青森だと40歳超えともなると、呆気なく書類選考で落とされる。

 とあるスポーツ店なんて2週間も音沙汰がなく、電話すると、あーでブチっと切られた。田舎、いや青森市であっても、求人の現状って、優しくなくそんなものだ。


 それなら、東京にいた方が良かったのではを、つい囁かれる。それはどうだろう。世の中全般、完全成果主義という位止めがある以上、昇給も昇格もほぼ無い。

 そんな事ないだろうも、世の中不景気の責任転嫁が社員の努力不足に諭されるので、まあそういう不満が募って、それも辞める理由の一つだった。


 もう一つの理由は、何と言うべきか。俺は霊感がやや強い方で、何かと歪みに立ち会う事になる。なりふり構わぬ東京圏の更なる近代化の影響で、地盤に張り付いた封印が棄却され、霊の類いがわんさかと浮き上がる。

 霊感が強いなら払えば良いと、懇意の友人には諭されるが、印を結んで視線を釘付けにする事が精一杯だ。それが、日がなでは、はっきり面倒くさい。

 特に、東京の働いていた会社はブラック体質で、何かと生き霊が這い回って、印が通じない強力なものもいる。新社屋移転の際に、そういう神事を打ってないのは、俺だからこそ分かるか。いや、年下の同期も俺と同じ視線で追っていたから見えてるんだろうなはあった。


 今のコンビニエンストア:カモナダンス波打店の前には、スーパーで働いていた。別に悪い職場では無かったが、盆と年末になると、浮遊霊が現れる。

 そもそも、霊とは見えるものかになるが、それは見えない。その方がいい。見えたら、それこそ問題で、もう霊に視界を奪われてる証拠だ。よくバラエティで見かける霊媒師の真偽は、結構危うい所を綱渡りしている。

 それならばは。俺が見えるのは空間の歪みだ。その時々ではあるものの、何かしらの立体が遮って、歪に透過している。そう、遮っているのが、所謂霊だ。

 いちいち、気を使って避けるのも何だし、懇意の上司にも店内に置く盛り塩を下さいとは言うものの、客商売だからとそれとなく却下される。まあ、それでも霊のそれが通じるのは、青森ならではなのだが。


 そんなこんな経緯から、リフレッシュがてら、知り合いの紹介からコンビニエンストア:カモナダンス波打店で、またコンビニで務める事になる。

 深夜のシフトは、ややしんどい時もあるが、実家に近いし、何より夜は閑散とする地域なので、割は良い勤務になる。


 ただ、コンビニでも当然霊には出くわす。あからさまに来店出来ないのは、コンビニの風水が霊が合理的に入れない仕組みであると、いざ勤務して気づく。

 その出くわすは、お盆がピークだ。人も車も通過しないのに、頻繁に来店音が鳴る。センサーが虫でも敏感か、違法無線に反応してかだが。お盆限定なので、逸れた霊が自らお供えものを探して彷徨って、コンビニを嗅ぎつけるらしい。


 青森は、そんな物騒かも。戦後間も無くの青森市の墓地は多く点在しており、区画整備で霊園にまとまっても、居残る霊の集合体はどうしてもある事らしい。

 そこに関しては、深夜のシフトの相方、コンビニエンストア:カモナダンス波打店に親戚筋の娘さんとして働く、ボーイッシュな渕上真世の一家言がある。


「そりゃあね。青森は墓参りに人生傾けるし。いざ死んで、何故御供えものがないのはおかしいと、地上に浮かびもするでしょう」

「それさ、真世さん、見えてて大丈夫かだけど。霊障とかつかないものなの」

「そりゃあ、拓実さんと違って、私は見えるからね。そもそもだよ。目をつぶってバッティングセンターでエンジョイ出来ないでしょう」

「霊障一切をエンジョイって。そもそも青森市に、バッティングセンターって、一件か。もうあそこ、山でしょう」

「そこのペーパードライバーさん、私の車で今度デートする」


 するとかしないとか、俺は男女問わず一回り下によく絡まれる。その理由としては、只ならぬものを感じての、ちょっかいを出したいらしい。

 人生のジ・エンドは所謂7度あるらしく、俺は4度使い果たしている。生死をそれだけ潜り抜ければ、感じる方には、只ならぬものを感じてしまうらしい。それを踏まえて、後天的霊感は、どうしても生命維持のセーフティのギフトとしてついて来るものらしい。


 そして不意に、真夜中のコンビニの外の軒下を見ると、夥しいブロックノイズが浮かぶ。

 暇な俺に、お盆のシフトがかなり割り当てられて真夜中勤務が続いて、疲労で視力落ちたかだが。これは青森のお盆恒例の成仏出来ない霊だ。

 俺の視線を読みきった真世が、軒下を見て、溜め息混じりにぼやく。


「まあ、あれだよね。真夏なのに八甲田雪中行軍もご苦労な事だよね。青森の真夜中のコンビニって、今時はヤンキーの車さえ来ないから、そりゃあね、都合100人越えの休憩場になるよね」

「ちょっと待てよ、そんなにいるのかよ。幾ら何でもの数だろう」

「少なく見積もってそれ。濃淡あるから、遭難の文献通りに行くと200人弱は固いだろうけど」

「それ、誰か祓えないものなのかよ」

「土台無理でしょう。遭難したその日の八甲田山中に行って、儀礼行えるお坊さんの相当な方いないもの」

「何かな、」

「何かなも、日々運転してると、青森市でも八甲田雪中行軍見かけるよ。ロシアそれ程脅威なんでしょう。よく教育された軍人さんだよ」

「真世、他人事だな、」

「ふむ。軽くあしらうけど、拓実さんの霊感は、自らセーフティモードに入ってるだけだから。この先見慣れても壊れないから。そう、この機会だから、ね」


 俺は、真世に左手をきつく握られる。すると視界の歪みは、瞬く間に解消され、ブロックノイズが人の形を形成して行く。

 俺は、堪らず息を吐くと、それは夏でも、間違いなく白かった。そして、うだる夜でも、寒さが到来して忽ち身を縮ませた。

 そう、俺はその状況に吸い込まれた。真世が言っていた、八甲田雪中行軍200名弱であろうの霊体が、整然と駐車場からガラス越しに店内を見ている。身じろぎもせずにだ。

 こんなに霊体に囲まれるなんて、いや、恐怖しかない。そう言えば、八甲田雪中行軍の霊体験のいくつかの噂で、一夜にして髪が真っ白になったと言うが、この状況がそう言う事では、それもそうにもなるものだろう。


 いや、それより本当に寒過ぎる。店内の冷房が効き過ぎだ。違う誰もエアコン操作盤に触っていない。俺は不意に過った、きつく握った手の先を見ると、そう真世はいつも長袖だ。

 そして、真世が淡々と。


「そう。拓実さん。私の介助で見えてるでしょう。拓実さんはのほほんと、俺の霊感は後のりだからって言うけど、開眼したら、例外なくこう言うものよ。私の寒がりは、こう言う感じな訳よ」

「つうか、無理に引きづり込むなよ。そうだ、手を離せば」


 いや、真世の握力は何故か凄まじいもので外れない。


「これね、いい機会だよ。ちょっと付き合って。そもそも心頭滅却すれば火もまた涼しってあるでしょう。今は真逆だけど。それなりのお坊さんに会うでしょう、その中でも、身じろぎもせず心体穏やかな方って、こう言う律し方を知ってるのよ。また、日々の目的のある修行あればこそなのだけど。とは言え、私は一般人、さてもね。本当寒いね、夏の青森。違うけど」

「真世、よく死なないな」

「くどい事言うけど、そこは慣れだから」

「慣れって、待てよ、この状況、これずっと続いてるのかよ」

「まあね。コンビニだし。食料は尽きないし、駐車場が待機場としても立地も好条件。そもそも波打のここら一帯は、昔は練兵場だから、本来もっといるよ。とは言え、コンビニの作り上、入ってこれないのが不憫と言えば不憫だね」

「だから、誰か祓えないのかよ」

「そこ、いつも仕来り。今日こそは付き合ってよ」


 真世は、俺の手をまだきつく握ったまま、いつもの暇つぶしを見せる。

 カウンターにある、一口サイズの四角いキューブチョコを垂直に積み上げる。ここで、お前な、まあまあ、が日々だが、今何かが過った。

 俺は、キューブチョコ一つを持ち、積み上げに加わる


「これさ、賽の河原の石の積み上げの塔あれか。効き目あるのかよ」

「あるよ。結構頑張ると消える。お供え代わりになるかな。まあお供えに上げると、味がなくなるともいうけど、そこは20円チョコだから、多少は目をつぶって貰おうよ」

「だからって、味が無いって、クレーム来ないのかよ」

「そうだね。幼い子供は敏感だから、そういう時は、あっちの陳列棚から選んで来てる」

「子供って、やはり敏感なんだな」


 俺達はジェンガの要領で、積み上がるキューブチョコを過去最高の18個に伸ばす。そして真世の番になると、俺達は堪らず固唾を飲む。いや雰囲気を読むと、外の八甲田雪中行軍も見守っている息遣いを感じる。

 真世が、ふわりと真上からそっと置くと、ぶれも無く立った、チョコの塔が。

 俺は思わず叫ぼうとしたが、外から先に、やたら野太い声が劈き、俺たちは堪らず怯みカウンターにぶつかった。そして、チョコの塔がしなるように傾き、カウンター一杯に広がった。

 そして、俺ははたと。


「びっくりした、霊体って叫ぶものなのかよ」

「まあ、本来ならば頭に直接響くのだけど、鼓膜にも来たね。さすが兵隊さんと言うべきか」

「と言うか、居ないな、その八甲田雪中行軍。消えた、成仏したのか」

「まさか、もう午前2時40分。黙ってれば朝日が出ちゃうよ。そもそも霊体だからって、24時間動き続けるなんて。悪霊でもあるまいし」

「まあな」

「それで、拓実さん、まだ手を握ってます。それはそれだけど。3時の上がり迄付き合ってくれるの。きゃっつ」


 俺は丁重に、真世の指を一本一本丁重に剥がして、漸く解放される。まあ俺が照れた振り続けると、真世もいい加減諦めて許してくれたとは思うが。40歳越えるとどうしてもそう言う仕草には疎くなる。



 そして、冷気が薄っすら霧散した中、来店音が鳴る。俺達は便宜的にいらっしゃいませと挨拶をするが、来店者は店長の新開淳士店長だった。頑張ってるかの、夜の表敬訪問はままある。

 そして、新開店長は根拠の無い朗らかさで。


「いやいや、参ったね。駐車場が、あれだからね。整然と並んでるけど、もう立錐の余地なし。いやもう見事だね。クラクション鳴らそうにも、真夜中だし。それ以前に、迷惑客来たかと、ご近所さんに派出所に通報されたら、あはは」

「あの、新開店長、ひょっとして見えちゃう系ですか」

「拓実さん、それはそうでしょう。私の血縁のおじさんだもの」

「ちょっと待って下さいよ、新開店長、何でそれ早く言ってくれないんですか」

「拓実さんさ、うちの深夜は、他所より70円時給高いんだから、気付かないかな。特別客対応の技術料金で察してくれるものじゃ無いの」

「あっつ、そう言えば。いやそうじゃ無くてですよ、そもそも……」


 ここで、俺拓実、渕上真世、新開淳士店長の、着信音が同時に鳴ったかと思えば、2秒で消える。

 俺は、この深夜だと家族かと、瞬時にスマホの画面に釘付けになるが、着信は非通知の電話だった。不意に。


「誰だ、」

「店長、取り敢えず、御神酒24本発注しておきます。おじさんの買取で良いですよね」

「良いよ、必要経費だから」

「何だよ、それ着信音の次に、御神酒って、それって何か物騒な感じだな」


 真世が、自らのスマホの画面を翳す。俺と同じく非通知の着信電話だ。そして新開店長も自らのスマホの画面を翳す、また同じく非通知の着信電話だ。俺は請う。


「いや、だから。今度は、一体どんな心霊現象だよ。と言うか、逐一聞かないと教えてくれないものなのかよ」

「拓実さん、うちのお店は、至って健やかなコンビニ、そう言う事。町内会の朝の野球のパン買うから、真世、話しておいて」

「そもそもだね、拓実さん。と言うべきか消去法だから、質問は一回だけね。この着信は、さっきの八甲田雪中行軍の心霊現象の一つ。噂が漏れて、八甲田の麓の空き家から119に電話入ったって、怪談あるじゃ無い。あれ、ままある事。私達の非通知は、キャリアに懇願すれど、何かレガシーの電話から掛かってるって。まあ明治時代だったら、交換台があって、ああここ、仕組みは割愛。とにかく、霊体で話せるの稀だから、お供え物の一杯飲みたいの催促じゃ無いで察すると、青森の清清しい夏が、ふっと、終わるんだな。拓実さんなら、これで通じるでしょう」

「分かるよ。でも、何で俺もって、まあ頼まれごとは嫌とは言えないからな」

「うんうん、実に拓実らしい」

「これ以上絡むな、仕事中だよ」


 真世の視線が、前のやや遠くを見ている。まあ、何を想像しているか、ドライブに誘われるだろうな。八甲田山を登り、上がる所の、八甲田雪中行軍の後藤房之助伍長の像だろうな。強く言いたいのは、深夜は絶対お断りだ。



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